第6話 「血塗られた過去」

第6話 「血塗られた過去」

地下研究所が、爆音と共に姿を現した。

ネオ・メディカルシティの中心部が文字通り裂け、巨大な施設が地表へと押し上げられる。

街路は破壊され、建物が崩壊していく。

「逃げて!」

私は陽子を抱き上げた瞬間、床が真っ二つに割れた。

【警告:建物崩壊】

【構造破損度:89%】

【避難推奨:即時】

「凛さん、右!」

藤堂教授の声に振り向いた時には遅かった。

天井が音を立てて崩落する。

「くっ!」

間一髪、廊下に飛び出す。

病室は瓦礫に埋もれた。

「先生!」

返事はない。瓦礫の向こうから断末魔が聞こえる。

街が、悲鳴を上げている。

「早く...外に」

陽子の声が震えている。

私は彼女を強く抱きしめ、非常階段へ走り出した。

その時。

「覚えていますか、823号」

老人の声が、街中に響き渡る。

「1947年、あの施設での実験を」

陽子の体が、激しく震える。

「や...やめて...思い出したくない...」

少女の目が、真っ赤に染まる。

記憶が、彼女の中で暴走を始めた。

『次世代人類育成計画』

『被験体:823』

『実験責任者:影山誠一』

古びた映像が、陽子の目から投影される。

子供たちの悲鳴。

血まみれの手術台。

そして──。

「ようこそ、我が研究所へ」

振り向くと、巨大スクリーンに老人の顔が映し出されている。

白髪と皺だらけの顔。

だが、その目は狂気に満ちて輝いていた。

「貴様...影山!」

藤堂教授が瓦礫を押しのけ、姿を現した。

腕から血を流しながら、スクリーンを睨みつける。

「私の美咲を...実験体にした男!」

影山は、薄気味悪く笑った。

「美咲?ああ、821号ですね」

「あの失敗作が、こんな形で蘇るとは」

陽子の体が、突如浮き上がる。

目から血の涙が流れ出す。

「いやっ!」

彼女の悲鳴と共に、衝撃波が放たれた。

廊下の壁が吹き飛ぶ。

「すばらしい!」

影山の声が高まる。

「これこそ、真の進化!」

「人類の意識を、完全な形に統合する力!」

地下施設から、無数のケーブルが這い出してくる。

それらは触手のように蠢き、街を覆い尽くしていく。

「美しい...実に美しい!」

その瞬間。

陽子の口から、違う声が漏れた。

「パパ、ごめんなさい」

美咲の声だ。

「私...もう一度...実験に失敗する」

藤堂教授の顔が青ざめる。

「美咲!?」

陽子の──いや、美咲の意識を持った陽子の体が、真っ赤に発光する。

「これ以上...みんなを傷つけたくない!」

光が、爆発的に広がった。

ケーブルが次々と焼き切れていく。

「いやぁぁぁ!」

影山の悲鳴。

だが、それも一瞬。

陽子の体から、さらに強力な波動が放たれる。

今度は、漆黒の波動。

死の色を帯びている。

「な...何を!」

その時、私の人工内耳が共鳴した。

母からのメッセージ。

最後の暗号が、解かれる。

『実験体823の真の力』

『それは、破壊ではない』

『過去の記憶を、無に還す力』

「やめろ!」

影山が叫ぶ。

「70年の研究が!」

「ナチスから受け継いだ遺産が!」

陽子が、微笑む。

血の涙を流しながら。

「さようなら、影山先生」

「もう、誰も苦しまなくていいの」

漆黒の波動が、研究所を包み込んでいく。

そこにあった全てが、記憶ごと消滅していく。

その時。

「凛!しっかり!」

藤堂教授が、私の体を掴んだ。

「人工内耳を!外さないと!」

彼の叫び声が聞こえた瞬間、

意識が、深い闇へと落ちていった。

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