第2章『虚空の悪意』

第11話「残響の底」

集団自殺。

それは世界各地で同時に起きた。

【緊急速報:グローバル同期】

【異常事態レベル:危険】

【推定死亡者数:4,232名】


「──また、同じ言葉を残して」

私は画面に映る報道を見つめていた。

死者たちが最期に残した言葉。

「神の声が聞こえる」


【NAI警告:未知の周波数検出】

【神性反応:微弱】

【遺伝子共鳴:発生】


「凛さん、大丈夫ですか?」

エコーの声に、現実に引き戻される。

あれから3ヶ月。

平穏な日常が戻ったはずだった。


「ええ、ただ...」

その時。

『ラミエル・ゼファー・アクシオン』

突然、NAIが未知の言語を発し始めた。


「これは...!?」

私の体が、青く発光する。

細胞が、量子化し始めている。


【警告:制御不能】

【言語体系:解読不可】

【遺伝子構造:変異】


「いた...っ!」

激痛が走る。

まるで、誰かが私の意識を引き裂こうとしているかのよう。


「凛さん!」

エコーが叫ぶ。

その声が、歪んで聞こえる。


『アダム・カドモン・セフィロト』

NAIが次々と謎の言葉を紡ぎ出す。

それは人類以前の、何かの言語。


その瞬間。

世界が、反転した。


「な...何!?」

目の前の景色が、陰画のように反転する。

そこには──。


無数の死体が、宙に浮かんでいた。

集団自殺の犠牲者たち。

彼らの口が、同時に開く。


「見えましたか?神の姿が」

「私たちは、解放されるのです」

「あなたも、一緒に」


【NAI緊急警告】

【精神波形:暴走】

【防御機構:崩壊】


その時、携帯が鳴る。

陽子からだ。


「もしも...陽子ちゃん?」

「凛お姉ちゃん、助けて」

震える声。

そして──。


「821人が、また歌い始めたの」

背筋が凍る。


「どうして...あの時、終わったはず」

「違うの」

「あれは始まりだった」

「本当の実験の」


陽子の声が、徐々に変調していく。

それは少女の声ではなく、何か別のモノ。


『扉が開かれた』

『そして母なる神が』

『私たちの中で目覚める』


通話が切れる。

直後、都市中に警報が鳴り響いた。


【緊急速報:全域】

【量子波動異常:検知】

【防衛システム:起動】


窓の外。

空が、真っ赤に染まっていく。

「どうして...」

エコーが、震える声で言う。


「母なる神とは...」

その時、私のNAIが最後の警告を発した。

【最終警告:遺伝子ロック解除】

【第二段階:開始】

【実行者:瀬川智子】


母の声が、蘇る。

『ごめんなさい、凛』

『あなたは、偽物の器だった』

世界が、闇に墜ちていく。

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