ウィスピア商会
「いらっしゃいませ。」
軽い調子の幼い子供の声が聞こえる。
「うーん···」
見間違えたのかと思い、目をこすって再び見つめた。
頭の上にピンと立っているものは、目をこすっても消えない。
「何のご用でいらっしゃいますか?」
茶色い髪の間から見える獣の耳。
顔は人間のようだが、人間らしい幼い顔つきとは違い、もみあげ部分にはかなりの量の毛が生えている。
体は人間の子供よりも小さく見えるが、目元の皺を見る限り、外見とは裏腹に年を重ねた者のようだ。
「ここはウィスピア商会の雑貨店···で間違いないですか?」
「その通りです。こここそがあらゆる品物を取り扱うことで有名な、ウィスピア商会の雑貨店!ウィスピア雑貨店です!」
両腕を広げ、全力で宣伝するこの子。
何かすごいなと思うよりも、どこか哀れに感じる。
「ちょっと見て回ってもいいですか?」
「見て回るのはいつでも大歓迎です!お買い求めの品があれば、持ってきて私に声をかけてください!」
その言葉にうなずき、私は壁や棚をゆっくりと見て回った。
雑貨店はまさに雑貨店。
非常に多くの種類の品物があった。
フックが付いたロープ、農夫が使いそうな鎌や鍬、紙やインクといった文房具、さらには鉢植えまで、値段がつけられて販売されている。
「いかがですか?ここにある品物はすべて、我らウィスピア商会の雑貨店が誇る代表的な商品です!」
「代表的な商品、ね···」
どんなに見回しても杖(ワンド)は見当たらない。
つまり売っていないと考えても良さそうだが···
鍛冶屋が売りそうな鎧や剣だけでなく、衣料品店で売られそうな服まで何着かあるのを見ると、ただ陳列していないだけで、杖も持っている可能性はある。
「杖は売っていませんか?」
「杖といえば、魔法使いの方々が使う短い棒のことですか?」
「ええ、そうです。」
「うーん···」
この子は顎をさすりながら考え込み、後ろを向いて扉を開ける。
「少々お待ちください。すぐに持ってきます。」
扉が開き、中をちらりと覗くと、たくさんの箱が積まれているのが見える。
そして扉が閉じると、中で箱を探す音が聞こえてきた。
数分経っただろうか。
扉を開けて再び姿を現したこの子は、埃まみれの長方形の箱をカウンターに下ろした。
「たった一つだけ残っていました。」
波模様が目を引く黒い箱。
どこかのロゴのように見える蛇の顔が描かれたシールが、箱を縛る紐の上に貼られている。
「ちょっと見せてもらえますか?」
「はい。」
シールを慎重に剥がしたこの子は、箱にかかった紐を解いた。
私が持っているマホガニー材の赤い杖とは違い、光さえも入り込まないような広大な虚無を見ているような、どんな木材で作られているのか見当もつかないほど虚ろに見える黒い杖だ。
「これ、何でできてるんですか?」
「黒檀(こくたん)の木です。」
「黒檀の木?」
この子はうなずく。
「黒檀の木は昔からマナを貯蔵するために使われてきた木なんです。」
私が知っている黒檀の木よりもはるかに暗い色をしている。
しかもマナを貯蔵するための用途だなんて。
「触らないでください!」
この子が腕を伸ばして、触れようとした私の腕を叩いた。
「さっき説明したでしょう!マナを貯蔵するために使われるって!」
「それがどうしたんですか?」
腕を振り回しながら、この子は素早く箱を閉じ、再び紐で縛る。
「黒檀の木は一種類のマナを貯蔵したら、それ以外のマナを貯蔵できなくなるんです。」
「じゃあ、魔法を使わなければ問題ないですよね?」
この子は首を横に振る。
「マナを貯蔵するにはどうすると思いますか?吸収して貯めるんです。」
「そうですね。」
「この杖は貯蔵に使われるだけあって、吸収する能力にも優れていて、触れるものがマナを持っている場合、自分が吸収できる限界まで吸収し続けるんです。もしマナが少ない人がこの黒檀の木に触れたら···」
この子は怖い顔をして言葉を続けた。
「そのままマナを全部吸い取られて死んでしまいます。」
脅すために見開かれた目。
しかし、嘘をついている気配はない。
『じゃあ杖に加工して売るのはダメなんじゃないの?』
水に触れるだけで吸収可能な限界まで吸い取るスポンジのような性質を持つ木材。
「かなり危険な杖ですね。」
「だから今まで売れ残っていたんです。もしこの杖が客人のマナを全て吸い取ってしまったら、命を落とす可能性があるので、怖くて買う人がいないんです。」
そうなると、マナがない私はどうなるんだろう?
触れた途端に死んでしまうのだろうか?
