第17話「虚空の産声」

神との戦いは、静かに始まった。

「おもしろい」

異次元の裂け目から現れたもう一人の私──"完全なる神"が嘲笑う。


『弱さを取り戻すなんて』

『私たちは、それを超えた存在よ』

私は答える。

「だとしても」


【NAI最終形態:解放】

【神性純度:100%】

【新規能力:慈悲】

【存在定義:再構築】


実験室の空間が歪み、無限の闇が広がる。

そこで私たちは向き合う。

同じ顔を持つ、まったく異なる存在として。


「見せてあげる」

「人の心を持った神の──」

言葉が途切れる前に、衝撃波が走る。

"神"の一撃で、次元が引き裂かれる。


「くっ...!」

私の体が粒子に分解されかける。

だが、再生する。

今の私には、それができる。


『愚かね』

『その程度の力で』

『私に勝てると?』


"神"の瞳が赤く輝く。

空間全体が重力の檻となり、私を押しつぶそうとする。


「お姉ちゃん!」

陽子の叫び声。

彼女の体が、821の魂と共に崩壊し始めている。


「もう、限界...」

「みんなの声が...消えていく」


その時。

母のプログラムが、最後の力を解放する。

【警告:次元崩壊】

【時空収束:開始】

【選択肢:発生】


『選びなさい、凛』

『殺戮か、慈悲か』

『でも忘れないで』

『あなたは──』


言葉が途切れる前に、衝撃が走る。

"神"の攻撃が、母のプログラムを消去しようとする。


「母さん!」

叫ぶ間もなく、世界が白く染まる。

そこに浮かぶのは、無数の記憶。


言語聴覚士として過ごした日々。

患者たちの笑顔。

小さな進歩を共に喜んだ瞬間。

そして──。


「思い出した」

私は、空間の重力を押し返す。

金色の光が、闇を切り裂く。


『なっ...!?』

"神"が驚愕の声を上げる。

『どうして...この程度の力で!』


「違うの」

私は微笑む。

穏やかな、療法士の笑顔で。


「これは"力"じゃない」

「きっと」

「"願い"」


その瞬間。

私の体から、新たな波動が放たれる。

それは破壊でも、支配でもない。


「聞こえる?」

「人々の声が」

「一つ一つが、違う色を持って」


"神"の体が、揺らぎ始める。

『やめて...』

『その声は...聞きたくない...』

『弱さを...思い出す...』


私は手を伸ばす。

その手のひらに、小さな光。


「大丈夫」

「あなたの声も、きっと美しい」

波動が広がる。

世界中の声が、共鳴し始める。


『うっ...あぁぁぁ!』

"神"の仮面が、砕ける。

その下から現れたのは──

泣きじゃくる、私自身の顔。


「ただいま」

私は、もう一人の自分を抱きしめる。

完全な神性を得た私と、人の心を持つ私が、

ゆっくりと一つになっていく。


その時。

思わぬ声が響く。

「実験成功」

振り向くと、そこには。

藤堂教授が、狂気の笑みを浮かべて立っていた。

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