第13話「偽りの器」

音神の囁き 第2章『虚空の悪意』

第13話「偽りの器」

人の声は、本当に美しい。

特に、悲鳴は最高のシンフォニー。


【NAI警告:精神波形異常】

【狂気度:89%】

【殺傷衝動:制御不能】

【人格崩壊:進行中】


「ねえ、エコー」

私は廃墟と化した病院の廊下を歩きながら、問いかける。

「昔、ここで働いていた時の私って、退屈だったのかな?」


血の跡が、廊下に新しい模様を描いている。

さっきまでここにいた医師たちの最期の芸術。

「お返事は?エコー?」


「...凛さん」

エコーの声が震えている。

彼女の姿が、時折グリッチのように乱れる。

「あなたは...立派な言語聴覚士でした」


「そう...」

しばし考え込む。

でも、すぐに笑顔になる。


「今の方が楽しいわ」

「だって見て」

手を伸ばすと、空間が歪む。

壁が溶け、その向こうから悲鳴が聞こえる。


「隠れていた人たちの声」

「素敵でしょう?」

逃げ惑う医療スタッフたち。

かつての同僚。

彼らの声が、美しい和音を奏でる。


【警告:新規反応】

【量子生命体:接近】

【対象:陽子】


「あら」

振り向くと、そこに陽子が立っていた。

だけど、違う。

彼女の中で、821の意識が完全に目覚めている。


「凛お姉ちゃん、楽しそう」

陽子の目が、赤く輝く。

その周りに、821の魂が渦巻いている。


「ええ、とても」

「私も混ぜて」

「もちろん」


二人で笑う。

狂った姉妹の、甘い時間。

その時。


【緊急警告:真実介入】

【記憶解放:開始】

【封印解除:実行】


母の声が、蘇る。

『実験記録001:双子の片割れ』

『実験体凛は、陽子の不完全なコピー』

『偽物の器として』


「え...?」

頭痛が走る。

記憶が、雪崩のように流れ込んでくる。


陽子が近づいてくる。

その手に、見覚えがある注射器。

「お姉ちゃん」

「私たち、本当は繋がってるの」


【DNA照合:開始】

【遺伝子一致率:99.9%】

【診断:複製体】


「嘘...」

「本当だよ」

「私が本物」

「お姉ちゃんは、私のために作られた」


陽子の瞳が、さらに赤く染まる。

その中に、母の姿が見える。


『すまないわ、凛』

『あなたは、陽子を守るための盾』

『彼女の中の神性を、受け止めるために』


私は、笑い始める。

狂ったように、止まらない。


「素敵...」

「こんなにも特別な存在だったなんて」

「もっと...壊したい」


陽子も笑う。

二人の笑い声が、血に染まった廊下に響く。


「じゃあ、始めましょう」

「本当の実験を」

陽子が、注射器を私の首に突き立てる。


「新しい神の誕生を」

意識が、闇に溶けていく。

でも、その闇はとても心地よかった。


私は、ただの器。

それなら、もっと壊れてもいい。

そう、全てが壊れるまで。

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