公爵令嬢の決闘申請(2)
「これはちょっと酷すぎるんじゃない…!」
「止めなくていいの?」
決闘を見物していた生徒たちがひそひそと話している。 かなり殴られて腫れ上がった顔と、切れた唇から流れる血。 それをそっと拭き、俺は笑った。
「は…はは…」
まずは一発で吹き飛ばされるわけにはいかない。 ちゃんと実力を見せろと付きまとわれるかもしれないから。 だから今この場で、俺が実力のない凡人の中の凡人だということを見せつけなければならないのだ。
「はあっ!」
力強い気合とともに、シャルロットが俺に向かって木剣を振りかざしてくる。
カンッ!
木剣と木剣がぶつかると同時に、俺は腕の力を抜き、木剣が押し負けるふりをしながら、続けざまに振られたシャルロットの木剣に打たれて倒れ込んだ。
「くっ…」
どれほどぶりだろう。 こんなに死ぬほど殴られるのは、前世で近接武術を教えてくれた訓練教官に逆らって叩きのめされて以来初めてだ。
「立っていられるのか…?」
制服の袖や裾が破れ、膝から血が滲んでいる。 だが、立ち上がらなければならない。 それが真の凡人ってものだから!
「かかってこい!」
俺が再び剣を握ると、シャルロットは誰かをちらりと見やった。 そして、剣をしっかり握りしめ…
『ま…まさか…』
剣の周りに青い気が漂っている。
「まさか…魔剣術を使う気か?」
見物していた生徒が小さくつぶやいた。 以前俺と戦ったときに使っていた技だ。
『あれが魔剣術か…』
見た感じだけでも、当たったら死ぬんじゃないかと思えるほどだ。
『でも、酷すぎないか? もう満身創痍の相手に魔剣術まで使うなんて。』
あの容赦のない伯爵家よりも高い爵位だからだろうか。 どれだけ弱い相手でも容赦はしない。
「俺を殺すつもりですか、先輩?」
「ちゃんと防がないと命が危ないから、しっかり受け止めろ。」
剣を突きの構えにして、シャルロットが俺に向かって走り寄ってくる。 そして俺の目の前で、まっすぐに剣を突き出してきた。
ヒュウウ!
嵐のような風と共にシャルロットの木剣が俺に向かって急速に迫ってくる。
『よし!』
これが最後になるかもしれない、俺の全力をかけた演技だ! 俺はすぐさま木剣を放り投げた。 木剣は風に飛ばされ、風に舞う枝のように後ろにジャンプし、体を回転させて風に乗った。 そして極めつけの悲鳴。
「うわああああ!」
風に乗って吹き飛ばされた俺の体は、訓練場の岩にぶつかり、俺の体くらいのクレーターを作って地面に落ちた。
「け、決闘を終了します! 決闘の勝者はアルメラ・シャルロット・デ・バインタス・アプロニア!」
生徒たちの歓声が岩にぶつかり、目を閉じている俺の耳にまで聞こえてくる。
『やっと終わった…』
もう俺を締め付ける苦痛の時間は終わりだ。
「エドワード、大丈夫か?」
ニールが俺に駆け寄ってくる。
「やっぱりお前しかいないな…」
ニールが差し出した手を辛うじて掴み、立ち上がった。
「だから、素直に受け入れればよかったのに…」
「男にはプライドがあるんだ。もう嫌だと言ったのに、どうしてまた受け入れられる?」
ニールが差し出したハンカチで流れる血を拭った。 切れた唇がヒリヒリと痛む。
「この程度で済んで本当に良かったよ。シャルロット生徒会長、本気でお前を殺そうとしてたぞ…」 「俺も分かってる。」
その目を見ただけで分かる。 さっきの攻撃は真剣そのものだった。 もちろん、俺が木剣を落としたのを見て少し力を緩めたようだったが、それでもこの威力なら俺が本気で応戦しても苦戦していただろう。
「シャルロット先輩は?」
「学校の中に入って行ったよ。」
俺が本気じゃないと気付いたのだろうか。 いや、価値のない男だと悟って帰ったんだ。
『まぁ…どうでもいいか。』
残るはさっきまで俺を殺そうとしていた相手とのダンス練習と、舞踏会当日のダンスだけだ。 考えるだけでストレスが溜まる。
&&&
「うっ…」
アレイラは緊張した表情で扉を見つめていた。 今日は報告のために来たのではなく、校長先生から直接呼ばれたからだ。 もしかして今日の昼にあった決闘のことだろうか。
『許可しなければよかったか…』
シャルロットが魔剣術の使用許可を求めてきたとき、さらに押し進めるように頷いてはいた。 だが、エドワードがあのように吹き飛ばされるとは思ってもみなかった。 いや、むしろ吹き飛ばされたのが幸いだったのかもしれない。 エドワードがシャルロットの攻撃を耐えようとしていたら、彼の命も危なかっただろう。
ノック、ノック。
「アレイラ・ベリスティンです。」
「入りなさい。」
扉を開けて中に入った。 いつも通り校長室には彼が何かを紙に書き込む音だけが響いている。