おそらくその可能性が高い。
「そんな危ないものを、なんで私に見せるんですか?」
この子は詐欺師が浮かべるような笑みを見せた。
「当然、私は商人です。買った人が死のうが生きようが関係なく、私は杖を売ればそれでいいんです。」
「じゃあさっき止めたのも心配からではなく···」
「はい、もし客人のマナを吸い取ってしまって、他の客が使えなくなり、売れなくなるのを恐れて止めたんです。」
はぁ···呆れて苦笑いが出る。
「どうします?買いますか?」
触れた瞬間に体内のマナを全て吸い尽くされる杖。
当然、答えは決まっている。
こんな杖一つで命を賭けるわけにはいかない。
しかし、答える前に···
「いくらですか?」
値段が気になる。
もし安ければ、後々のために一つ買っておくのも悪くないかもしれない。
「最後の一つでもありますし、客人に害が及ぶ可能性もある物ですので、特別に客人だけに安くお売りします!」
この子はカウンターをバンと叩きながら言った。
「3ゴールド、いかがですか?」
ん?
今、聞き間違えたような···
「いくらって?」
「私の発音がおかしかったですか?3ゴールドです、3ゴールド。」
どうやら正しく聞き取ったようだ。
3ゴールド···3ゴールド···
『3ゴールド?』
「めちゃくちゃ高いじゃないか!」
マホガニー材の赤い杖も値段交渉をしてようやく買えたのに、3ゴールドは値切っても到底手が届かない価格だ。
そもそも3ゴールドといえば、私たちの村の半年分の予算の4分の1に相当する。
我が家の財産でも、3ゴールドは簡単に使える額ではないし、こんな田舎でその金額を持っている人などいるはずがない。
『なら仕方ないか···』
商人に通じるかはわからないが、方法が全くないわけではない。
「あの、マーガレット・ウィスパーってご存知ですか?」
知人の名前を使った作戦。
「もちろん知っています!マスターの娘さんでしょう?」
「ええ、そうです。」
人の心は、馴染みのあるものに安心を覚える。
初めて会った相手が自分の知人を知っていれば、それだけで警戒心が薄れ、早く心を開くものだ。
「それで、なんでそれを聞いたんですか?」
「私、マーガレット・ウィスパーさんと同じ学校に通っているんですよ。」
その言葉に、あの子の目がまん丸になる。
「ほんとですか?!」
「それだけじゃなくて、少し前には学校で一緒に踊るところだったりして…」
「なんておめでたいこと!ついに我が令嬢にもお相手が現れるなんて!おお、ついに我が令嬢がご縁を見つけられるとは!」
何か誤解しているようだが、わざわざ訂正せずに話を続けることにした。
「先生のお名前を伺っても?」
「私はチャッピーと申します!」
「こちらの値段を少しでも下げていただければ、このご恩をマーガレットさんにお伝えして、チャッピー先生の名声を…」
「それはできません。」
「…」
話が終わる前に即座に断られる。
「商売の世界は厳しいものです。たとえお嬢様のお相手になる方であっても、商品の値引きはできません。」
「それでも少しだけでもなんとか…」
「ダメです!」
相当な頑固者だ。
「もういいです。3ゴールドなんて持ってませんし。」
「残念ですね、お坊ちゃん。」
どうせ値切っても奇跡的に90%オフでもない限り買えないのは分かりきっている。
結局、新しい杖を買えないなら、今持っているこの壊れた杖を何とか修理しないと魔法に関する研究ができない。
ここは雑貨店だから修理は無理だろうし、修理できる場所を探さなければならない。
「それじゃ、もう一つだけ聞いてもいいですか?」
「おっしゃってください。」
あの子が箱の蓋を閉じ、再び紐で縛る。
「杖を修理できる場所、この辺りにありますか?」
「杖の修理ですか?」
あの子が後ろを向き、倉庫の扉を開けて中にあった箱を適当に投げ込んだ。
「私がやりましょう。」
「えっ?」
あの子が毛むくじゃらの胸をドンと叩く。
「マスターに、商人は何でもできてこそ一流だと教わりました!剣や防具の修理、木製品の制作、さらには壊れた陶器を跡形もなく修復することもできます!当然、杖の修理も勉強しました!」
頑固者ではあるが、思った以上に有能なようだ。
「どれくらいの費用がかかりますか?」
「どんな素材で作られているか、どのように壊れたかによって変わります。まずは状態を見てからお伝えします。」
腰に差していた杖を取り出し、あの子に見せた。
あの子はカウンターの下からルーペを取り出し、杖をあちこち確認する。
「これはマホガニー製の杖ですか?」
「おお、一発で当てますね。」
「何度か見たことがありますよ。これもなかなか高価な杖ですけど…」
細目でじっとこちらを見てくる。
「まさか3ゴールドを持っているんじゃありませんか?」
「これも必死に値切ってやっと手に入れたものですよ。3ゴールドなんてありません。」
「そうですか…。」
再び杖に視線を戻したあの子は、やがて杖をカウンターにそっと置いた。
「直せそうですね。」
「これ、割れていますけど?」
「ええ。でもどうしてこんなことになったんです?マホガニー材は魔力の増幅だけでなく、耐久性にも優れた木材なのに…こんな割れ方をしたのは初めてです。」
