ダンジョンのボス
「ナガイア先生…!」
ナガイアも揺れを感じたのか、彼を見つめて頷き、二人は慌てて席から立ち上がり、ダンジョンの中へと駆け込んで叫ぶ。
「みんな外へ出ろ、早く!」
生徒たちが次々と外へ出て、アレイラが入り口に集まっている生徒たちに向かって叫ぶ。
「自分のクラスで来ていない人がいるか確認して、急いで!」
生徒たちはクラスごとに集まり、人数を点検する。 どうか何事もないようにと祈りながら爪を噛んで待っていると、彼のもとにニルが近づいて言う。
「どうしたんですか?」
「エドワードが見当たりません、先生!」
「エドワードが?」
一体エドワードは何をしていたのか、叫び声も聞こえず、生徒たちが出てくるのも気づかず、まだダンジョンに残っているとは。
『まさかさっきの揺れが…』
エドワードに何かが起きたのだろうか。
「シャーロット、シャーロットは出てきたか?!」
「シャーロット生徒会長も見当たりません!」
シャーロットと同じ生徒会のメンバーが叫ぶ。 エドワードはともかく、シャーロットまで出てこないというのは…
『嫌な予感がする…!』
さっきの大地を揺るがすような振動。 これは地震で起きた揺れではない。 確かにダンジョンの奥のどこかで何かが崩れる音だ。 そうであるなら、まだ出てきていない奴らに問題が発生した可能性が大きい。
『この馬鹿な奴が…!』
「アレイラ先生!」
アレイラがワンドを手に持ち、ダンジョンの中に急いで駆け込むと、ナガイアは心配そうに彼を見つめ、生徒たちに向かって叫ぶ。
「ダンジョン探索で怪我をした生徒がいれば、医療テントに来てください。」
&&&
人を背負ったのは一体何年ぶりだろう。 子供の頃にアルフレッドにおぶってもらったことは多々あったが、誰かを背負ったのは前世で負傷した仲間を背負って逃げて以来初めてだ。 女性を背負うのは初めてで、背中に柔らかいものが触れるのが少し気になるが、今はそんなことを気にしている暇はない。 ぐったりとしたシャーロットの体を背負いやすいように少しずつ調整しながら、狭い通路を歩き続けた。
「うわ、臭い。」
狭苦しい通路に満ちた汚物。 地面を踏むたびに粘りついて靴にくっつき、動くたびにべとべと音を立てる。 ゴブリンたち、せめて外にトイレを作ってほしいものだ。なぜダンジョンに用を足すのか。
『あそこが終わりかな?』
通路の先に広い空間が見えてくる。 私は足早に通路の終わりへと向かって歩いた。 そして通路の先に出た瞬間、私は顔をしかめた。
「うぅ…」
無数の死体がある。 小柄なものと人間ほどの大きさのものが混ざっているのを見ると、以前ここに来た冒険者たちがゴブリンと戦って死んだようだ。 私は死体を見回し、ある死体に近づいていった。 兜と鎧を身につけ、剣を握ったまま死んだ死体。 何かが鎧や兜を傷つけて、中の死体をむさぼり食った痕跡が見える。
『まあ、まともなのは剣ぐらいか…』
今、私の持っている武器は、念のために持ってきた赤い高価なワンドだけだ。
『これは節約しないとね。』
使わないと無駄になるとは言え、この1ゴールド近くもするワンドを何ができるかわからないまま乱用して、安物のワンドのように壊れてしまったらかなり悲しい。 だからこの魔法が何か分かるまでは、急な場合でない限り絶対に使用は禁物だ。
『少なくとも父にもう一本買ってもらうだけの小遣いをもらうまでは節約しなきゃ。』
私はシャーロットが落ちないように注意深く身をかがめ、剣を拾い上げて腰帯に結びつけた。
再び前に歩みを進めること数分。 中から不気味な泣き声が聞こえてくる。 人が悲しげに泣いているようでもあり、狼やコヨーテの遠吠えのようでもある声。 ゴブリンがあんな声を出すはずもなく、恐らくボスか、このダンジョンにいる他のモンスターの一つだろう。 後ろに人を背負っている上、正体も分からないので前に進むのがためらわれる。
