トリニティ教団


暗い路地の中。

あちこちに壊れた箱や乱雑に置かれた箱が散らばっている。


「確かにこの辺りだったよな?」


相手は相当速かったので、とにかく全力で追いかけてきたが、今は姿が見えない。かなり奥深くまで入ってきたのだが。


「これ以上進むと少し危険かもしれないな…」


ここがあいつらの本拠地でないとは言い切れない。万が一、ここが本拠地で他の連中もいれば、どんな俺でも危険だ。


奥へと進み続けていた俺は足を止めて前方を見つめた。路地の突き当たりは建物で塞がれており、目の前には誰もいない。しかし、奴らは確かにここにいる。


「視線を感じるな。」


顔を上げて、前を遮る建物の屋上を見上げた。二人が屋上から俺を見下ろしている。


「ほら、私がここまで追ってくるって言ったでしょ?」

「だな。」


女性の低い声が耳に入り、細い男性の声がそれに応える。腕を組んで見下ろす者と、屋根に腰掛けて見下ろすもう一人。俺が二人を見上げると、彼らは建物の上から飛び降りた。


まるで風に乗るかのように、速くも安全に着地した二人は、俺の前にゆっくりと歩み寄ってくる。月明かりに照らされた二人の顔。赤い瞳孔を持ち、片方の口角を上げた若い女性と、顔に十字の深い傷跡があり、垂れた目に濃いクマがある、肉付きのない骨と皮だけのような顔をした男だ。


「まずは理由を聞こうか?なんで私たちを追いかけてきたのか。」


女性が仮面をつけた俺の顔に自分の顔を近づける。


「なんだ、これは?これを取ってやるか…」


パシッ。


俺は仮面を取ろうとする奴の腕を掴んだ。すると、奴の目が少し大きく開かれる。


「おお〜、手が速いじゃないか?」

「さっき、お前たちが金も払わずに食堂を出ていったから、俺が代わりに金を回収しに来ただけだ。」

「食堂?ああ〜、そうだ、そうだ。俺たち、すっかり金を払うのを忘れてたな。」


女が後頭部を掻き、腰から短剣を抜いて俺の首に突きつける。


「ふざけてんのか?」


一瞬で変わった表情には殺気が漂っている。


「ちゃんと答えろ。」

「もう時間もないんだから、そいつが誰かなんて知る必要はないだろう。放っておけ。」


後ろにいた男が細い声で女に言う。


「ダメだ。まず理由を聞かないと。こいつがどんな奴で、何のために追ってきたのかをね。もしかしたら、『カオスウェーブ』に送り込まれた刺客かもしれない。」


『カオスウェーブ』?


こいつらの言うカオスウェーブというのは一体何なのか。女の言葉からして、こいつらも何らかの組織に属しているのだろう。


「はあ…」


その言葉を聞いた男がゆっくりとこちらに歩み寄り、腰から短剣を抜き出した。


「早く答えろ。今、疲れて死にそうなんだ。」


短剣を持っているところを見ると、盗賊系の職業か、暗殺者系の職業だろう。


「他の奴らは…」


この二人以外に気配が感じられないことから、ここにいるのはこの二人だけのようだ。ならば、奴らを相手にするのはそれほど難しくないだろう。


「知りたいのか?」

「答えろ。」


俺を壁に押しつけ、首元に短剣を当ててくる。チクリとした痛みと共に首に温かい感覚が走る。


俺は腰から素早く短剣を取り出し、振り払った。狙うは奴の腕だ。驚いた奴はすぐに腕を引き、後ろに跳んで距離を取る。


「こうしようか?俺が負けたら、俺が誰なのかお前たちに素直に答えるよ。でも、俺が勝ったら…」


俺は短剣を握り直し、奴らを睨みつけた。


「お前たちが答えるんだ。」


シュッ、シュッ。


路地に薄く差し込む月明かりを受けて、輝く短剣が素早く動く。


「くっ…!」


路地の中に軽快な音が響き渡る。後ろに跳んで距離を取った女が俺の左側に回り込み頭を狙い、後ろにいた男が俺の右側に跳び込んで腰を狙う。


カン!


