完璧すぎる
増田朋美
完璧すぎる
その日も、朝晩は寒かったが、日中はなんだか暑いなと感じられる日でもあった。朝晩であれば、そろそろ羽織も必要かなと思われるのであるが、昼間は暑くなって、着流しでも暑いなあと思われる日々である。
その日、杉ちゃんたちは、製鉄所でいつも通りに、お料理したり、他の利用者たちの世話をしたりしていた。杉ちゃんの大事なペットである、正輔くん、輝彦くんという2匹の歩けないフェレットたちは、水穂さんにかわりばんこに抱っこしてもらいながら、静かに製鉄所の午後を過ごしていた。
「ごめんください。」
玄関先から一人の女性の声がした。
「はあ、誰だろう?」
料理をしていた杉ちゃんが言うと、
「僕、見てきます。」
と、水穂さんが、抱いていた正輔くんを縁側の床において、玄関先へ行った。玄関の引き戸を開けると、
「こんにちは。あの、ちょっとお願いがありましてこちらにこさせていただきました。」
と、オレンジ色のスーツに身を包んだ、伊達さつきさんが現れた。それと同時に、なんだか悲しそうな顔をしている、娘の伊達メイ子さんが一緒にやってきた。メイ子さんは、水穂さんを見て、
「水穂さん!」
と、とてもうれしそうに言った。
「一体どうしたんです?今日はなにかあったんですか?」
水穂さんがそう言うと、
「はい。実は、今日このあと、候補者の応援演説にいかなければならないので、娘をここで預かってもらえないでしょうか?」
と、伊達さつきさんは、すぐに言った。
「お金はいくらでも出しますから、あなた達が必要なお金を言ってくれればいいわ。一日だけで良いんです。預かってください。」
「はあ、さすがに大物議員さんのいいそうなことだねえ。それで、いくら出してくれるんだ。」
と、杉ちゃんが言った。
「10万でどうでしょう?」
伊達さつきさんが言うと、
「でも、それでは、伊達メイ子さんが迷惑なので、追い出してしまいたい気持ちが見え見えだ。そういうことなら、ホテル取るとか、そういう事をしたらどうだ?」
杉ちゃんはでかい声でそう言うと、
「ええ。もうそれはお願いしましたが、断られてしまいました。だから、お願いしているんじゃありませんか。そういうことですから、いちいちだけ、娘を預かっていただきたいんです。」
と伊達さつきさんは言った。
「はあ、そうですか。まあそうなればそうするか。じゃあ、一日だけでいいんだったら、よろしくでっしゃろ。」
杉ちゃんがでかい声で言った。
「その代わり、必ず帰ってくるんだぜ。それでは、彼女を置きっぱなしにして、出かけてしまわないでくれるという誓いを立ててくれるんだったら、預かってあげてもいい。」
「わかりました。そういうことでしたら、そうさせていただきます。じゃあ、お代は、10万と言うことで、ここにおいておきますから。」
伊達さつきさんは、お金を水穂さんに渡して、伊達メイ子さんだけ残して、どんどん出ていってしまったのであった。
「それにしても、こんな大金渡されても、困るんだよねえ。まず第一に、使い道がない。それでは、まあ、庭の手入れ料金にでもするか。」
杉ちゃんは渡されたお金を見ながらそういったのであるが、
「まあ、いずれにしても、僕達が、使うべきお金じゃないから、どっかへ募金でもしましょうかね。きっと必要としている医療機関とかあるんじゃないですかね。」
水穂さんは、大きなため息をついた。
「とりあえず、入ってください。お茶でも飲んで、落ち着いていただきましょう。」
と、杉ちゃんは、伊達メイ子さんを部屋の中に案内した。水穂さんには、顔を見るとつらそうなので、布団に寝ていろと杉ちゃんが言った。水穂さんが、そのとおりにすると、メイ子さんはちょっと寂しそうだった。
「それで、お前さんは元気かい?なにかあったんか?」
杉ちゃんはメイ子さんにお茶を渡しながらそういったのであった。
「ええ、まあ、母が言ったとおりなんですけどね。まああたしは、母がああして政治活動するのの、邪魔者なのかな。」