「うぅ…」
背後でシャーロットのうめき声が聞こえる。 この女性が死ぬ前には出なければならないので、私は止まらずに前へと歩き続けた。
再び広い空間が出てくる。 その空間には、まるで枝のある木や骨のような形の岩があちこちに立っている。 自然にできたものとは思えないところに破壊された跡があるのを見ると、誰かが意図的にそのような形にしたのだろう。
キィッ。
ゴブリンの声が聞こえる。 私は慎重にシャーロットを地面に降ろし、両手で剣を握った。 いつも短剣を使っているので慣れていないが、剣もアーセルで父と稽古したことがあるので、ゴブリン程度なら楽に倒せるはず。
キッ。
前にいたゴブリンと目が合った。 ゴブリンが持っていた棍棒を持ち上げて私を警戒する。 だが、棍棒は決して剣には勝てない。
私は素早く駆け寄り、剣を振ると、ゴブリンは声も上げられずに首を落とした。
「よし、よし。」
今までシャーロットがゴブリンを倒すのを見ているだけだったので、こうして剣で倒すとすっきりした気持ちになる。 もちろん、学校で習ったファイアボールの魔法を使って倒せればなお良いが、それができないので少し歯がゆい。
『いつかはこんな変な魔法じゃなくて、ファイアボールが使えるようになるだろう。』
早く休みが来てアーセルに戻り、自由に変な魔法を乱射して、その魔法の正体を突き止めたい。
『そういえば休みはいつだっけ…』
キィッ。
また別のゴブリンの声が耳に響く。
「あ、そうだ。余計なことを考えてはいけない。」
今、私の背後には普通の生活を壊す時限爆弾がある。 余計なことを考えている暇はない。
すぐに声が聞こえた方へ駆け寄り、剣を振った。
ガンッ!
古びた剣の軽快な音が響く。
『あ、しまった。』
一撃で仕留められなかったゴブリンの危険な点。
キエエエエ!
それは、遠吠えで仲間を呼ぶということだ。
キィ? キッ!
あちこちからゴブリンの叫び声が聞こえる。 そして、ゴブリンの叫び声と共に。
アオオオオ!
正体不明のモンスターのうなり声がダンジョン内に響き渡る。
キィッ?!
私に向かってきたゴブリンたちが恐怖におののきながら四方を見回す。
『なんだ?』
ゴブリンで満ちたダンジョンでゴブリンが恐れる存在。 普通の奴ではない。
ゴワッ。
何かがゴブリンに襲いかかり、頭を噛み砕く。 断末魔の悲鳴さえ上げられなかったゴブリンの青い血が地面をびっしりと染め、私は剣を握ったまま目の前のモンスターを見据えた。
「おお、あれがボスか?」
ピンと立った耳、大人の男性の下半身より大きい体格に細長い胴体。 鋭い牙と黄金色に輝く目を持つ獣型のモンスター。
本で見たことが正しければ、あのモンスターはナイトウルフだ。
&&&
カン、カン!
一度振り回すたびに前足が飛んでくる。
ヤツが振り回す前足を剣で受け止めると、すぐに距離を取ったヤツが再び鋭い牙をむき出しにしてこちらに向かって襲いかかってきた。
ヤツの戦い方はかなり厄介だ。
上級モンスターのミノタウロスもそうだし、中級モンスターのオークもそうだが、今まで戦ってきた相手の多くは、速い動きではなく、圧倒的な力で押しつぶしてくるタイプのモンスターだった。
しかし、素早い動きで攻撃を仕掛けてくるモンスターは、今回が初めてだ。
他の相手なら、こちらが先に動くことで力の差をある程度カバーできていたが、ヤツは相当なスピードを持っているため、こちらの攻撃がなかなか当たらない。
しかも、今手にしているのは短剣ではなく、普通の剣であるため、空気抵抗を受け、短剣を持っていた時より速度が出ないのだ。
ドカン!
