第3話 「狂気の胎動」

光の渦が、陽子の体を包み込む。


「誰か、私の声が聞こえる?」

それは8歳の少女の声ではなかった。

まるで、無数の人々の声が重なり合ったような響き。

【警告:未知の量子波形検出】

【神経干渉:危険レベル】

【NAIシステム保護:作動】


「凛さん、離れて!」

エコーの警告が響く前に、衝撃波が病室を襲った。

「きゃっ!」

私は壁に叩きつけられ、呼吸が止まる。

NAIから、激しいノイズ。


その時、私の遺伝子が反応を始めた。

【NAI共鳴率:300%】

【遺伝子活性:上昇】

【潜在能力解放:23%】


『実験体823、覚醒を確認』

『神の声計画、第三段階へ移行』

『これより、人類統合を開始』

量子波動が、頭蓋を直接震わせる。


「やめて...」

陽子の悲鳴。

光の渦が、さらに激しさを増す。

「完璧だ!」

藤堂教授の狂喜の声。

彼は両手を広げ、歓喜に震えている。


「人類の意識を一つに!これぞ究極の進化!」

その瞬間。

「──だめ」

新たな声が、空間を切り裂いた。


エコーのアバターが激しく明滅する。

そして、別の姿に変貌した。

白衣を着た女性。

私の母だ。

「悠、これは間違っている」


藤堂教授の表情が凍りつく。

「まさか...智子!?」


母の姿をしたエコーが、ゆっくりと語り始める。

『1947年、ナチスの人体実験の残党が始めた計画』

『人類を一つの意識に統合する、神の声計画』

『そして、時を超えて記憶を継承する実験体』


量子ホログラムが、空中に展開される。

おぞましい実験の記録。

子供たちの悲鳴。

「あの時、私は全てを理解した」


母...いや、母の意識を持つエコーが続ける。

『計画は失敗する。人類の意識は統合できない』

『なぜなら──』


【NAI警告:臨界点到達】

【遺伝子構造:変異開始】

【未知の能力:発現】

私の体が、青白い光を放ち始めた。


「なぜなら、人は一人一人、異なる声を持つべきだから」

陽子が、静かに言った。

光の渦が、徐々に収束していく。


「違うっ!」

藤堂教授が叫ぶ。

「人類は一つになるべきなんだ!」

「感情という欠陥から解放されて!」

「私の美咲のように苦しまなくて済むように!」


彼の娘の名前。

母の記憶が、蘇る。

『実験体823...美咲』

『藤堂悠の最愛の娘』

『そして、最初の失敗作』


「違う!美咲は失敗じゃない!」

教授が、量子制御パネルに駆け寄る。

「このまま計画を完遂する!」

「リブラを起動!」


【警告:量子感情増幅装置"リブラ"起動】

【都市全域:同調率上昇】

【対象:ネオ・メディカルシティ 人口65万】

街中から、悲鳴が聞こえ始めた。

窓の外では、人々が苦しみ始めている。


「やめて!」

私は叫ぶ。

その時。

「お姉ちゃん」

陽子の声が、聞こえた。

彼女は私を見つめ、微笑んでいる。


「私、思い出した」

「美咲お姉ちゃんの、最期の声」

瞬間、NAIが強く反応した。

【遺伝子共鳴:最大値】

【記憶転送:開始】

【能力解放:89%】


映像が、脳裏に流れ込む。

研究所。

実験台の少女。

そして、最期の言葉。

『パパ、私の声を...消さないで』


藤堂教授の体が、激しく震える。

「美咲...」

陽子の体が、再び輝き始めた。

しかし、今度は違う。

穏やかな、温かな光。


「人の声は、消してはいけないの」

彼女の言葉が、空間を満たしていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る