アレイラが頭を下げて挨拶すると、校長先生はアレイラをちらりと見やり、紙に書き込んでいた内容を終えてペンを置いた。
「私がなぜ呼んだか分かりますか?」
「今日の決闘のこと…だと思います。」
灰色の長いひげを撫でながら、校長先生は立ち上がり窓の外を見やった。 すでに暗くなり、誰もいないはずの訓練場から時折ドン、ドンと音が聞こえてくる。
「今日はよく見させてもらいましたよ。エステル男爵家の息子とアプロニア公爵家の娘の決闘を。」
アレイラは頭を下げた。
「申し訳ありません、私がうまく止めるべきだったのですが…」 「謝ることはありませんよ。若いころはそうやって戦いながら成長していくものです。アレイラもよくご存じでしょう?」 「え…?」 「若い頃、ヒギンスとあれほどよく喧嘩をしていたのに、あなたはこのナルメリス魔法学校の教師になるほど立派に成長しました。」
「そ、それは…! あいつが!」
アレイラは恥ずかしそうに顔を赤らめた。 校長先生は笑い声を上げ、やがて笑顔を引っ込めた。
「昔の話はこれくらいにして、今の話に戻りましょう。それで…結果はどうでしたか?」
アレイラは唾を飲み込んだ。
「どうやら私が誤解していたようです。」
「誤解していた…?」
「確かに実力を隠すだろうと考え、命を奪う覚悟で戦えと言いました。」
校長先生は、ひげを優しく撫でながら言った。
「それで…エドワードの腕前は、まさに初心者そのものだったのですね。剣を握るくらいは学んだようだが、動きは遅く、攻撃どころかシャーロットの剣を防ぐのに精一杯というところか」
「…はい」
アレイラは頭を下げた。
「エドワードは、あの黒ローブの男ではないと私は思います」
校長先生はゆっくりと頷いた。
「そうですか…。君がそう思うなら、そうなのでしょう」
そして再び視線を窓の外、訓練場へと向けた。
「しかし、どうやら実際に戦った者は、そうは思っていないようだね」
「え…?」
アレイラは席を立ち、校長先生の隣へ歩み寄り、窓の外を覗いた。 そこには、何か音を立てて訓練に励んでいるシャーロットの姿があった。 彼女は自分の剣を振りかざし、訓練場にある岩に向かって全力で振り下ろしていた。
「なぜシャーロットがここで…」
「遠くから見守る者とは異なり、直接戦った者は何かを感じ取ったということだろう」
校長先生は椅子に腰を下ろし、再び書類に目を通し始めた。
「それでは、頼みますよ、アレイラ先生」
「はい」
アレイラは身を翻し、部屋を後にした。 訓練場の音がしばらく続いた後、やがて静寂が戻った。
&&&
「ここが上級生たちの寮か…?」
廊下には、どこか甘い香りが漂っている。 自分が住んでいる寮とあまり大きな違いはないものの、上級生が過ごす場所だからか、なんとなく違って感じられる。
自分がこの上級生の寮に来た理由は、シャーロットに会うためだった。 祭りで踊るダンスについて話があるから寮に来てくれと言われたので、仕方なく訪ねてきたのだが…
「…部屋がどこなのか」
部屋がどれも同じに見えて、シャーロットの部屋がどこにあるのか見当がつかない。
「呼ぶなら、せめて部屋の位置くらい教えてくれてもいいのに…」
伯爵でも公爵でも、人を思いやる礼儀がないものだ。
「おい、そこの君」
後ろから男性の声がした。 長く伸ばした後ろ髪を一本の紐で束ね、真っ白…いや、ほぼ象牙色の髪が特徴的な男だった。 目が開いているのかさえわからないほど細い目の下には、鳥の形をした謎の刺青が刻まれている。
男は自分の胸元につけられた黄色のエンブレムをちらりと見て、微笑みを浮かべた。
「やあ、後輩君」
彼の胸に輝くエンブレムは赤色。
『4年生か…』
「こんにちは」
相手の年齢が上なのはさておき、この学校にいる貴族の中で一番低い爵位の者は自分だ。 彼の家柄も自分よりも高いに違いないため、一応礼儀を尽くすことにして頭を下げた。
「迷子になったのかい?それとも3年生の誰かに会いに来たのかい?」
「両方といえますね」
「両方?ああ、つまり、会いに来たけど、その寮内で迷っているということか」
彼は好意的な笑顔を見せてくる。
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です」
本当は助けて欲しい気持ちもあるが、わざわざこの場所で時間を浪費したくはない。 だが、あえて彼の申し出を断ったのには理由がある。
彼の笑顔が、どこか作り物じみているからだ。
「断らなくていいのに。手伝うよ」
「本当に構いません。この辺りを歩き回っていれば、その人の部屋が目につくはずですから」
「どんな人なんだい?」
「それは…」
「おい、何してるんだ。下級生がなぜここにいる?」