俺の首を狙う女の短剣を防いだ。かといって腰をさらしたわけでもない。


俺の左手にも短剣が握られている。それで腰を狙う男の短剣の先を手にした短剣の面で防いだのだ。


「もう一本買っておいてよかったな。」


前のように短剣が折れて戦えなくなったら大変だから、念のため二本購入して腰に備えておいたが、こんなに早く役に立つとは思わなかった。


「いやあ、すごいじゃん?」


女が距離を取ったまま悪意のある笑みを浮かべて俺を見つめ、男が舌打ちをする。女は再び短剣を構え、深呼吸をする。女性の体の周りには赤い気と青い気が渦巻き始め、その気はそのまま彼女の体に吸収されていく。


「ふっ!」


女が短く息を吐き、姿を消す。

1秒が経ったころ、女が現れたのは、俺の背後。


女が俺の左の背中を狙って短剣を突き刺してくる。

俺はすぐに振り返り、短剣を上に振りかざして女の剣を弾き飛ばした。


女の手から短剣が飛び、壁に突き刺さる。俺は女の首に短剣を突きつけた。


ヒュッ。


女は後ろへ飛び退き、俺の短剣を避けると、額の汗を拭う。


「お前、何者だ?」


自分の技が通用しなかったことに驚いているのか、女の目がさっきよりも大きく開いている。


「ニベア。」


男が短剣をしまい、女に声をかける。


「もう時間がない。本当に行かなくちゃならない。」


女は壁に突き刺さった剣に駆け寄り、剣を取り戻す。


「行くって?冗談じゃない。」


まるで気が狂ったかのように、女はフフッと笑いながら、俺に向かってまた襲いかかる準備をする。


「こんな面白い奴を置いていけるわけが…」

「主教様の命令に逆らうつもりか?」


「主教」とは…宗教の主教か?


女は悔しそうに男を見て、舌打ちし、短剣を再び鞘に納める。


「わかったわよ、行けばいいんでしょ。」


奴らがまた高く跳び上がり、屋根へと上がろうとしている。


「どこに行くつもりだ!」


ここで奴らを逃せば、情報を聞き出せなくなる。

俺はすぐに左手の短剣を屋根へ上がろうとする女に向かって投げつけた。


ガキン!


男が腰の短剣を抜いて、飛んでくる俺の短剣に向かって投げつけると、短剣同士がぶつかり合って地面に落ちる。


地面に落ちた短剣を拾い上げた時、奴らの姿はすでに消えていた。


「逃したか…」


俺は短剣を腰の鞘に戻した。

奴らを捕まえられなかったのは残念だが、少なくとも二つ、得た情報がある。

一つは、奴らの一人の名前がニベアということ。

もう一つは、奴らが宗教関連の組織に属していることだ。


「宗教か…」


考えてみれば、宗教に関する書物を読んだことはない。

宗教に関して知っているといえば、このエルハウンドの国教が創造の神トリバートを祀るトリニティ教だということだけ。


「調べる必要がありそうだな…」


&&&


鐘が鳴り響く。

生徒たちが笑いながら喋る声が聞こえる。


「ようやく元の生活に戻ったか?」


試験が終わると、静まり返っていた教室に再び笑い声が咲く。

これこそが学生の勉強する場所だ。試験期間中はあまりにも静かすぎた。


「おい、エドワード!」


苛立たしい声が耳をつんざくように響き、アリアが階段を上がってくる。


「早くダンジョンでの話を教えなさいよ!」

「いや、この前話しただろ!」


嘘をついたわけじゃなく、本当に全部話した。ボスを倒したことは省いたけれど、それ以外は本当に全部教えたというのに、それでもまだ何か残っていると思って、しつこく聞いてくる。


