公爵家の令嬢とのダンス (1)
「私はエイナ・ル・エレシードよ。」
『エレシードといえば…』
電撃魔法を得意とすることで知られる家系だ。
「よろしくお願いします、エイナ先輩。」
「こちらこそよろしく~。ところでさ。」
エイナ先輩は振り返りながら、私の方を見て後ろ歩きで尋ねてくる。
「シャルロット生徒会長がどうして君を呼んだの?」
「それは…」
言おうとすると、なんだか恥ずかしい。
「まさか…」
いやらしい表情で私を見るエイナ先輩。 どうやら言わなければ変な噂が立ちそうだ。
「シャルロット先輩と舞踏会で一緒に踊ることになったんです。」
「君がシャルロット生徒会長と?」
その言葉を聞いて目を丸くしながらエイナ先輩が私を見つめ、笑い出す。
「何がそんなに面白いんですか?」
「嘘をつくなら、もう少しまともに言いなよ。」
「本当ですよ!」
ああ、この顔つきのせいか。 後から整形するわけにもいかないし。
「まぁ、確かに僕みたいなのがシャルロット先輩とは釣り合わないですけど、本当だって…」 「いや、そういうことじゃなくて。」
エイナが私の言葉を遮り、驚くべき話をしてくる。
「生徒会のメンバーは、万が一の事件に備えて、祭りの時には参加せず、武装して周囲を警戒するんだよ。シャルロット生徒会長も当然生徒会の一員だから、その日は大講堂の周辺で私たちを指揮しながら警戒するはずだよ。」
「そ…それ本当ですか?」
「知らなかったの?」
『ちょっと待て…』
もしエイナ先輩の話が本当なら、これまで僕が苦労してまでやってきた演技は一体何だったというんだ。
『いや、踊らなくていいのはいいことなんだけど…』
これまで無駄骨を折った気がして、少し腹が立つ。
「それ、本当ですか?」
「生徒会の私が、入って間もない新入生に嘘つくと思う?」 「はぁ…」
とりあえず、祭りで踊らなくていいというのは本当に助かる。
『今呼ばれた理由がそれなのか?』
それならその場で言えばいいのに、シャルロット先輩はどうしてわざわざ部屋まで呼びつけて、こんな誤解を招くようなことをしたんだろう。
『じゃあ行く必要ないんじゃないか?』
どうせ行ったって踊れないと言われるのがオチだし。 行ったとしても…
「ここだよ。」
エイナが部屋の前で立ち止まる。
「わぁ…」
入り口から見える金で飾られた豪華な彫刻が施された茶色の木製の扉。 その両側には、誰かが贈り物でもしたかのように箱が積まれている。
「入り口からしてキラキラしてるな。」
「当然よ。シャルロット生徒会長は『公爵様』のお嬢様なんだから。」
そう言ってまた廊下を歩いていく。
「じゃあ、私は行くね~。」
「ありがとうございました、エイナ先輩。」
頭を下げてエイナ先輩に感謝を伝え、僕は扉をノックした。
「シャルロット先輩、いらっしゃいますか?」
中から何の音も聞こえない。 誰もいないのかと思い、ドアノブを回してみた。
『空き部屋じゃないのか?』
扉がカチャリと音を立てて開く。 そっと扉を開け、顔を少しだけ覗かせた。 バルコニーとつながった大きな窓から吹き込む風。 その風に乗って漂ってくる、心地よいラベンダーの香り。 僕の部屋の倍はあるだろうか。 広い部屋の壁には細剣と、彼女の趣味らしい絵画がいくつも飾られている。 そして左側の奥、中央の壁にキングサイズ…いや、ラージキングサイズはありそうな大きなベッドがある。
「誰もいないのか?」
しばらく待ってみようかと思ったが、僕は中に入った。 絵を一つ、また一つと鑑賞しながら、続いて壁にかけられた細剣に向かった。 三本の細剣が壁に設置された剣の展示台に収められている。 慎重に手に取ってみた。
『短剣…いや、包丁くらいか。』
この細剣だけがそうなのか、細剣というもの自体が軽いのか、まるで包丁を持ったように軽い。
シュッ、シュッ。
風を切りながら僕が振る方向に従うように動く。
『剣か…』
短剣術は前世の頃から学んでいたし、現世でもアルセルの森に入ってモンスターを倒しながら練習したので使いこなせるが、一般的な剣術は父に一日二時間ほど教わった程度でまだ上手く使えない。 せめて短剣術を応用して剣術を使っているけれど、いずれ剣術も学ばないといけないだろう。
『休暇中に帰ったら教えてもらおうかな…』
そんなことを考えながら剣をシュッと振っていると、背後から声が聞こえた。
「こんにちは。」
「うわっ!」
本当にびっくりした。
別のことを考えていたせいか、後ろから近づく気配を感じ取れなかった。
「あ、先輩。」
「驚かせるつもりはなかったんだけど。」
静かな彼女の声が心地よく耳に響く。
シャルロットは、私が持っている剣に視線を移した。
「その剣、気に入った?」
「あ、これですか?」
私は空中で数回振ってから元の場所に戻した。
「見た目と違って、すごく軽いので驚きました。」
「欲しければあげるよ。」
「いえ、気持ちだけ受け取ります。」
既に学校では有名人で、卒業後もさらに有名になるだろう将来有望な人物から贈り物をもらって繋がりを持ちたくない。
『俺は短剣を使うことが多いですしね…』
「私には構わないけど。」
「もらっても使い道がありませんよ。」