と、メイ子さんは言った。
「まあねえ。いきなり、10万渡して、預かってくれというような人だからねえ。それに、大物国会議員として、有名だからね。それでは、多少気性があらっぽくなっても、仕方ないんじゃないの?」
と、杉ちゃんが言うと、
「ええ、そうなんですけどね。でも母は、すごい議員ではあるわけですけど、母はどうなのかなと思いますけどね。あたしが必要なことは何もしてくれなかったんですよ。あまりにもしっかりしているから、国会議員としてすごすぎるって言われてるけど、あたしにしてみたら、こっちを見てって感じ。」
伊達メイ子さんはそういうのであった。
「そうですか。というのは難しいけど、まあお母ちゃんと、娘のことでは、なかなか男手では解決できないことも多いからねえ。」
と、杉ちゃんは言った。
「何でも母の言う通りになっちゃうんですよ。母は、偉い人だからとか、母はすごい人だからとか、そういう事をみんな言うんですね。それで私が要求していることは、みんな、知らないうちに消し去られてしまうんですね。」
伊達メイ子さんは寂しそうに言った。
「例えば、どんな事をしてみたいの?」
杉ちゃんに言われてメイ子さんは、
「そうねえ。誰でもいいから、あたしを必要としてくれる人がほしいなあ。あたしなんて、いらない存在ばっかりだから。それじゃなくて、あたしの事を、ちゃんと必要としてくれる人だけではなくて、動物でもいいから、そういうものがほしいなあ。」
と、にこやかに言った。
「そうか。ならお母ちゃんに、ペットを買いたいって主張してみれば?それなら、高い値段出して、良いペットを紹介してくれると思うよ。」
杉ちゃんが言うと、
「そういうペットなんかじゃなくていいのよ。杉ちゃんが飼ってる、歩けないフェレットちゃんみたいな、そういう存在だって良い。歩けなくても、あの二匹は、杉ちゃんに飼ってもらって、十分幸せだし。そういう不幸なペットがいてほしい。」
というもんだから、杉ちゃんもびっくりする。
「そうなのか。でも、悪いけど、正輔もてるちゃんも、不幸なペットというのは、それは当てはまらないぞ。あいつらは、一生懸命生きているんだから、幸せに暮らしてるさ。正輔なんてさ、こないだ、3度目の抗がん剤治療をしてきたんだ。それでも、一生懸命生きてるからさ、あいつが、ちゃんと生き抜くまで見てやりたいって言う気持ちになるんだよね。だから、不幸なペットという表現は当てはまらない。」
杉ちゃんがそう訂正すると、
「そうなんだ。なんか、良いなあ。何にもしていないのに、抗がん剤治療をしてもらって、一生懸命生きてるって解釈してるんだから。」
と、メイ子さんは言った。
「いや、何もしないというわけでもない。かわいいから、心を癒やす存在。だから、僕らがなんとかしてあげなくちゃいけない。実際には、フェレットなんて、もともと古い時代から人間が飼ってた動物だから、一人で生活できるなんて、考えようが無いんだ。まあ、そういうことだわな。人間も、フェレットも。」
杉ちゃんがそう言うと、
「そうか。人間は一人で生きていくことはできないか。そういうこと言うんだったら、杉ちゃんだって、幸せなのね。あたしは、一人で、寂しく、過ごさなくちゃならないのね。」
メイ子さんはつらそうに言った。
「まあねえ。そういうことは、誰に言っても解決できないよ。誰かが、生きてるだけで丸儲けと言っても、お前さんには通用しないでしょ。それなら、まあとりあえずだな、ここにいて、ちょっと、誰かと話をして、うまいもんだべて、つらい気持ちを抑えるんだな。」
杉ちゃんはメイ子さんに、そういったのであるが、メイ子さんは、それだけなのかとため息を付いた。
「他に何があるんだろうね。お前さんは、なにかしたいことでも無いの?」
「ありません。」
「そうか。なにか、打ち込んでやれることがあると良いね。それを、見つけられるといいな。」
杉ちゃんにそう言われて、メイ子さんはため息をまたついた。それと同時に、台所に、設置されていたキッチンタイマーが音を立ててなった。