「嘘つかないでよ!まだ隠してることがあるじゃない!」


勘が鋭いのか、あるいは俺の嘘が表に出ているのか。あの声のせいで頭がズキズキする。


「朝から二人とも喧嘩してるんだな。」


ニールが俺の隣に座り、深くため息をつく。

奴は俺とアリアがあまりにもしょっちゅう喧嘩するので、今ではもう止めようとも、仲裁しようとも思っていない。


「本当に終わりだって言ってるんだけどな。」

「本当に?」

「ああ。」


アリアは腕を組んで顎をなでる。


「じゃあこれも教えてよ。」

「今度は何だ?」

「シャーロット生徒会長、強かった?」

「強かったか?」


シャーロット生徒会長。戦った時も、ダンジョンにいた時も感じたが、確かに強い人物だった。


「強かったよ。」

「どんな風に?どんな魔法を使ったの?どんな…」

「おい、そんな風に聞きたいなら、あっちに行け。」


アリアはふてくされた顔で俺を睨む。


「はぁ…確かに、お前が魔法について詳しいわけないわな。“マナゼロ”の下級貴族だからな。」

「まったく、嫌味な言い方しやがる。」

「ふん、もういいわ。意地汚いからもう聞かない。」


アリアは言い終えると鼻で笑い、また階段を降りていく。


「はぁ…どうしてあんな奴と関わることになったんだか…」

「ただ親切に接すれば、アリアもそんな風にしないと思うけど…」

「投げかける言葉が優しくなきゃ、こっちも優しい言葉なんて返さないだろ?」

「それでも一度親切にしてみてよ。もしかしたらアリアも君に突っかかってこないかも。」

「あいつが?」

「アリア、君にだけずっと突っかかってるんだよ。僕や他の友達にはそんな風にしない。」

「俺をそれだけ見下してるってことだろ。」

「最後まで否定的に考えるんだな…」


ニールはため息をついた。


「アリアが親切に接するだって…」


俺を見て微笑みながら親切に話すアリア。

想像もつかないし、想像しようとすると胸がむかむかする。


「うぇっ。」


体が自然とぶるっと震える。


「次の授業は何だ?」

「ミュゼル先生の召喚魔法理論の時間。」

「そうか。」


ミュゼル先生の召喚魔法理論は、この学校の中では比較的面白い授業だ。

もちろん教科が面白いのではなく、先生の授業スタイルが面白いのだ。

彼女の体験談と罵声を巧みに混ぜながら話す授業スタイルを他の先生たちも真似していれば、きっと俺も優等生になっていただろう。


「ふむ…」


俺はニールを見た。

ニールなら、宗教について何か詳しく知っているかもしれない。

何か質問すれば答えてくれるAIみたいで、知っているような気がする。


「なあ、ニール。」

「うん?」

「お前、宗教について詳しいか?」


その言葉を聞いた途端、ニールが真剣な表情で俺を見つめる。


「聞かないほうがよかったか?」


「エドワード、まさか…」


そう言いながら、ニールは伏せていた俺の手を無理やり引っ張り出し、両手で握りしめて輝く目で見つめてきた。


「トリニティ教に興味が湧いたのかい!?」


この野郎…トリニティ教徒だったのか。


「いや、その…ちょっと興味が湧いたっていうか…ただちょっと知りたくてさ。」

「よくぞ思い立った!そうだ、エルハウンドの国民ならトリニティ教を信じないと!」


「もともとこんな奴だったか…?」


何かを尋ねた時に、ニールがこんなに嬉しそうにするのは初めてだ。

それだけ宗教にのめり込んでいるということだな。


「気になることがあれば、何でも聞いてくれ!いや、明日から教会に行こうか?」

「教会?俺たち学校の外には出られないだろ?」

「学校の外に?なんで外に出るんだ?」

「だって…学校に教会なんてないじゃん?」


俺の言葉にニールは首を振る。


「学校にあるんだよ。」

「あるって?」

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