カオスウェーブ

「お前、魔法使いだったのか?」


私はうなずいた。 とりあえず魔法使いなのは間違いない。 魔法学校にも通っているし。 一応、見た目は違うけどファイアボールも使えるから。


全身がズタズタに裂かれた怪物。 奴の残っている肉片が蠢き、素早く再生する。


私は再び呪文を唱えた。 震える赤いワード。 それと同時に蜃気楼が立ち上り、透明な投射体が奴に向かって飛んでいく。


ドカンッ。


‘ん…?さっき変な音が聞こえた気がするけど…’


何か不安な感じはするけど、今その音の正体を気にしている暇はない。 投射体がぶつかると同時に完全に吹き飛んだ上半身。 その場に残っていた下半身は膝をついて崩れ落ちる。


「おお、すごいな!」


ニベアが拍手をパチパチしながらボロボロになった怪物の死体に近寄り、しゃがんで調べる。


「こんなにしぶといやつが完全にボロボロになっちゃったじゃん。」


そして大きなため息をつく。


「でも…まだ動いてるわ。」

「ニベア、早く始末して。」


クラークの言葉に、ニベアがポケットから瓶を取り出して蓋を開けた。


その瞬間、私が入ってきたドアが破壊されて人々が入ってくる。 5人ほどの人数。 皆、赤いローブを身にまとっている。


「なんだ、まだ残党がいたのか?」


奴らは腰に差していた短剣や剣、ワンドを取り出し、こちらに向かって攻撃してくる。


「ライトニングボルト!」

「ファイアランス!」


ワンドを持った奴らが狭い部屋で魔法を放ち、短剣や剣を持った奴らが私たちに向かって突進してくる。 こんな狭い部屋で魔法を使うのは自殺行為も同然なのは、奴らも知っているはずだ。


「全員死んでも構わないってことかよ!?」


ニベアが自分に突進してきた短剣を持った奴と戦い、続いてクラークにも短剣を持った奴が突っ込んでいく。


‘じゃあ、俺はあの奴を…’


私も突っ込んでくる奴に備えて構えをとったが、奴は私に向かって突っ込んでくるのではなく、私の周りを大きく迂回し、再生中の怪物の下半身のある場所に向かって走り出す。


‘あの奴は回収が目的なのか?’


ニベアがどうやって消すかを知っているようでもあるし、知らなかったとしても、あんな怪物を学校を襲っていた奴らに簡単に渡すわけにはいかない。 後であの再生力がすごいやつを連れて、また襲撃してくるかもしれないからだ。


シュッ。


怪物を回収しようとする奴に向かって短剣を投げた。


ガン!


驚いた奴が剣を持ち上げて剣の面で短剣を防ぎ、私は奴に近寄って足を振り回した。 だが、私の足が当たったのは奴ではない。


「おお〜かなり早いね。」


ふざけた声が奴の口から漏れる。 私の足を止めた手には手の甲に鉄板がついた手袋をはめていて、赤いローブの間から見える手袋とセットになっているように見える、腕部分と胸、太もも部分に鉄板がついた革の鎧。 白くてツンツンした髪に、左耳の縁に沿って逆十字型のピアスを3つつけた、鋭く上がった目つきがかなり獰猛に見える奴だ。


「そこのお前。この野郎は俺が引き受けるから、早く行って回収しろ。」

「は…はい!」


ブンッ。


奴の拳が風を切って私に向かって飛んでくると同時に、私が攻撃しようとした赤いローブの男が怪物の下半身に向かって駆け寄る。


‘こいつを突破しないとあの男を止められないか…’


命令を下しているところを見ると、こいつがリーダーだろう。 奴を無視して回収している奴を攻撃するには、私の手には武器もないし、目の前のリーダーに背を向けることもできない。


「最近、俺たちの仕事を邪魔して回ってるやつがいると聞いたんだが…それがお前か?」


奴が舌打ちをしながら私を睨む。 目つきがかなり険しい。 だが、険しいからといって怯む私ではない。 そうなら目標の前まで来ることもできなかっただろうから。


「ナルメリアの森に現れたミノタウロスについて聞いてるなら、それは俺だ。」

「そうか?じゃあ他のは違うってことか?」

「大講堂のことか?それは俺じゃない。」

「部下たちがその時お前をナルメリアの森で見たって言ってたけど?」

「見たのは確かだ。でも倒したのは一人だけだ。残りは別の誰かがやったんだ。」


その言葉に男が目を剥く。


「今ふざけてるのか?」

「俺が今ふざけてるように見えるか?」


私は腰のあたりからもう一本の短剣を取り出した。 この短剣はニベアと戦っていた時に、逃げたクラークが私の短剣を防ぐために投げたものだ。


奴が構えをとる。


‘格闘系か?’


