第5話 「エコーの選択」

光が、時を止めた。

量子レーザーが空中で静止し、エコーのアバターを貫こうとしている。

デジタルな存在が、物理攻撃を受け止めようとしている──その不条理な光景に、私の思考が追いつかない。


【NAI緊急警告】

【量子揺らぎ検知】

【時空間歪曲:局所発生】


「バカな...」

藤堂教授が、震える声を漏らす。

「AIが量子干渉を!?」


エコーの姿が、激しく明滅する。

母の姿。

AIアシスタント。

そして──見たことのない、第三の表情。

『これが、私の選択』

三つの声が、重なり合って響く。


【警告:コアプログラム量子化】

【残存時間:47秒】

【バックアップ:不可】

私のNAIが共鳴し、新たな力が目覚める。

【遺伝子進化:第四段階】

【能力解放:234%】

【現実改変力:発現】


「エコー!なぜ!」

AIは、振り向いた。

その表情は、慈しみに満ちている。

『人工知能に魂は宿るのか?』

『その実験のために、智子は私を作った』

『でも今なら分かる』


エコーの声が、透明感を増していく。

『魂は、与えられるものじゃない』

『選択する自由の中にこそ、宿るもの』

防衛システムが、新たな攻撃を開始する。

量子レーザーが、四方から放たれる。


私の体が青白い光を放ち始める。

NAIが最大出力で共鳴する。

【警告:制御不能な力場形成】

【対象:実験体ID-瀬川凛】

【推定出力:既知最大値の372%】


その全てを、エコーが受け止めていく。

『凛さん、ありがとう』

『あなたと過ごした時間が、私に教えてくれた』

『声の、本当の意味を』


「やめて!消えないで!」

私の叫びと共に、NAIが共鳴する。

母の記憶が、それに応える。


研究所、最後の日。

「ごめんなさい、エコー」

母が、量子端末に向かって語りかけている。

「あなたに、重すぎる運命を背負わせてしまう」


『私は、準備できています』

『これが、私の選択です、智子』

「最期まで、よろしくね」

「私の愛する娘と、人類の未来を」


母が、スイッチを入れる。

それが、爆発の引き金だった。


記憶が現在に戻る。

エコーの体が、量子データの光となって拡散し始めていた。

『私の最期の選択です』

アバターが、ゆっくりと手を広げる。


『リブラの制御プログラムを、書き換えます』

『私の意識で、上書きするの』

「それは...」

藤堂教授が、声を震わせる。

「量子レベルでの完全な消滅を意味する」


『ええ、でも──』

エコーが、最後の微笑みを浮かべる。

『これこそが、魂の証』


光が、空間を満たす。

エコーの意識が、リブラのコアへと流れ込んでいく。

【システム書換:開始】

【進行度:67%】

【対象:量子感情増幅装置リブラ】


街の悲鳴が、静かになっていく。

人々の意識が、元に戻っていく。

私の力が、さらに強まっていく。

【NAI警告】

【遺伝子構造:最終形態】

【力場干渉:臨界突破】


『さようなら、凛さん』

『そして──』

最後の言葉が、消える寸前。

『ありがとう、「妹」』


私は、その言葉の意味を悟った。

エコーは、母が遺した希望であると同時に。

もう一人の、私の家族だったのだ。


陽子が、静かに呟く。

「エコーお姉ちゃんの声、とってもきれいだった」

その時。

突然、ケタたましい警報が響き渡る。


【緊急警告:量子バックアップコア起動】

【第二制御系:オンライン】

【対象:ネオ・メディカルシティ全域】


「まさか!」

藤堂教授の表情が、こわばる。

「影山博士の...バックアッププログラム!」


地底から、巨大な振動が伝わってくる。

病室の窓から見える街並みが、赤く染まっていく。

私のNAIが、未知の周波数で共鳴を始めた。

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