「やばいやばい。早く茹でこぼさないと、不味くなっちまうぞ。」
杉ちゃんの方は急いで、台所へ行ってしまった。なんだか、栗を煮ている匂いがした。その間にメイ子さんは、台所を抜け出して、水穂さんのいる四畳半へ行ってしまった。
水穂さんは、縁側に立っていた。両手に小さな白いフェレットを抱っこしている。足元には、茶色のフェレットが、キュン、キュンと鳴きながら、水穂さんの方を眺めていた。
「ほら正輔くん。いい天気だねえ。」
水穂さんは、にこやかに言っていた。
「水穂さん。」
と、メイ子さんは声を掛ける。
「寝ていなくて大丈夫なんですか?もう寒いですよ。」
「ええ大丈夫です。一人で寝ているより、抱っこしていたほうが楽です。」
と、水穂さんは答えた。
「いいなあ。水穂さんは、いろんな人から、慕われているし、そうやって足の悪いフェレットちゃんの世話もできるし。みんなもフェレちゃんも、水穂さんに感謝しているんじゃないですか?」
「いえ、そんな大したことありません。僕がそういうことしているのは、理由があるからで、それは、もう仕方ないことなので。」
メイ子さんの質問に、水穂さんは、静かに言った。
「そうなのね。水穂さんが抱えている事情、あたしもよくわかります。それって日本の歴史が関わってくることだから、どうにもならないのよね。だから、そうして、みんなに優しくしてあげるしか無いってこと。だけど、そういうことができるってことは、また違うような気がするけどな。」
メイ子さんは、そう、水穂さんに言った。
「そんなことありません。でも、この可愛いフェレちゃんが、ずっと、見ててくれるような気がして、水穂さんは、幸せなんだと思います。」
メイ子さんは、羨ましそうに水穂さんに言った。小さなフェレットはとてもかわいらしいものである。正輔くんは、水穂さんの腕の中で、輝彦くんは、水穂さんの足元で寝ている。
「あたしは、お母さんの娘だということで、人に恨まれるんです。いろんなところで、お母さんの娘だと言われて、それで、さんざんいろんなこと言われてしまうんですね。」
伊達メイ子さんは、ちょっとため息を付いた。
「そうですか。僕も、似たようなものですよ。僕はどこへ行ったって銘仙の着物しか着られないですからね。」
水穂さんがそう言うと、メイ子さんのスマートフォンがなった。それのせいで、フェレット二匹が目を覚ました。メイ子さんはスマートフォンを見た。何かなと思ったら、なんだかメールでも入ったらしい。
「なんか、仕事の話があったけど、それは辞めるわ。あたしは、お母さんの娘だってバレちゃったら、きっとお母さんの方に傷がつく。それでは、行けないから。」
と、メイ子さんは言った。
「ああ、そのほうがいいですよ。逆にお母さんの娘であることを使えば、悪いやつを退治できるかもしれない。それでは、そのほうがいいんじゃないですか。自分が建てさつきさんという大物議員の娘であると、知っているだけでも、また違うんじゃないですか。」
水穂さんがそう言うと、
「そうか。そういう手があったか。」
と、メイ子さんは言った。
「それなら、母にそう言ってみるわ。これ、振り込め詐欺の受け子のアルバイトの誘いだと思う。あたし、寂しくて、かけちゃったんだけど、それでは、行けないから。」
メイ子さんはそうメモ用紙に、電話番号を書いた。
「多分、お母さんは、警察庁も動かせる人ですから。」
水穂さんは、そっと彼女に言う。
「そうね、一応、完璧すぎ人だけど、それを利用すればね。」
メイ子さんも、そういった。
それから、数日後。製鉄所に届いた新聞記事に、一つの特殊詐欺グループが逮捕されたという記事が掲載されていた。でもそれは伊達メイ子さんの通報によるものだったとは全く書かれていなかった。
完璧すぎる 増田朋美 @masubuchi4996
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます