増幅する疑心
目を開けた。
ぼんやりしていた視界がだんだんはっきりし、シャルロットは真っ白な天井を見つめた。
「ここは…」
見慣れない天井だが、ここがどこかはすぐに分かった。
「起きたか?」
シャルロットが上体を起こすと、横で頬杖をつきながら窓の外を眺めていたナガイアが立ち上がり、彼女に近づいてきた。
「水いるか?」
「はい…」
ナガイアは近くのティーテーブルにあった水の入ったカップにポットから水を注ぎ、渡してくれた。 乾いた喉に水が潤い、シャルロットはカップを撫でながら尋ねた。
「私はここでどれくらい眠っていたのですか?」
「うーん…3日くらいか?」
3日。 気絶するには短くない時間だ。
「何があったのか、教えてもらえますか?」
「実習の時のことだよな?」
「はい。」
「ポイズンビーの毒に中毒して運ばれてきたんだよ。ほとんど死にかけていたところを解毒して、壊死した部分を治療したら、どれだけ頭がズキズキしたことか。」
ナガイアがくすっと笑う。
「むしろ俺が死にかけるかと思ったよ。」
「ありがとうございます、ナガイア先生。」
「礼には及ばない。むしろ感謝すべきはあの生徒だ。」
「あの生徒?」
「お前と一緒にダンジョン実習に行った生徒がいただろう?」
その言葉にシャルロットが驚いて尋ねた。
「あの生徒はどうなったのですか?!」
「心配するな。その生徒がお前を連れ出したんだから。」
「あの生徒が…私を連れ出したんですか…?」
ナガイアがうなずく。
「ダンジョンのボスまで行ってポータルを使って脱出したらしい。」
「そんな…」
シャルロットは信じられなかった。 エドワード・エステルという生徒は魔法を使えない学生だ。 年齢的にも、剣術を学んでいたとしても一人でダンジョンのボスを倒すには無理があるはず。
「それについて、アレイラ先生がいくつか気になることがあるらしいが。」
「アレイラ先生がですか?」
「もう少し休んでから行くか?」
シャルロットは首を振った。
「いいえ。」
慎重にベッドから降りて靴を履いた。 中毒になる前よりも体が軽くなったように感じた。
「お世話になりました。」
「礼には及ばない。もし体に異変があればまた来い。もう一度検査して、問題があれば治療してやる。」
「はい!」
シャルロットは保健室の扉を開けて外に出た。
&&&
「おお、シャルロット。やっと起きたか。」
シャルロットが教務室に入ると、先生たちが回復した彼女を歓迎した。 シャルロットは一人一人に挨拶をして、ゆっくりとアレイラが座っているところへ歩み寄った。
「アレイラ先生。」
「体は大丈夫か?」
「ナガイア先生が治療してくださったおかげで、以前より体が軽く感じます。」
「さすがナガイア先生だな。治療の腕はさすがだ。」
シャルロットはふと目をやり、彼が整理している書類をちらっと見た。
「黒いローブの男」
書類に書かれた「黒いローブの男」という人物。 その人物は、舞踏会で自分が戦った相手に違いないだろう。
「とりあえず場所を移そうか?」
「はい、先生。」
アレイラは書類を引き出しにしまい、席を立ってシャルロットと一緒に教務室を出た。
&&&
校外の売店の近くのテーブル。 アレイラが売店で焼き立てのパンとジュースを持ってきて、彼女の前に置いた。
「ここ数日何も食べてないだろう、これを食べなさい。」
「ありがとうございます。」
シャルロットが礼を述べると、アレイラは咳払いをした。
「ナガイア先生からどこまで聞いた?」
「私が3日間気絶していたと…」
「他には?」
「私を連れ出してくれたのが、一緒に入ったエドワード・エステルという生徒だったと聞きました。」
「なら話は早いな。」
「はい。」
アレイラは顎を撫でながら尋ねた。
「エドワード・エステル。あいつがダンジョンに入った時、何をしていた?」
「え?」
「そのままの質問だよ。とりあえず、2人で入って何をしていたんだ?」
「ダンジョンにいるゴブリンを倒していました。」
「2人で?」
シャルロットが首を振る。
「いいえ。先生がエドワードは魔法を使えないとおっしゃっていたので、私が一人でゴブリンを倒しました。」
「じゃあ、エドワードは?ただついてきただけか?」
「何をしようとしているのかは分かりませんが、魔石を収集していました。」
「魔石を?」
「はい。手際が良かったので、経験がかなりあるように見えました。」
『魔法も使えない奴が、モンスターを倒して手に入る魔石を慣れた手つきで収集するとは…』
つまり、二つの可能性がある。 モンスターを倒せる程度の武術の腕を持っているか。 魔法を使えないというのが嘘だったか。
「魔石を収集する以外に何かしていなかったか?」
「他にと言いますと…どのようなことですか?」
「君に内緒でどこかに消えたり、あるいは…魔法を使ったりとか?」
シャルロットは腕を組み、考え込んだがやがて首を振った。
「いいえ、消えたり魔法を使ったりしたことはありません。」
「よく考えてみなさい。君が気づかないうちに、何かしていたかもしれないぞ。」
「常にそばにいたので、もしそんなことをしていれば私も気づいたと思います。」
「そうか。」
パンを少しちぎって口に入れたアレイラは続けて尋ねた。
「じゃあ君からも聞かせてくれないか?」
「何を…?」
「その事件が起こった時のことだ。」
「その時のこと…」
「ああ、彼と君の意見が一致すれば、彼が言ったことは本当だろう。」
「疑っているのか…」
どうやらアレイラはエドワードを黒いローブを着た男ではないかと疑っているようだった。 シャルロットはゆっくりと口を開いた。
「あの時、私たちは…」
...
「そうだったのか…」
「はい。」
アレイラが顎を撫でながらうなずく。
エドワードが言った内容と同じだろうか。
それとも、違うのだろうか。
彼の顔だけでは分かりにくかった。
「とりあえず分かったわ。」
「はい。それでは、私はそろそろ戻ってもいいですか?」
「あ、ちょっと待って。」
「え?」
立ち上がろうとしたシャルロットは、再び椅子に腰を下ろした。
アレイラはパンのかけらをもう少しちぎって口に入れ、シャルロットに言った。
「前回もそうだったけど、いつも頼んでばかりで悪いんだけど、もう一つだけお願いしてもいい?」
シャルロットは首をかしげ、彼を見つめた。
&&&
チリン、チリン―
「ありがとうございました、またお越しくださいませ~」
「フフフ…」
ようやくお金に変わった。
ダンジョン探索実習から早くも一週間。
あの時手に入れた魔石をようやく今、ラブリンス冒険者ギルドで売ることができた。
本来なら戻った当日は一日休んで、翌晩に売りに出かけようと思っていたのに…
『どうしてダンジョン探索実習の次の日に試験があるんだ?』
実習の翌日すぐに中間試験が始まったので、試験勉強のせいで今までラブリンスに出られなかった。
そして一週間が経った今日、ようやく試験が終わり、やっと自由だ。
『試験はダメだったけど…』
それでも魔石を売ってお金を稼げたので、それで満足することにする。
「さてと…」
冒険者ギルドからもらった袋を開けて中身を見た。
残念ながら1ゴールドには届かなかったが、200~300シルバーほどは得たようだ。
「これで短剣でも買おうかな?それとも、お菓子?」
学校で使う支給用のワンドがまた壊れるかもしれないから、一応は貯めておくべきか。
お金があると妙に迷ってしまう。
「とりあえずはご飯を食べることにしよう~」
こんな勉強づけの学校生活では夜食はまさに必須コースだ。
「料理ができました~!」
「ふぅ~!」
やっぱり食事はマルメロンレストランだ。
ラブリンスでも郊外にあるこのレストランは、街をぶらぶらしている時に偶然見つけた俺の秘密のアジトのような場所。
味も素晴らしいし、さらに客もいないので食事を楽しむには最適な場所だ。
店側にとっては客がいないのは残念なことかもしれないが、店主のマルメロンおじさんには少し申し訳ない気持ちがあるけれど、俺が外に出るたびに毎回ここに来てたくさん注文しているから、店には結構貢献しているはずだ。
「エドワード!」
坊主頭にバンダナを巻き、筋肉がついた腕と脚を見せた上にエプロンをかけた、ふくよかで人懐っこい顔つきのおじさん、マルメロンおじさんが俺を呼ぶ。
「はい?」
「お前、いつも一人で来るのか?他のやつらを誘って連れてこいよ。」
「貴族のやつらを誘っても出てくると思いますか?」
「お前も貴族のやつじゃないか?」
「俺ももちろん貴族ではありますが、そんな堅苦しいやつらとはちょっと違うんですよ。」
目の前の肉をフォークで刺して一口かじった。
あっさりした肉汁が肉を噛むたびに爆発するように弾け、口の中を幸せに満たす。
「誘って出てきたら、逆に秘密通路がバレて俺まで出られなくなるかもしれないんですよ。」
「ああ、それは困るな。うちの店のVIPであるお前が来れなくなったら、店を畳むしかないからな!」
マルメロンが豪快に笑いながら再び料理を始める。
『それにしても…』
今回のダンジョンの件。
調べてみると、そのダンジョンにはポイズンビーは生息していないということだった。
ということは、魔石を持っていないゴブリンたちだけでなく、そのポイズンビーもすべてやつらの仕業ということになる。
このままだと本当に大事になるかもしれない。
『やっぱり言うべきだよな…』
俺の魔法が他のやつらと違うことも聞いてみるために、少なくともアレイラ先生には話しておくべきだろう。
チリン、チリン。
「いらっしゃいませ!」
マルメロンの大きな声が響き、二人の人物が店内に入ってくる。
茶色のローブで体を覆った二人。
彼らは俺から少し離れたテーブルに座る。
「ご注文は?」
「ビールを二つ。」
「おつまみはどうされますか?あ、かしこまりました!」
メニューを指差すと、店員が再びメニューを持ってマルメロンのもとへ駆け寄っていく。
『どういうわけか、ここに客が来るとは?』
この郊外のさらに外れにある場所なので、俺が来るたびに客がいなかったが、俺がここに来てから今日初めて客が入ってきた。
「よし、じゃあおいしく作ろう!」
威勢のいい掛け声とともに、マルメロンがフライパンを振る。
「おじさんなら味は保証されてますからね。」
「そう言ってくれるとありがたいな!」
俺の言葉にマルメロンが笑う。
『だけど…』
じっと見ていると、何か少し怪しい。
二人が向かい合って話している内容が、少しずつ俺の耳に入ってくるが、時折「魔法学校」という単語が聞こえてくる。
この辺りの魔法学校といえば、俺が通っているナーメリス魔法学校しかないはずだ。
どうやら彼らの話を少し集中して聞く必要がありそうだ。
「…ダンジョン…失敗…」
「今回…教会…」
『おじさんが料理する音のせいでよく聞こえないな。』
かなり強火で油を入れたフライパンを振る音が聞こえるので、彼らの声がかき消されてしまう。
客がもっと多かったなら、こっそり身をかがめて近づいて聞いてみるところだが、今いる客は俺とあの二人だけだ。
しばらく話していた二人は、席を立ち、外へ出ていく。
「ちょ…ちょっとお待ちください、もうすぐ料理が…!」
ビールを注いでいた店員がドアの方へ走っていくが、客は振り返ることなく姿を消した。
あんなに怪しい雰囲気をぷんぷんさせている人たちをこのまま放っておくわけにはいかない。
「おじさん、ごちそうさまでした。」
「おい、もう帰るのか?」
「はい、あの人たちの分も僕が払いますよ。」
「そんなことしなくていい…おい、エドワード!」
100シルバー硬貨をテーブルに置いて、俺は外していた仮面を顔にかぶり、店員を通り過ぎてすぐに外へ出た。
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