第6話 信じる理由

 幼稚園の頃の私は、人見知りで誰かと話すのが苦手だった。



 それだから友達も出来ず、独りボッチで居ることが多かった。

 一人でいるのが好きなわけではない。私も皆と一緒に遊びたかった。



 本は好きだ。読んでいる時だけは、寂しさを忘れさせてくれたから。



 だけど、ある日クラスの男の子達からちょっかいをかけられ、本を取り上げられてしまった。




「か、かえして……!」



「やーだね」




 私は強く言い返せず、悔しさで涙を堪えることしかできなかった。



 今思えば、気になる子に気を引いてもらおうと意地悪してしまうやつだったのだろう。

 だけど、当時の私にはそれが分かるわけもなく、虐められているのだと悲しくて惨めな気持ちで仕方なかった。



 その時は決まって、幼馴染みのかずやが助けてくれた。




「やめなよ」




 男の子達から取り返すと、かずやは本を手渡してくれる。




「だいじょうぶ?」




 そう優しく気にかけてくれるかずやは、私にとって心強く、唯一の友達だった。



 本を一緒に読んでくれたり、遊んでくれるかずやは、いつしか孤立気味だった私にとって居場所そのものになっていた。



 それから私は、かずやに意識して貰おうとお洒落に気を遣うようになっていった。

 思えば、この時にはもう恋に落ちていたのだろう。



 皆が私を見た目で好きになっていき、中学校に入ってからは何度か告白をされることがあった。



 けど、私はあの時からかずやに対する気持ちは変わっておらず、全てを断らせてもらった。

 学校では、かずやが周囲に馴染めるようにしてくれたおかげで、たくさんの友達を得ることができた。



 かずやに褒められると、何倍も嬉しかった。一緒にいると落ち着いて、居心地がよかった。



 かずやには全部預けられた。



 そして私は、かずやが今まで与えてくれたように、今度は自分が返そうと誓った。



 高校に入ってからも、それは同じだった。



 しかし、かずやは次第に白井さんというクラスメイトへ惹かれていった。



 他の女の子と親しげに話しているのを見ていると、なんだか心がモヤモヤして息苦しかった。

 その気持ちが嫉妬だと分かった時、ようやく私はかずやが好きなんだと自覚した。



 だけど、私はかずやから距離を置くことにした。かずやの楽しそうな顔を見ると、とても邪魔する気にはなれず、身を引いたのだ。



 一方的な片想いでも、かずやが幸せになれるのならそれでいいと。そう自分に言い聞かせたが、本音は寂しかった。







 ある日、かずやが白井さんを痴漢で襲ったという噂が広まった。



 もちろん、かずやがそんな事をするはずがないと私は信じなかった。

 きっと、何かの間違いだろう。誰かが悪ふざけで流布したんじゃないかと。



 だけど、翌日に私が目にしたのは、泣いて教室を飛び出すかずやの姿だった。




「かずや……?」




 私の声に気付かず、かずやは走り抜けていった。

 かずやを見たのはこれが最後だった。




「なんでみんな、かずやがやったって言い切れるの? 警察の人は犯人じゃないって判断したんだよ。ちゃんとした証拠はあるの?」




 私はかずやの濡れ衣を晴らそうと、何度も訴えた。




「け、けど、白井さんがそう言ってたんだよ」



「そんなのおかしいよ。それだけじゃ、本当かどうかなんて分かんないじゃん!」



「さすがにそれはなくない? 白井さん、泣いてたんだよ? 酷い目にあって苦しんでるのに、それなのに疑うの?」



「ちょっと落ち着こっか? 受け入れられないんだよね、大関君とは幼馴染みだったみたいだし。きっと、動揺してるんだよ」



「それか、大関に気があるからじゃね? だから庇ってるとしか思えないわ」



「そ、そんなつもりで言ってるんじゃ…………」




 結局、私の訴えは誰の耳にも届かなかった。




「もうやめようよ、こんなの。美純の立場が悪くなるだけだよ」




 そう諭すのは、親友の長山萌だった。




「萌も、かずやのことを疑ってるの?」



「私には分からない。けど、大関君は美純の気持ちを踏みにじって、白井さんを選んだんだよ? それなのに、どうしてそこまでするの? もう、大関君の事は忘れよう。他にいい人だって、これからきっと見つかるから」




 萌が、私の身を案じてくれているのは分かる。

 日に日に私の立場が悪くなっているのも本当。



 それでも、かずやの事は諦め切れない。

 今度は自分が返すって、そう誓ったから。



 しかし、今となっては学校の皆が、かずやを犯罪者だと信じている。

 そんな事をするはずがないのに、なんで誰も分かってくれないの?



 私じゃ、何の力にもなってあげられない。



 かずやが悪く言われるのを聞くたび、自分の無力さに悔しくて涙が浮かんだ。







 かずやが学校に来なくなってから数日。



 突然のかなちゃんからの電話に、私はいやな胸騒ぎを感じた。




「どうしよう、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!!」




 電話越しに伝わる声は、明らかに異常で動揺していた。




「どうしたの? 一旦、落ち着いて」



「…………お兄ちゃんが何処にもいないの。たぶん、少し前に玄関から音がしたからその時に。──私のせいだ、私があんな酷いこと言っちゃったからっ!」




 事態は考えていたよりも深刻だった。



 酷く後悔した。無理矢理にでも会って話すべきだったって。



 時刻は既に10時を過ぎており、窓からは雨が降っているのが見える。



 嫌でも最悪な場合が脳裏をよぎり、堪らず頭を振る。

 考えちゃ駄目だ、まだ完全に手遅れと決まった訳じゃない。



 お願いだから、早まらないで。



 私は傘を持たずに、家から飛び出した。







 歩道橋から飛び降りるかずやを、私は間一髪で引っ張りあげた。



 ああ、よかった。本当によかった。



 私はかずやを抱き締めるとともに、肩の荷が下りたようにほっとする。



 あの時ばかりは、もう駄目かと思った。



 今でも余韻で身体の震えが止まらない。




「──駄目なんだ、このままじゃ。俺がいると皆を不幸にする。だから、俺さえ……俺さえ消えればそれで丸く収まるんだ! 美純だって俺がいない方がいいだろう?」




 なんでそんな悲しいこと言うの?



 かずやがいない方がいいなんて、一度も思ったことあるわけないじゃん!




「どうしてそこまで俺を思ってくれるんだ?」




 そんなの決まってる。




「かずやが……かずやが好きだから!」




 どうしようもないくらいに。好きで好きで仕方ない。



 諦めたくても諦めきれなかったくらいに。



 もちろん駄目なところもある。



 だけど、それも含めてかずやが好きなんだ。




「どんなに辛くて大変でも。周りの皆が敵になっても私、信じてるから! だから、私と一緒に生きて!!」




 なにがどうだから信じられるとかじゃない、好きだから信じられる。



 かずやと一緒なら、どんな困難だって乗り越えられる気さえする。



 昔から変わらないよね。そうやって、泣きたくなると強がって手で顔を隠すところ。



 だけど。




「泣いてもいいんだよ」




 我慢しなくてもいい。カッコ悪くたっていい。



 辛いのも苦しいのも吐き出して。私が全部受け止めるから。




「もう大丈夫。私がいるから」




 今度は私が支える番。



 かずやが私にしてくれたように、今度こそは必ず守ってみせるから。

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