私は近くのティーテーブルの椅子へと向かった。
「ここに座ってもいいですか?」
「うん、座って。」
椅子に座ると、シャルロット先輩も私の向かいに座り、裏返っていたティーカップを元に戻し、ティーポットを持ち上げてお茶を注いだ。
ほのかに赤みを帯びたお茶がカップに落ちる。
「決闘の時はごめんなさい。」
「大丈夫ですよ。昔、それよりひどく殴られたこともありますし。」
どれだけ殴られても、前世であの訓練教官に殴られた時よりひどいことはないだろう。
シャルロットは私の言葉に申し訳なさそうに顔を伏せ、何も言わない。
「はあ…」
公爵くらいの高貴なお方なら、にっこり笑ったり、図々しく無視したりできるべきなのに。
「ひどく殴られた」という一言でこんなに申し訳なさそうにされたら、私の方が逆に対応に困ってしまう。
「それで、ダンス関連で呼んだとおっしゃっていましたが、どんなことですか?」
「ああ、それね。」
「ここに来る途中でエイナ先輩に会って、大体聞きましたけど。」
「聞いたの?」
私は頷いた。
「はい。でもそういう話をするなら、部屋に呼ばずその場で言ってくださればよかったのに。そうすれば誤解も生まれませんでしたよ。」
「…?」
シャルロットが、何を言っているのかというように首をかしげる。
『俺が勘違いしてるのか?』
いや、きっとそんなことはない。
「さっきエイナ先輩が、学生会は祭りに参加できないと言っていたので…」
「それはね…」
シャルロットが微笑む。
「校長先生にお願いして許可をもらったわ。」
「あ…」
そこまでする必要はなかったのに…
「そこまでする必要はなかったのに!」
私が声を上げると、シャルロットは呆れた表情で私を見つめる。
「す、すみません。」
心の中だけで言うつもりだったことが外に出てしまった。
「まだ…私のこと、嫌いなの?」
シャルロット先輩が不安げな表情で私を見つめる。
好きか嫌いか、それ以前に私はシャルロットと関わりたくない。ただそれだけ。
そのために言うべきことは決まっている。
「はい。」
シャルロット先輩には申し訳ないが、その質問に対する答えは、私が考えを完全に変えない限り変わることはないだろう。
「やっぱり理由は…私が公爵だから?」
「そうです。」
幼い頃から爵位の概念を教えられてきた貴族なら誰もが感じるだろう。
特に成人するにつれてその点はますます際立ってくるから、シャルロットもきっと感じているはずだ。
爵位の違いが人々の関係にどれだけ影響を与えるかを。
「雰囲気が暗くなっちゃったし…」
私が責任を取って話題を変えないといけないだろう。
「まあ、その話はここまでにして。先輩が呼んだ理由を聞かせてもらえますか?」
私の言葉にシャルロットが頷く。
「ダンスの練習のために呼んだの。」
「あ!」
なるほど。
じゃあ最初からそう言ってくれればよかったのに。
ダンスの話だと言うから、いつから練習を始めるのか教えてくれるのかと思い、勉強も何もせずに来たのに。
『本当に人への気遣いというものが微塵もないな。』
まあ、それがこの世界の貴族というものだ。
言っても無駄だし、命を危険にさらすだけだ。
「今すぐ練習しますか?」
シャルロットが頷いて席を立つ。
私も席を立った。
「ふう…」
前世で一生地下の訓練場に閉じ込められ、目標を倒すための訓練だけをして過ごしてきた私。
成人してクラブなどに行く人も多いのだろうが、そんな場所に足を踏み入れたことのない純粋の塊だ。
今、私がダンスを踊ったら、潤滑油を塗っていない機械よりもぎこちなく動くだろう。
「大丈夫ですか? 俺、ダンスなんて一度も踊ったことがないんですけど。」
「私に合わせればいいの。」
シャルロットが手を伸ばし、私に差し出す。
私はその手を取り、シャルロットは私にそっと身体を寄せた。
静かな部屋の中。
音楽も流れていない。
私とシャルロットは、バルコニーから吹き込む風に揺れるカーテンの音に合わせて身体を動かした。
&&&
学校は夜遅い時間にもかかわらず、人々の話し声で溢れ返っていた。
特に今私がいる大講堂は文字通り満員状態だ。
もし外に席を設けていなければ、座れない人たちでさらにごった返していただろう。
その場合、きっと苦情が山のように寄せられたに違いない。
「貴族たちだからな…」
私は飲み物の入ったカップを手に持ちながら窓の外を見つめた。
前回の祭りは学生だけのものだったからか、食べ物や飲み物は出なかったが、今回は親たちも参加する祭りだから、学校が少し力を入れたようだ。
「いつ来るんだろう…」
もう両親が到着していてもおかしくない時間だ。
他の学生の両親たちと話し込んでいて、私を探していないだけかもしれない。
「エドワード。」
「噂をすれば影。」
父が手を振りながらこちらに歩いてくる。
そしてその隣には腕を組んだ女性。
白いドレスをまとい、アップにした長い茶髪。
フリルの付いた白い薄手の手袋をはめ、扇子を手に持った美しい女性。
「おいでだったんですね。」
「エドワード!」
母が私の方へ駆け寄り、抱きしめる。
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