礼拝の時間
授業が始まる前、日が昇り始め、朝が明ける頃、数人の学生が寮の外に出てどこかへと歩いていく。 彼らが向かっているのは、学校の寮から左上に位置する巨大な建物。
「ここが教会なんだな。」
さすが貴族たちが通う学校らしく、豪華で品格を感じさせる、創造の神を象徴する蛇が巻き付いたリンゴの木の模様が彫刻された柱と、白い建材(大理石なのか石膏なのかは分からない)でできた、非常に印象的でいくらの金貨が使われたのか見当もつかない建物だ。
「入ろう。」
中に入る人々の間をすり抜け、僕はニールと一緒に教会に入った。
オルガンの音が建物に響き渡る。 ニールの後に続き椅子に座った僕は周りを見回した。 学生や先生を問わず同じ椅子に座り、手を合わせて祈っている。
彼らの首や手にはネックレスやバッジのようなものが握られていて、それには三角形の上に、入る前に見た柱に彫られた模様と同じく、リンゴの木に蛇が巻き付いた模様が刻まれていた。
「え、何?」
後ろから聞くだけでもストレスがたまる声が聞こえる。
「アリア、来たんだ。」
アリアが僕が座っている隣に歩み寄り、僕を見つめる。
「エドワード、あなたもトリニティ教だったの?」
「いや、昨日エドワードがトリニティ教に興味があるって言ったから、今日僕が連れてきたんだよ。」
「ふぅん…」
アリアは疑わしい目で目を細めて僕を見下ろす。
「どうして?男爵が宗教を信じたらいけない?」
「わ、私がいつそんなこと言ったって言うの?」
「表情を見れば全部分かるんだよ。」
「変なこだわりやめてよ。私はそんなこと言ったことも、疑ってる顔をしたこともないから。」
「じゃあ普段の顔が疑ってる表情ってことだな。」
アリアは歯をぎゅっと噛み締めて拳を握る。 けれど、いつもと違って僕をつねったりはしない。
「どうしたんだ?」
「何が?」
「殴るかと思ったのに。」
アリアは鼻で笑う。
「ここは神聖な教会よ。暴力みたいな乱暴な行為は許されないの。」
「じゃあ毎日ここに来てからかうことにしようかな。」
「好きにすれば。」
「おお、それでも敬虔な信者ってことね。」
僕たちが話している間に、オルガンがドーンと鳴り響いた。 祈っていた人々も、僕たちのように会話していた人々も。 すべての視線が教会の一番前に向かう。 近くに性別が分からないローブを着た人物が、椅子のようなものに座り、両手を広げている彫像がある壇上に歩み出る。
「昨日も無事にお過ごしでしたか?」
「ええ、司祭様。」
髪が薄くなった頭の上に作家がかぶりそうな小さなベレー帽と、白地に青いストライプの、聖歌隊の服のような司祭服を着た中年の男がにっこりと微笑みながら人々を見下ろす。
「誰?」
「ライカル司祭様よ。」
「ライカル司祭様?」
「うん。学校にいるトリニティ教の信者のために王都から送られてきた司祭様なんだよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
王都からわざわざ学校に司祭を派遣してくれるなんて。 さすがエル・ハウンドが推す国教だ。
司祭が壇上に立ち、壇上の机に置かれた聖書を読み始めると、ニールやアリアを含む人々が両手を組んで祈り始める。
「とりあえずここで僕も祈った方がいいかな…」
手を組み、目を閉じた。 でも、何を祈ればいいんだ? 毎日生きていられることに感謝するべきかな? それとも魔法を自在に使えるように祈るべきかな。
時間が過ぎてミサが終わると、一人、また一人と席から立ち上がって教会の外へ出ていく。
「どうだった?」
「何が?」
僕のそっけない反応に、ニールはため息をつく。
「何も感じなかったんだね。」
「感じるものがあれば感じるよ。」
目を閉じて座って祈るだけなのに、感じるものがなければ感じないじゃないか。
「じゃあ明日からは来ないつもり?」
「とりあえず考えてみるよ。」
「来ないんだね…」
「どうしてそうなるんだ?」
「だって考えてみるって言って来ない人、すごくたくさん見てきたからさ。」
ドキッとしたけど、まだ興味がなくなったわけじゃない。 ただ、祈ることに興味があるわけではなく、宗教そのものに興味があるからだ。
「さようなら~」
出口の方へ向かおうとしたとき、すぐ隣から聞き覚えのある声がする。 振り返ってみると、そこに立っているのは一人のシスター。 シスターが差し出した手には卵が握られている。
「この人…」
見覚えがある。 ちょうど二日前、僕が路地裏まで追いかけていった二人組のうちの一人だ。 一緒にいた男に「ニベア」と呼ばれた女性。
「え?私の顔に何かついてますか?」
ニベアは不思議そうな表情で僕を見つめている。
「あ…いえ。」
彼女が差し出した卵を受け取り、外へ出た。
「その時とは全く違う性格と表情なんだけど…」
ニールも続いて外に出てきて、卵をあれこれと観察する。 その卵は食べられる卵ではなく、おもちゃの模型。 そして、その模型にはトリニティ教の三角形の紋様が刻まれている。
「ニール。」
「何?」
「あの人、前からいた人?」
ニールが後ろを振り返ってシスターを見てから首を振った。
「いや、昨日、王宮から司祭様を補佐するために送られてきた聖職者の方だよ。名前は…ソフィア・アンズ…だったはずだけど?」
「ソフィア・アンズ?」
二日前に聞いた名前とは違う。
『やはり…あの連中か?』
学校で何かを仕掛けると思っていたが、王宮の名を使って潜入するとは思いもしなかった。
「他の人は一緒じゃなかったの?」
「他の人って…ああ、マンデル・ゲッツさんのことを言ってるのか。」