前を向くと、こちらに疑いの眼差しを向ける一人の少女が立っていた。 茶色の髪を両側で結い上げ、頬と鼻にはそばかすが浮かんでいる。 彼女は腕を組んだまま、こちらをじっと睨みつけた。
彼女が着ている制服のエンブレムが青色であることから、この少女は3年生だとわかる。
「ちっ」
4年生の彼は、思わぬ邪魔が入ったかのように舌打ちした。
「なんだ、カトラス先輩、なぜここにいるんですか?」
「なんだよ、エイナ。僕がここにいたらいけないっていうのか?」
「そういうわけじゃないですけど…4年生の寮はここからかなり離れてるじゃないですか」
カトラスは人当たりの良い笑顔を浮かべた。
「ちょっと会いたい人がいてさ。今はいないみたいだけどね」
「そうなんですか?」
エイナが納得したように頷いた。
「ああ、ちょうどよかったな、エイナ」
「え?」
「ここにいる1年生、3年生の寮で道に迷ったみたいなんだ」
「ここでですか?」
「そうさ。僕が手伝おうと言ったのに、僕を信頼できないのか断られてしまってね。君が案内してあげて」
そう言いながら、エイナの肩を軽く叩いてカトラスは立ち去っていく。
カトラスの後ろ姿を見送っていたエイナは大きくため息をつき、私に向き直った。
「1年生がどうしてこんなところをうろついているの?」
「用事があってです」
「下級生が上級生の寮に用事?その用事って何なの?」
「別に教えるつもりはありません。ただのハエがブーンって通り過ぎたと思って見逃してください」
私の言葉に、エイナは呆れたように鼻で笑った。
「私はハエがいれば退治する性格でね。理由を聞かない限り、ここから帰すつもりはないわよ?ねぇ、後輩君」
「理由を教えないと追い出されるんですか?」
「その可能性もあるね」
「何の権限で?」
「生徒会の権限で」
『生徒会?』
生徒会の人たちは基本的に学生を守るために選ばれたメンバーなので、腰には剣を帯びている。
彼女の腰を見てみると、確かに剣が見えた。
私の視線が剣に向かっていることに気づいたのか、彼女はニヤリと笑った。
「やっと状況が分かってきたみたいね、後輩君?」
ここにいる人が生徒会なら、話が変わってくる。
学校の保安に従事する生徒会の人に目をつけられたら、365日監視されることになるだろう。
そうなれば、私の1日の中で最も幸せな間食タイムがなくなってしまう。
こんなときに必要なのは、ほんの少しの「媚び」。
「ああ、これは!生徒会の先輩だとは存じ上げず!申し訳ございません、先輩!」
「1年生なら仕方ない、仕方ない!」
気は進まないが、とりあえず頭を下げるしかない。
「それで?ここに来た理由は何?」
「その…シャーロット先輩が部屋に来るように言われたのですが、部屋の場所は教えてもらえなくて…」
「シャーロット生徒会長が…君を部屋に呼んだって?」
「はい、シャーロット先輩の部屋がどこかご存知ですか?」
彼女は目を細めて私をじっと見つめた。
『…これは、信じていないな…?』
そして、剣の柄に手を添えた。
「本当のことを言わないと、本当に追い出すわよ」
「本当のことを言ってるんですけど?」
「嘘つかないで!シャーロット生徒会長が下級生を、それも男子を部屋に呼ぶだなんて。そんなことありえると思う?」
「ええ、私の顔を見ればありえないことかもしれませんが…呼ばれた以上、行かないわけにはいかないでしょう!」
私が行きたくて行くなら悔しくもない。
行きたくないのに仕方なく舞踏会のパートナーとして行くのに、どうして泥棒扱いされなきゃならないんだ!
その悔しさが顔に現れていたのか、彼女は剣から手を離したが、疑うような目つきは消えなかった。
「君、名前は?」
「エドワード・エステルです」
「エドワード・エステル…?どこかで聞いたような名前ね…」
彼女は腕を組んで考え込むと、何かを思い出したかのように目を見開いて私を見た。
「あ、ガブリエルの友達!」
「ガブリエルをご存じなんですか?」
「もちろん知ってるわ!この学校の女子で知らない人はいないんじゃない?」
『さすがガブリエルだ』
会ったときから予感はしていた。顔もイケメン、家柄もいい、性格も他の伯爵家のやつらと違って爵位が低いからと見下すこともない。
彼のことを好きじゃないのは、嫉妬しているやつらだけだろう。
「ガブリエルの友達なら、信頼できそうね」
彼女は鼻歌を歌いながら、満足そうに頷いた。
『また友人のおかげで助かったな』
友人は大事にしておくべきだ。次からはこういうことがあれば、まずガブリエルの名前を出そう。
「シャーロットの部屋に行くんだっけ?」
「はい、先輩」
「じゃあ、ついてきなさい」
彼女は先頭に立って廊下を歩き始めた。
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