武器は手に持たない。 構えも剣を使う奴の構えではなく、格闘を主とする人間たち、特にボクシングをする人間の構えに似ている。


先に動き始めたのは奴だ。 奴は素早く動き、私の懐に飛び込んで拳を放つ。


ドゴンッ!


「くっ…」


この攻撃が体に当たっていたら確実に致命傷を負っていただろう。 それほど奴の拳は骨を砕くほど重い。


「まだ終わっちゃいないぞ!」


奴は反対の手を私の腹に向かって放つかと思いきや、そのまま方向を変えて顎を狙ってきた。 高く後ろに跳び上がって奴の攻撃をかわした。 奴の拳に押し返された空気が天井にぶつかり、砕けた石がボロボロと落ちてくる。


「なかなかやるじゃないか?」


奴が再び動き始める。 スピードでは負けていないので避けてはいるが、攻撃する隙が見えない。


‘この状態でずっと避けるのは無意味だ。’


ならば魔法を…


‘あれ?’


再び取り出した赤いワンドが途中までひびが入っている。


「くそっ、こいつか…」


さっきのドカンッという音はこれだったのか! このまま魔法をもう一度使えば、確実にさらにひびが入るか、量産型のワンドのように壊れてしまうだろう。


‘ワンドってなんでこんなに耐久性が低いんだよ?’


こんな状態のワンドで魔法を使って問題が起きたら危険すぎる。 壊れるのはまだしも、私の手で魔法が爆発でもしたら大変なことになるからだ。


「くたばれ!」


私はすぐにワンドを腰に戻し、拳を振り回す奴の攻撃を防いだ。


「W3!クリーチャーの回収が完了しました!」


回収を命じられた奴が入口に立って、私を攻撃していた男に向かって叫ぶ。

W3と呼ばれた奴は舌打ちをしながら、私から距離を取るように後ろにジャンプする。


「本当はきっちり片付けたいところだが、これ以上目立って学園の教師でも駆けつけてきたら厄介だからな。」


男は不敵に笑った後、無感情な表情で私を見据えながら言った。


「次に会うときにはお前を殺す。死にたくなければおとなしく隠れていろ。」


その言葉を最後に、奴は扉の外へと駆け出していく。男が去ると同時に、他の赤いローブをまとった連中も一斉に外へと走り出した。


「ま、待ちなさい!」


ニベアが力を振り絞って奴らを追いかけたが、やがて地下室へ戻ってきた。


「逃げられたな。」


クラークが剣を鞘に収める。


逃げられたというよりも、私たちを見逃してくれたような感じだ。


「くそっ!カオスウェーブの奴ら、逃げ足だけは早いんだから!」


怒りをあらわにするニベアを見つめていたクラークの視線が私に向けられる。


「お前、ちょっとついてこい。」


そう言い残してクラークは扉の外へ歩いて行く。ニベアも私を一瞥した後、扉の外へと歩いて行った。


「ふむ…」


多分、戦うために呼ばれているわけではないだろう。もしそうなら、ここで片付けてしまえばいいはずで、逃げられる可能性のある外へ出そうとはしないだろうから。


「一応行ってみるか…」


奴らの正体が何なのか、カオスウェーブというのが何者なのか、知りたい情報が山ほどある。一度会ってみて、もしも奴らが学園に問題を起こすような連中なら、その場で始末した方がいいだろう。