もう一人の名前はマンデル・ゲッツ。 ニベアが偽名を使っているなら、この人も偽名だろう。
『見つけた…』
赤いローブを着た連中の手がかりになる二人をようやく見つけた。 あとは一つだけ。 あの二人から情報を引き出すこと。 命をかけて脅すにしても、懐柔するにしても、必ずあの連中について白状させるつもりだ。
「エドワード。」
聞き慣れた声が私を呼ぶ。 アリアの他にも関わりたくない人物が一人。
「シャ…シャ…シャシャシャシャ、シャルロット生徒会長様…!」
ニールが目を丸くして慌てながら震え声で言葉を発する。
「こんにちは!」
「あ、うん…君は…?」
「私はルアイーズ子爵家の次男、ニール・ド・ルアイーズと申します!」
「ルアイーズ子爵家といえば…ハズナイルを治めている家だね。」
「シャルロット様が我が家を知っておられるとは!家の名誉でございます!」
「名誉なんて大げさな。」
公爵でもないのに、公爵の娘が知っているからといって得られるものなどない。
「おい、エドワード!?」
ニールが慌てて私を見て、すぐにぎこちなく笑いながらシャルロットに謝罪する。
「申し訳ありません。友人がシャルロット様についてあまり知らないもので…」
『おや、今や私はまったくの馬鹿扱いか。』
そんな人間には見えなかったが、ニールという奴は高貴な人の前では友人も何もないらしい。
「気にしないで。」
「うわあああ!」
後ろから変な声を出しながら赤い獣のような存在が駆け寄ってくる。
「シャルロット生徒会長様!」
「うわっ!」
アリアが私の顔を横に押しやって、シャルロットを憧れの眼差しで見つめる。
「あ、うん…君は…?」
「おはようございます、シャルロット様!私はセルリマ伯爵家の次女であり、将来セルリマ伯爵家の当主を継ぐ予定の後継者、アリア・ド・セルリマと申します!」
「あ、君がアドネアの妹なんだ。」
アドネアという言葉にアリアが少し震えながらもぎこちなく笑う。
「はい、その通りです!」
「アドネアから話はよく聞いているよ。」
「姉から…ですか?どんな話を…」
「這い上がろうとする愚かしい妹が一人いると…」
言いかけて、それが悪口だと気づいたのか、シャルロットはすぐに手で口を覆った。
「あの馬鹿姉…」
アリアが目を見開き、怒りで拳を握り締める。 拳には小さなスパークが散る。
「シャルロット生徒会長様もトリニティ様にお祈りを捧げにいらしたのですか?」
ニールの質問にシャルロットがうなずく。
「うん、私もトリニティ教徒だから。」
「予想していました。上位貴族の中でトリニティ教徒じゃない人はいませんからね。」
「よく知っているね。」
「私も一応伯爵家の娘ですから!それくらいは知ってますから!」
胸を張って鼻高々にするアリア。
「えっと、でも…侯爵以上の家には寮内に専用の礼拝室があるんじゃないですか?」
「うん、そうだね。今回はちょっと気分転換に外に出てみたくて。」
「そうなんですね!」
「それより、ちょうどエドワードもここにいるんだね。話したいことがあったんだけど。」
シャルロットが私を見つめる。
「あ、そうですか?申し訳ありませんが、私は話すことがないものでして。」
「おい、エドワード!シャルロット生徒会長様にそれは無礼すぎ…」
「もういい、疲れたから先に帰るぞ~」
ここで話を聞いてしまうと、何が起こるか分からない。 少しでも好感を与えるようなことをするのは、私の平和で平凡な田舎の男爵家生活のためには絶対にご法度だ。
「エドワード、ちょっと話を…」
「話はまた後で伺います、生徒会長様~」
「おい、エドワード!」
後ろから聞こえるアリアの声を後にして、私はそのまま教室へと歩いていった。
「うう、耳が痛い。」
教室に到着してから、授業中は眠気を誘う先生たちの声を、休み時間にはアリアとニールに朝のシャルロットとの対面のことで小言を聞かされ、休む暇もなく耳を酷使してしまったので、耳が痛くてたまらない。
「はあ…」
面倒くさいことではあるが、シャルロットが私への興味を失うまでこうして過ごすしかない。
『まさか今日会うことになるとは。』
何という運命のいたずらだろうか。 だが、一つ収穫があるとすれば、シャルロットがトリニティ教徒であること。 もう行く理由がなくなった。
「さて、それじゃあ…」
月光も届かない暗い夜。 私は大きく伸びをしながら体を確認した。
「どこも穴は空いてないよな?」
シャルロットと戦った時に破れた部分を修繕に出して、他に穴が空いていないか確認したが、どうやら大丈夫そうだ。
「じゃあ…」
教会の前に到着した私はドアを見つめた。 ドアは固く閉ざされていて、周囲に人の気配は感じられない。
『ふむ…』
本来の作戦ならすぐにドアを開けて中に入り、あの連中を捕まえる予定だった。 だが、よく考えなければならない。 もしあの連中が本当に王宮から派遣された聖職者ならば、学校だけでなくラブリンス内での私の立場も危険に晒されることになる。
『もちろん、短剣をあれほど上手く使う僧侶などいるわけがないが…』
どうしても外に出る時には黒いローブと仮面をつけて出かけるため、賞金でも掛けられたら一大事。 だから無闇に突入するわけにはいかない。
そんな風にじっくり考え、出した結論。
まずはあの連中を監視して、怪しい行動をしないことを確認したらそのまま放置し、もしも怪しい行動をするようならすぐに出向いて叩きのめす。 これが私の再計画だ。
『どこに隠れて監視しようか…』
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