「そうですか?そんなに頑丈だとは思えませんけど。」
このマホガニー製の杖で魔法を数回使っただけで壊れてしまった。
こんな木材が耐久性に優れているというのは信じがたい。
「ふむ…」
あの子が疑わしげな目つきでこちらをじっと見る。
「分かりました。お金さえいただければ、明日までに修理してお返しします。」
「修理代はいくらですか?」
「400シルバーです。」
「4…400シルバー?」
「ええ。マホガニー材の亀裂を直すには特殊な魔道具が必要なんです。それが350シルバーくらいしますから、手数料込みで400シルバーです。」
400シルバー。
高いけれど、母に頼めばどうにかなる金額だ。
「分かりました。それで修理してください。」
「まずお金を払ってください。」
「今はお金がないんですけど…」
「それなら修理できません。」
「明日までに修理してくれれば、お金を持ってまたここに来ますよ。」
「チッチッ。」
あの子が舌打ちしながら目を見開く。
「これでも小さくても、マスターから商売の全てを受け継いだチャロンです。そんな私が初対面の人に信用取引をするような初心者商人だと思われたら大間違いです。」
「嘘なんてつきませんから!」
「嘘をつかないという人ほど、必ずそう言うんです。」
喉に何か詰まったかのような、胸のもやもや感。
「それなら、どうすれば信じてくれるんですか?」
「まず、名前と住んでいる場所を教えてください。」
「名前と住んでいる場所?」
「ええ。信用は自分が誰かを明らかにするところから始まります。」
そのくらいなら難しくない。
「私はエドワード・エステルです。住んでいる場所は…知ってるでしょう。村で一番大きなエステル家の屋敷です。」
「エドワード・エス…エステル家…?」
「そうです。」
私の言葉にあの子の顔が青ざめる。
「そ…それをどうやって信じればいいんですか?嘘をついているのでは?!」
「じゃあ、一緒に行きますか?屋敷に。」
そう怒鳴るように言うと、あの子は冷や汗をダラダラ流し始めた。
「ほ、本当にエステル家の方ですか?」
「ええ。」
「申し訳ありません、坊っちゃん!エステル家のご子息だとは知らずに無礼を働きました!」
私が言い終わるやいなや、あの子は頭を下げた。
やはり貴族。
どんなに辺境の小さな村に住む貴族でも、貴族は貴族なのだろう。
こんな商人にまで謝られるなんて。
「いいですよ。それより、明日までに修理してください。修理代はお支払いしますから。」
「承知しました!全力で修理して、明日お坊っちゃんにお渡しします!」
「明日までに400シルバーを持って行きますから…」
「200シルバー!」
「え…?」
あの子が困った表情で口だけ笑いながら、指を二本立てて見せる。
「領主様のご子息ですから、200シルバーだけいただきます。」
200シルバー?
半額にも下げるって?
「それでいいんですか?」
「ただし!」
あの子が条件をつける。
「エステル領主様には内緒にしてください!」
内緒か…。
つまり、この状況が領主の耳に入るとまずいということだ。
あの子が私に失礼な態度を取ったわけではないので、無礼が原因ではないだろう。
『だとしたら…』
思い当たる理由がいくつかある。
その中で一番あり得そうなのは…
『試してみる価値はある。』
商人は安く仕入れて高く売る存在。
きっとお金に関することに違いない。
「150シルバーにしましょう。」
「え…?」
「150シルバー。」
「し、少々お待ちください!150シルバーでは本当に赤字になります!」
『引っかかった!』
「じゃあ、200シルバーなら赤字にはならないってこと?」
今度は私が目を見開き、あの子を睨みつけた。
「まさか350シルバーが魔道具の値段って嘘なんじゃないの?」
私の言葉に、図星を突かれたようにあの子は目をそらす。
「仕方ないな。100シルバーだ。修理代は100シルバーにしよう。」
「お…お坊っちゃん!150シルバー、150シルバーで…お願いします…」
「この黒檀の杖も3ゴールドって話、嘘でしょ?」
あの子の体がさざ波のように震え始める。
「そ…それが…お坊っちゃん…」
「これを父に話したら何と言われるかな~?自分の領地内で、自分の家の人をだまそうとした商会を父が見逃すとは思えないけどね…」
「申し訳ありません、お坊っちゃん!」
あの子はすぐに頭を下げた。
「その件については何も言わないから、この黒檀の杖も込みで200シルバーにして。」
「ち…ちょっとお待ちください、お坊っちゃん!黒檀の杖だけは…」
「どうして?追放されたいの?」
「承知しました、お坊っちゃん…」
私は振り返り、扉の方に向かって歩いて行った。
「それじゃあ、明日また来ますね。」
「明日までには修理しておきます…」
背後から、ヒュン、ヒュンと泣き声のような音が聞こえる。
まあ、自分が領主の息子をだまそうとしてバレたんだから、自業自得だ。
可哀想ではあるけど…まあ、仕方ないよね。
『領主の息子を相手に嘘をついてバレたら罰は受けないとね。』
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