私は投げた短剣を拾い、腰にある短剣の鞘に収め、地下室の外へと歩み出た。


「単刀直入に聞こう。」


クラークが私を睨む。


「お前の目的は何だ?」


「目的?」


「さっきお前とカオスウェーブの奴が話しているのを聞いた。その連中の計画をお前が妨害したと言っていたが。」

「結果的にはそうなるな。」

「では、お前の目的はカオスウェーブを倒すことなのか?」


答えにくい質問ではない。私の目的はただ一つ、普通の人生を送ることだからだ。


「その前に、まず俺の質問に答えてくれ。」


クラークがニベアを見つめる。ニベアは肩をすくめて後ろへ歩いて行き、クラークが頷く。


「話してみろ。」


まず一番気になっていたことを聞いてみた。


「お前たちは何者なんだ?」


答えにくい質問なのか、顎を撫でながら少し考えた後、私を睨みつけながら答えた。


「俺たちはトリニトラ王国のトリニトラ教皇庁から派遣された異端審問官だ。」

「異端審問官というと…」


教義を行わない者や、誤った教義を行う者を裁くための宗教人たちだ。


「最近、ナルメリス魔法学園にモンスターが現れるという話を聞いて、主教様が我々を学園に派遣したのだが…我々が派遣していない連中が王国の名を騙って宗教活動をしていたんだ。」


「その司祭のことか?」


「司祭だけでなく、その部下たちも同様だ。ここの教会にいた連中は全てカオスウェーブの奴らだった。」


「話が出たついでに聞くが、カオスウェーブとは何だ?」


ニベアが目を大きく見開き、クラークが額に手を置きため息をつく。


「どうやらお前は何も知らずに奴らに手を出したようだな。」


クラークが首を振る。


「だとすれば、お前がカオスウェーブについて知る必要はない。」

「カオスウェーブ。破壊の神カエルを崇拝する連中よ。」


ずっと黙っていたニベアが前に出てくる。


「モンスターを利用してこの世界を破壊し、カエルを現世に召喚しようとする連中。それが混沌を呼ぶ者たち、カオスウェーブだ。」


「ニベア!」


「さっきこの奴の戦いぶりを見たでしょ。」


ニベアが私を見てにやりと笑う。


「魔法を使うのに暗殺者並みに動きが速い奴なんて初めて見たわ。」


ニベアを見ていたクラークの視線が再び私に向く。


「どうせカオスウェーブの連中がこの男を始末しようとしているようだし、一緒に連れていれば役に立つだろう。」


誰が勝手に私を連れて行くって言ったんだ?


「何も知らない一般人を利用しようっていうのか?」

「一般人?あの動きが一般人にできると思うか?」


ニベアが私に近づき、顔を覗き込む。


「この仮面の奥に隠れている奴は、少なくとも数年…いや、十数年は暗殺者の技術を学んできた奴だろう。」

「ほう、見る目はあるな。」


前世の大半を暗殺という目標のためにひたすら鍛錬してきた。生まれ変わった今も合わせると20年以上だ。


「だが…」


「主教様に申し上げれば理解してくださるはずだ。どうしてもだめなら我々が金を払って雇用してでも…」


「その必要はない。やらないから。」

「何?」


ニベアの顔が険しくなる。


奴らが王国から派遣された者だということは分かったし、教会に潜んでいたカオスウェーブとかいう連中も全て追い払った。また戻ってくるかもしれないが、しばらくは戻ってこないだろう。こんな面倒事に巻き込まれたら、今生で普通に生きようと決めた自分の誓いを無視することになる。


「ちょ…ちょっと待って。今回のことをうまく解決すれば、君はエルハウンドでかなりの地位を手に入れることができるだろう?お金ももちろん、望むなら貴族にも…」

「いらない。」


田舎とはいえ、私は領地を持つ男爵の息子だ。その領地を引き継いで管理すれば、豊かではないが、住む場所や食べ物に困る生活は送らずに済むだろう。それ以上望むつもりもない。


「いや、よく考えてくれって…おい!」


これ以上話すのは無意味だ。


「とりあえずナルメリアの森へ行くか…」


ここから寮までまっすぐ走れば、私がこの学校の学生だということがすぐにばれるだろう。とりあえず森でローブと仮面を外して隠れ、奴らがいなくなった隙に寮へ戻れば、誰にもばれずに安全に戻れる。


「はあ…普通に生きようとしてた俺の人生がどうしてこうなったんだ…」


これも全部、父さんのせいだ。父さんが私を魔法学校に入れなければ…


『父さんのせいにしても仕方ないか…』


こういうことに直接関わったのは自分の責任だ。


いずれにせよ、魔法学校のために国家が動いていることがわかった。これでもう、自分が活動する必要はなくなった。


『これで本当に普通の生活が始まるんだ!』


明日から、俺は本当に普通の生活へ向かって一歩を踏み出すことができる。

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