公爵令嬢の決闘申請

シャルロット生徒会長。

怖い人だ。

確かに俺はダンスパーティーが嫌だと言った。

遠回しにもせず、はっきりと断った。

なのに、どうして俺に申し込もうとするんだろう。


いや、最後まで聞いてないから、俺の聞き間違いかもしれない。


「エドワード。私と舞踏会の祭り…」


祭りの後に続く言葉。

どう考えても提案以外のものは思い浮かばない。


「一体何なんだよ、あの人は。」


祭りの前に教会の前で会った時も、話したいことがあると言っていた。ひょっとしたらペアの申し込みだったのかもしれない。

シャルロットが生徒会長の立場だから、事前に知っていてもおかしくはない。


俺は慎重に教室のドアを開け、中を覗いた。


「エドワード…」


既に授業が始まっていて、アレイラが授業をしている。


「せ…先生。」

「どこに行ってたんだ?」

「ええと…ちょっと散歩を…」


話している途中、俺の方にチョークが飛んでくる。


ピシッ!


「うわっ!」

「もう一度でも授業をサボったら、魔法が使えるようになるまで毎日補習をするからな、覚悟しておけ。」


悪魔と同じだ。

魔法が使えないことを知って、一生補習をさせると宣言するなんて。


「さっさと座りなさい。」

「はい…」


俺は教室の階段を上り、ニールの隣の席に座った。


「どこに行ってたんだ?」

「ちょっと寮に行ってた。」

「そうか?」


ニールは頷き、授業を聞き始める。

しばらくして、ニールが俺に尋ねる。


「ところで、どうしてシャルロット生徒会長の提案を断ろうとしているんだ?」

「あ、それは…」


身分差があるから居心地が悪い、と言おうと思ったが、隣にいるニールも俺より身分が高い。

このことを言えば、ニールの性格上、俺に気を使ってしまうだろう。

ただでさえ友達も少ないのに、ニールに気を使わせたくはない。


「ただ、ちょっと…」


ニールは理解したように頷いた。


「確かに、シャルロット生徒会長は文武両道で、美しい公爵家の令嬢だもんな。受け入れたら、他の生徒たちが嫉妬するかもしれないしな。」


ニールの視線が俺の後ろの方を向き、少し怯えた表情を浮かべる。

振り返ってみると、トレーダースが歯を食いしばりながら、俺を殺すような目で睨んでいる。


「やれやれ、ほんとに。」


神様、どうして俺にこんな苦難と試練を与えるんですか。

ただ普通に、平凡に生きたいだけなのに。

状況も、世界も俺に逆風ばかりだ。


ギイィッ。


ドアが開く音がする。

俺以外に遅れてくる人なんていないはず。


「あ。」


思ってもみなかったことがドアの前で起こる。


「アレイラ先生。」

「何の用だ、シャルロット。生徒会長が授業時間に下級生の教室まで来るとは。」

「申し訳ありません。このクラスの生徒に用がありまして、失礼を承知で参りました。」


アレイラは腕を組んだまま彼女を見つめていた。


「生徒会長ともあろう者が授業を抜けてここまで来るとは…まあ、入れ。」

「ありがとうございます。」


さっきとは違って、手袋をはめたシャルロットが中に入ってくる。


コツ、コツ。


ヒールの音が静かな教室に響く。


「まさか俺のところに来るんじゃないよな…?」


目を閉じて俺のところに来ないことを祈ったが、予想通りシャルロットは俺に向かって真っ直ぐやってくる。


「エドワード。」


俺は席から飛び上がり、再び窓の方に走っていった。


「ロープ・バインド。」


アレイラの声が聞こえ、ロープが飛んできて俺の体を縛る。


「エドワード、授業中に誰が立っていいと言った?」

「いや、そうじゃなくて…」


呪文を唱えたアレイラの前に現れた魔法陣と繋がったロープ。

どうしてみんな俺を捕まえようとするんだ。


俺は引きずられて再び席に座らされ、シャルロットが俺を見下ろして鋭い目で言う。


「エドワード、私のダンスパーティーのパートナーになって。」

「え…?」


これから順調に進むだけだったはずの俺の平凡な学生生活が、今この瞬間に逆戻りし、手足を縛られたままコンベアに乗ってどこまでも後ろへ運ばれていく。


「私はあなたとダンスパーティーの祭りを共にしたい。」


静まり返った教室。

皆が息を潜めて俺の答えを待っている。


「い…嫌なんだけど?」


俺の返事を待っていたかのように、シャルロットはつけていたシルクの手袋をゆっくりと外す。

そして。


パシッ。


俺の顔にシルクの手袋が当たる。


「エドワード、決闘を申し込む。」


その言葉が終わると同時に、教室にいるすべての生徒たちの顔に驚愕が広がる。


&&&


「速報、速報です!」


上級生であるシャルロットが下級生のエドワード・エステルに振られて決闘を申し込んだという話。

そのビッグニュースが学校中に広がるのはあっという間だった。


「エドワードって誰だ?」

「聞いた話だと、男爵家の息子らしいよ。」

「男爵家?男爵が公爵の提案を断ったのか?」

「そうみたいだね。」

「本当に度胸あるな、あいつは。」


すべての人に対して断言できることだろう。

公爵家の人の頼みを断る者は、どこにもいなかった。

当然、公爵という爵位は国家さえも左右できるほどの大きな権力を持つ家門。

爵位が高い家門の人の頼みを断ったら、自分の家門に不幸が訪れるかもしれず、自分の人生だけでなく、家門の運命までも台無しにしてしまうのだから。

そんな公爵家の頼みをあえて男爵家の子息が断ったのだ。

公爵家が男爵家に舞踏会のパートナーを申し出ること自体理解しがたいのに、断ったというのはさらに理解しがたい状況なので、生徒たちの話題になった。


「計画通り…とは言え少し時間がかかったけれど…」


アレイラは腕を組みながら前を見据えた。

学校の裏にある魔法訓練場。

そこには今、多くの生徒たちが集まり見守っている。


今のこの状況はアレイラが計画したものだった。

ダンジョン探索の実習で、エドワードがパートナーになったシャルロットを見て、変更を求めたことを思い出したアレイラは、エドワードがシャルロットを嫌っていると考えた。

そしてその考えは見事に的中し、今の状況にまで引き寄せることができた。


ラブリンスで黒いローブを着た男を調べる中で、ひとつ気になる話を耳にした。

それは、夜になると時々黒いローブを着た生徒が現れ、食べ物を買っているという話だ。


生徒。


この周辺には学校が三つに分かれている。

一つ目は、魔法を学ぶべき貴族の子息が通う魔法学校「ナルメリス魔法学校」。

二つ目は武術を学ぶために通う「ヤドレル武術学校」。

三つ目は経営や歴史など知識を学ぶための学校「ゼンタラ経営学園」。


もちろん武術学校だからといって魔法を学ばないわけではなく、魔法学校だからといって歴史を学ばないわけでもない。

貴族の中でも魔法を使える家の子息が入学するナルメリス魔法学校。

エルハウンドにいる多くの商人の子息のうち、魔法も使える商人の子息が魔法と経営を学ぶために入学する学校、ゼンタラ経営学園。

残りの、魔法を使えない貴族の子息や商人の子息が入学するヤドレル武術学校。


その黒いローブを着た生徒がヤドレル武術学校やゼンタラ経営学園の生徒である可能性がないわけではなかった。

むしろ可能性は高かった。

黒いローブを着た男はかなりの武術の腕も持っていて、魔法も使えるのだから。

しかし、アレイラの頭にはひとつの疑念が拭えなかった。


エドワード·エステル。

本来なら魔法を使えないエドワードは魔法学校ではなくヤドレル武術学校に入るべきだった。

だが、なぜか男爵でありながら魔法の才能が全くないエドワードがナルメリス魔法学校に入学したのだ。


「ヒギンスの時もそうだった…」


エドワードの父親、ヒギンス・エスター。

彼もまた魔法が使えない状態でナルメリス魔法学校に入学していた。


「エスター家には何かがあるのか…」


入学を許可したのは結局校長先生の裁量。

校長先生はエスター家について何か知っているのではないか。


「まあ、この決闘で真実が明らかになるだろう」


彼がこの学校に入れた理由。

今まで現れていた黒いローブの人物。


「私の予想が正しければ…」


エドワードこそが黒いローブの男だろう。


&&&


かすかにペンの音が校長室に響く。

保護者に伝える手紙を自ら作成していた。


「はあ…」


今回の舞踏会の祭典。

学校の歴史上初めて外部に公開するものだった。

本来なら祭典期間中はセキュリティのため誰も入れないのが原則だが、最近の事件のため、学生が安全であることを示すために開放するほかなくなってしまった。


「いったい何が起きているのか…」


校長は席から立ち、窓の外を見渡した。


「ん?」


彼のデスクの後ろにある窓は学校の訓練場と繋がっていた。

