第3話(ブリキの心臓)

 積み込みをする補佐機アクシカを監督する彼らのそばで、老女はずっと(積み荷)様子を見ていた。

読書ブック愛好会クラブに入っていたこともあるのよ」彼女は云った「そんなものがあったなんて誰も憶えていないでしょうね」

 サリは手を止めず、応えず、作業を続けた。老女は遠くを見る目で、話を続けていた。「娘は子供を持つ選択をここでは出来なかった。だからもうここでは読まれることもないでしょう。ならばこんなところで私と一緒に朽ちるよりもずっといい場所での受け入れがあるのなら、それをお願いするのはおかしくないわね?」

「もちろんです」トムは笑顔で、きっぱりと請け負った。

 それから、ふと、「ねえ、」老女はマスク越しに、おずおずとした様子で訊ねた。「もし失礼でなければ、どうして、その──?」

 トムはサリをちらりと見た。視線の端でそうと分からないほど小さく彼女が頷くのを認めた。「ぼくは一部を、彼女は全部を置換しています」

「一部?」

「はい」トムは微笑んだ。そう、感じ良く。そして胸の上に手を置いて、「ご覧の通り、彼女は生体で、ぼくは機械です(ここで〝にこっ〟と感じ良く笑い、胸に手を当てる)、ぼくは電機モータポンプで動いています」それから、サリの助言をそのままなぞる。「つまり〝ブリキの心臓〟です」

 すると彼女は、上品に(そして楽しそうに)笑ったのだった。「あなた、樵さんウッドマンなのね」

「ええ」言葉の意味はよく分からなかったが(あとで調べよう)彼は続けた。「彼女は〈アスクレピオスの杖バイオロジー〉の恩恵を、ぼくは〈イクトゥスの結び目テクノロジー〉の寵愛を受けたってことです」

 一瞬の間を五月の陽射しが風に乗って流れ、「ふふ」と彼女は(マスクの下で)上品に微笑んだ。

 ふたりは手分けして本の箱をバンに積み込んだ。

「これで、わたしたちの本は守られるのですね」老女は訊ねた。

「ご安心ください」

 自信たっぷりに請け合うサリに、老女は(ほっ)と、心底安心したように、「もう火と水の心配をしないでいいんだわ。──」

 老女の言葉にサリは微笑み、「時間も。場所も」付け加えた。

 彼女はすごい。トムは思う。サリの言葉に迷いはない。だからトムは(絶対)云い切れないでいる自分を恥じる。未来のことなんて、どうやって保証する?

 疑うわけでもないが、(確証)確固たる保証(確約)未来なんて、分からないのに。──こんな時代になってなお。これからの世界になってなお。

 見送る老女と補助形代の姿は、ほどなく小さくなって、街路樹の影に隠れそして消えた。

 トムはサリに向き直り、「あれはどういう意味なんだろう?」

 口上、挨拶のようなそれは、サリに教えられたものだった。

「〈オズの魔法使い〉だ。童話だよ」

「ブリキの心臓が?」

「ブリキの樵が魔法使いに願ったものだ」

「どうして?」

「そう望んだから。臆病なライオンは勇気を、藁のカカシは頭脳を。ドロシーヒロインは、帰り道を」

「僕がブリキの樵なら、サリは何?」

「カカシ」間を置かず、サリは応えた。「頭の中身だけは本物なンだよね」

 それから、「変なの」と独り言つと、「あんた、ロボットのフリをした人間みたいだ」窓枠に肘を突いて、ぷいと横を向いた。

 彼女の横顔は綺麗だ、と、トムは思う。

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