第2話 「過去からの声」

『実験成功。823の声紋同調率、98.7%』

母のログデータが、次々と頭の中で再生される。


「このデータストリーム、本物なのか?」

藤堂教授のオフィスで、私は問い詰めていた。

陽子の描いた絵を机に広げながら。

「ほう、母親の声紋パターンが再現されているんですね」

教授は意味ありげに微笑む。

「NAIは、予定通り進化を始めているということ」


寒気がした。

この会話は、まるで──。

【警告:心拍数異常上昇】

【高周波ノイズ検知:強度B】

【神経接続:量子揺らぎ検出】

視界の端で、エコーのアバターが不自然に歪む。


診察から2時間前。

陽子の描いた絵には、ありえない光景が記録されていた。

15年前、母が最期を迎えた研究所の内部。

機密区画のレイアウト。

そして──。

『神の声計画』と書かれた量子端末の画面。


「この子、私たちを...観測している?」

母が遺した暗号が、少しずつ解けていく。

【量子記憶体:検出】

【データ同期:開始】

【NAI進化レベル:2】


突然、NAIから鮮明な音声が流れ込んだ。

『実験記録:音声染色体の改変、予想以上の成功率』

『被験体823は、時空間の制約を超えた知覚能力を──』

母の声だ。

しかし、聞いたことのない内容。

まるで──。


「未来の記録?」

エコーが警告を発する。

「凛さん、この音声ログ、タイムスタンプが異常です」

「どういうこと?」

「記録日時が、来月の日付になっています」

背筋が凍る。

「それに、このデータストリーム、どこからともなく──」


エコーの声が途切れた。

アバターが激しく乱れ、別の姿に変貌する。

研究室のコートを着た若い女性。

私の母だ。

『823計画、予測不能な段階へ』

『人類の進化が、暴走を始めた』

『これは、最後の警告』


母の姿が消え、エコーが通常の状態に戻る。

「エコー、今の?」

「申し訳ありません。システムに異常は...検知されません」

AIが困惑している?

いや、恐れている?


【NAIシステム警告】

【遺伝子共鳴:確認】

【潜在能力解放:7%】

私の体が、微かに発光し始めていた。


「凛先生」

藤堂教授の声が、現実に引き戻す。

オフィスの空気が、妙に重い。

「母の研究は、まだ生きています」


教授は、量子端末を取り出した。

ホログラム画面に浮かぶのは、子供たちの顔写真。

実験体と書かれたファイル群。

「これが、神の声計画?」

「ええ。人類の意識を一つに統合する。崇高な夢です」

教授の瞳が、狂気を帯びて輝いた。


「そして、陽子ちゃんは特別な存在」

「時を超えて記憶を継承できる」

「時を?」

「貴方の母は、未来を見ていた。だから、危険すぎた」


言葉の意味を理解する前に、警報が鳴り響いた。

【緊急警報:小児科病棟】

【患者:加藤陽子】

【状態:量子波動異常】

エコーが叫ぶ。

「凛さん!陽子ちゃんの脳波が──」


その時、廊下から悲鳴が聞こえた。

「陽子!」

小児科へ走る。

扉を開ける。

そこには。


全身を光で包まれた陽子が、宙に浮かんでいた。

その周りに、無数の音声波形が渦を巻いている。

「ついに始まった」

背後の藤堂教授が呟く。

「人類統合計画が」


陽子の体から放たれる光が、眩しさを増す。

それは、15年前。

研究所爆発の日に見た、あの光と同じ。

母の声が、頭の中で反響する。

『時を超えた場所で、また会いましょう』

NAIが、鋭く反応した。

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