少しでも生徒が訓練し成長する姿を見守りたくてこの席を取ったのだ。

今の時間なら本来は皆授業を受けているはずの時間。

学校の授業時間にも関わらず、多くの生徒が訓練場を囲んでいる。

そして、囲まれた生徒たちの中心にいる二人。


一人はエルハウンドで知らぬ者がいないほど有名なアプロニア公爵家の娘、アルメラ・シャルロット・デ・ヴァイントゥス・アプロニア。


「もう一人は…」


目を細めて見ていた校長がその生徒の顔を認識した瞬間、声をあげて笑った。


「ヒギンスの息子だな」


かつて、自分が教師だった時に指導した落ちこぼれのヒギンス・エスターにそっくりな生徒が立っている。


「確か…名前はエドワード・エスターだったか…」


ヒギンスの切実な手紙を受け取り、校長の権限で入学を許したが、ヒギンスの息子なら、エドワードもまた魔法を使える可能性は低いはずだ。

そんな彼がシャルロットと二人で決闘でもするつもりなのか、剣を手にお互いを見つめている。


「血は争えないものだな」


学生時代のヒギンスも他の貴族生徒に馬鹿にされるのが耐えられず、あちこちで決闘を挑んで回っていた。

これからヒギンスの息子がいる今回の4年間も、ヒギンスの時のように面白いことがたくさん起きそうな予感がする。


「それじゃあ休憩がてら、一度見てみるか…」


校長は窓を開け、椅子に座った。

そしてデスクの上にあったワンドを取り出し、ひと振りすると、椅子がゆっくりと浮かび上がり、二人の姿がよく見えるようになった。


&&&


なんとも騒がしい。

周りにたくさんの人が自分と反対側にいるシャルロットを見守っている。


そしてその中央にいる自分とシャルロットの手に持たれているのは、訓練場の花とされる木製の模擬剣だ。


「ねえ、シャルロット生徒会長さん。どうしてそこまでしなきゃいけないんですか?」

「やりたくないなら諦めて、私のパートナーになりなさい」

「あの、先輩。周りには僕よりも優れた人物で、もっと有能で財力もある人がたくさんいるでしょう?なのに、どうして僕に何度も申請するんですか?」

「私があなたとパートナーになりたいからよ」


男爵家とパートナーになりたい公爵家だなんて。

世間の人々が笑い飛ばすような話だ。


「とりあえず、起きたことは仕方ないとして…」


これからどうやってこの状況を上手く終わらせるかを考えるべきだ。

現在の状況をまとめると、自分は今、勝つことも負けることもできない状況に置かれている。

シャルロット先輩とパートナーになりたくなければ全力で戦って勝たなければならないが、そうすると公爵家の令嬢、魔剣術の女王を打ち負かした男として自分の名前と家門が世間に広まってしまう。

そうなると、平凡な生活を送りたい自分の人生は、厄介ごとでいっぱいになってしまうだろう。

かといって、ここで負けてしまえば公爵家からパートナーの提案を受けた男爵家の子息になってしまう。

それに、今回の舞踏会祭典は生徒の保護者まで参加する祭典だ。

文字通りエルハウンド全土の貴族たちに自分の名前が広まるきっかけになるだろう。


「たぶん自分が誰なのか調べようとするだろうな…」


調べるだけなら構わないが、もしもアプロニアと敵対している家門がいたり、彼らを狙う団体があれば自分の家門まで危険にさらされる。


「どうしようか…」


悩みが尽きない。

このままストレスで髪でも抜けるようなことになったら…


「ああっ!」

「な、なんだ?」


審判役のニールがこちらに近づき尋ねてきた。


「あ、何でもない」

「じゃあ始めてもいい?」


よし、決めた。


「始めてもいい」

「それじゃあ、短く注意事項を案内して始めます」


この状況でシャルロットに勝てば、自分は学校生活中ずっと平凡とは無縁の生活を送ることになるだろう。


「相手が戦えなくなる状態や瀕死の状態になる、または降参を宣言した場合に勝利となります」


いっそ、実力を公開するよりもダンスだけ踊って一時的な関心を引き、その後は興味がなくなるまで絶対に顔を合わせないよう逃げ回る方がマシだろう。


「それではカウントダウンを始めます。さん!」


今回の試合は…


「に!」


本気で!


「いち!」


負ける!


「開始!」


自分の全身全霊をかけた演技を見せてやる!


「うわあああああ!」

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