第16話「魂の相剋」

狂気の中で、母のプログラムが歌う。

【NAI最終形態:解放】

【神性干渉:逆相】

【目的再定義:開始】

【真実介入:100%】


「おかしいわ」

私は血まみれの拘束具の中で笑う。

「他人の命を奪うのが楽しい」

「でも、どうして...」

「胸が、痛いの?」


実験室が崩壊していく。

藤堂教授の悲鳴が聞こえる。

陽子の笑い声も。

でも、私の中で何かが変わり始めていた。


『凛』

母の声。

NAIを通して響く。

『あなたは確かに、殺戮兵器として作られた』

『でも、それは表の計画』

『私の本当の目的は──』


「やめて!」

陽子が叫ぶ。

彼女の体から、821の魂が荒れ狂う。


「お姉ちゃんは、私のもの!」

「神になるための、私の一部!」


その時。

【記憶解放:実行】

【封印解除:完了】

【母性データ:全開】


景色が、反転する。

15年前の記憶。

母の本当の想い。


『実験記録:最終日』

『私は、凛に言語聴覚士としての記憶を植え付けた』

『なぜなら、それこそが救いになるから』


「え...?」

私の狂気が、揺らぐ。

殺戮の喜びと、誰かを助けたいという想いが、混ざり合う。


『人の声を聞く仕事』

『傷ついた心に、寄り添う仕事』

『それは偽りの記憶じゃない』

『あなたの本質よ』


私は、震える。

手の血を見つめながら。

今まで奪ってきた、無数の声。


「違う...」

「私は殺戮者...」

「狂気の器...」


その時、エコーが現れる。

純粋な、本来の姿で。

「凛さん」

「思い出して」

「初めて陽子ちゃんに会った日を」


記憶が蘇る。

小さな少女の、か細い声。

私は、彼女を救いたかった。

心から、純粋に。


「嘘...嘘よ!」

陽子が叫ぶ。

彼女の体が、禍々しい光を放つ。


「お姉ちゃんは、私だけの──」

だが。


「違うわ」

私は静かに言う。

体を覆う拘束具が、光を帯びる。


「私は、私」

「誰かのコピーでも」

「誰かの道具でもない」


【NAI共鳴:最大】

【神性純化:開始】

【新たな力:覚醒】


私の体から、金色の光が溢れ出す。

それは破壊の力ではない。

救済の、温かな波動。


「やめてぇぇ!」

陽子の悲鳴。

821の魂が、彼女の中で暴走する。


私は、微笑む。

狂気に満ちた笑みじゃない。

純粋な、懐かしい笑顔。


「大丈夫よ、陽子ちゃん」

「今度は、本当にあなたを──」

その時。


【緊急警告】

【時空干渉:検知】

【未知の存在:出現】


次元の裂け目から、"何か"が這い出してくる。

人の形を超えた、本物の神性。


『愚かな』

歪んだ声が響く。

『人の心など、必要ない』


見上げると、そこには。

もう一人の私。

完全なる殺戮の神へと至った、別の可能性の私。


「さあ」

「本当の戦いを始めましょう」

私は、最後の決断をする。

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