金銭感覚異常あり

白昼の乱入者のせいで調子が狂ったが、この橋探しは下流から上流へのおだやかな遡行ライドだった。五百メートルの川幅の付近に橋が見あたらないならば、それより広い下流にはおそらくない。逆に上流は狭くなるので、橋梁の設営や渡河がより容易になる。


 この予想は的中した。流れがすこし蛇行して、川幅が狭くなったところで、きれいなアーチの石橋が現れた。あっちの岸には街が見え、こっちの岸には市が立つ。人の多さと活気で心が和んだ。


 街道と橋の道の交差点はまんま商店街だった。人手は前夜の街より雑多で、旅人や冒険者風の客が目立った。もっとも、謎の乗り物にまたがった平たい鼻の外国人は圧倒的に異端だったが。


 ぼくは茶屋の壁にゼロ丸を立てかけ、軒先の空き椅子に腰かけて、道中の餞別を確かめた。巾着袋の中身は十数枚の硬貨だった。色も形も大きさもぼくらの世界のコインとほぼ同じだ。ちなみに、金ピカのやつはない。


「これはいくらだ?」


 ぼくはだれか偉い人の横顔となにか凄い意匠入りの銀貨をじっくり見た。真ん中の記号はおそらく数字だが、具体的な価値はさっぱり分からない。


 茶屋から呼び込みのおねえさんが出てきて、お待ちのお客さまに声を掛けた。ぼくは店の中の客を適当に指さして、ジェスチャーで『ここであれを食べます』と伝えて、銀貨を渡した。


 この方法はうまく行った。ほどなく飲み物と軽食とお釣りのセットが出てきた。今の銀貨は千円くらいのようだった。


 セットの食べ物はハムと野菜とチーズ入りのサンドイッチのようなもので、総合的な見た目と味はパニーニだった。うまい。


 飲み物は微発泡のフルーツサイダー的なものだった。ベリー系の匂いと程よい苦みがする。日本でこれをがぶ飲みしてチャリに乗るとお巡りさんに怒られかねない。うまい。


 個人的にはパニーニにはマンデリンのカフェオレかアッサムのロイヤルミルクティーか黒烏龍茶かほうじ茶かコーラが理想だ。しかし、このベリーサイダー的なものも悪くない。そもそも、激走と熱波で喉がカラカラだった。


 この他、焼き鳥の串、果物の盛り合わせ、チュロスみたいな揚げ菓子、瓜みたいな野菜のかごなどが腹と舌に訴えたが、理性が買い食いの衝動を抑えて、足を橋の方へ向かわせた。


 橋の入り口は関所だった。印象はそのまんまに高速道路の料金所のゲートだ。通行人は窓口でお金を支払って、街道からデッキに上がる。馬車は真ん中、歩行者と騎馬は側道を通る。はて、自転車はどうだ?


 ぼくはさんざん悩んで、歩行者のゲートに近付いた。窓口の係員や見廻りのスタッフはきょとんとしたが、特段の注意勧告は出なかった。


 肝心の料金はさっぱり不明だった。ゲートの脇に料金表はあるが、金額の詳細は分からない。文字と数字の見分けがつかない。


 ぼくは何枚かの硬貨を手のひらに乗せて、受付に示した。担当者はそこから三枚を取って、「行け」という仕草をした。ん、何かちょろまかされた? 分からん!

 

 橋のデッキの上はひさびさの舗装路らしい舗装路だった。長方形の切り石、いわゆるタイルが整然と滑らかに並び、快適な走り心地を約束した。有料はさすがである。真ん中が二車線の馬車ないし大型車両用、左右の側道が歩行者及び軽車両用で、欄干から欄干までの幅は十メートルを下らない。サイズ感は嵐山の渡月橋を思い起こさせた。


 ぼくは人の流れに合わせて、手押しでころころ進みつつ、手持ちの資金をじゃらじゃらさせた。


「ざっくりの計算で飯が千円、通行量が三百円だとすると、この横顔の銀色のやつが千円で、少しちいさいのが百円だから・・・のこりは三千円くらい? 飯付き一泊は無理ですかね? ここで少し休む?」


 ぼくの足はどっちつかずだった。一部の人々はそこに留まったが、大半は休みなしで街道まで抜けて、下流への進路を取った。前日の夜景の都市はたしかに徒歩圏内だ。日没までの五時間で二十キロメートルは冒険者には余裕の行程である。


 最後の決め手はさっきの競争だ。心と足はまだおだやかでない。あのような人種とは物理的に空間的に距離を取らなければならない。


 そんなわけで、ライドの延長が決定した。今日のゴールは前日の夜景の都市だ。


 ぼくは道沿いの露店でオレンジみたいな果物を買って、苦甘い果肉を口に放り込みながら、とろとろペースで進みだした。

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