ヤツが前足を振り下ろした瞬間、私は後ろに飛び退いた。
ヤツが前足を踏み込んだ場所は爆発したかのように大きな音を立てて深くえぐれた。
「ふぅ…」
一度でも食らえば命が危険な状況だ。
キィッ。
ヒュッ!
遠くのゴブリンたちが石を拾ってこちらに投げてきた。
『まずはゴブリンどもを片付けるか?』
石が当たるほどの距離ではないが、やはり気になる。
もしも大事な瞬間に石が飛んできて頭や剣に当たれば、狙っていた方向とは異なる方向に剣が動き、問題が発生する可能性もある。
そう考えると、先に片付けるのが得策かもしれない。
「そうと決まれば、迅速に行動するだけだ。」
私は体をひねり、ゴブリンたちに向かって走り出した。
キィッ!
石を手にしていたゴブリンたちが、最後まで石を投げつけてきたが、こん棒を持ってこちらに向かって突進してくる。
素早く剣を動かし、奴らの頭や胸、腕や足を切り裂き、心臓を突き止めて息の根を止めた。
そしてすぐに振り返り、私に向かって吠えながら突進してくるナイトウルフを剣で追い払った。
肉が剥がれた骨のような岩の上に高く飛び乗るナイトウルフ。
私も同じように高く飛び上がり、岩に着地して距離を詰めた。
グルル…
ヤツがこちらを見つめ、牙をむき出しにする。
そして、再びこちらに飛びかかってきた。
カン!
前足と剣がぶつかり合い、私は後ろに飛び退き、別の岩に着地した。
ヤツは私が構える前に再び突進してくる。
もう一度ヤツの攻撃を防ぐために剣を掲げると、『カン!』という音とともに『ガキッ』という音が続けて聞こえた。
別の岩に戻って剣を見ると、剣が折れている。
「古い剣だから仕方ないか…」
剣を捨て、ポケットからワンドを取り出した。
下の方にいるシャルロットに視線を向けると、息を荒らげているのが目に入る。
できればあの奇妙な魔法は使いたくなかったが、武器もないし、時間もない今、速いヤツを倒せるのはこの魔法しかない。
「もっと遊びたいところだけど、今は遊んでる場合じゃないんだよ。」
私はワンドをヤツに向けた。
魔法を使う前に私を仕留めようと思ったのか、ヤツが再びこちらに突進してくる。
だが、今回は逃げるつもりはない。
ヤツが前足を振り上げ、私の岩に着地した瞬間、私はヤツの前足を掴み、ワンドをヤツの胸に当てた。
「ファイアボール。」
呪文を唱えると同時に、赤く震えるワンド。
魔法を使用する時に現れる魔法陣のようなものは描かれず、目の前には揺らめく陽炎だけが見える。
そして放たれた透明な球体が、ナイトウルフの体を引き裂き、壁まで飛ばし、その壁を崩壊させた。
ドゴゴゴゴ…
さっきの衝撃のせいか、頭上の天井が揺れ始め、大きな岩が落ちてくる。
「くそ!」
これはダンジョンが崩れ落ちる前兆だ。
キィエェ!
残っているゴブリンたちは右往左往して隠れ場所を探しているが、落ちてくる岩に押し潰され、そのまま肉の塊となってしまう。
すぐに岩から飛び降りてシャルロットに向かって駆け寄り、彼女を背負った。
幸いにも死んではいないようで、かすかに息をしている。
「ポータル…ポータルはどこだ、ポータル!?」
辺りを見回していると、落ちた岩の間に青い光が揺らめいているのが見えた。
あんな光はさっきの戦闘中にはなかった光だ。
ポータルを見たことはないが、あれがポータルに違いない。
そう思った私は全速力で駆け出した。
空から降ってくる岩を避けながら、ようやくポータルの前に辿り着いた。
もう少しじっくりと観察したいが、今この状況ではそんな余裕はないため、未練を残しつつ、ポータルに飛び込んだ。
「お、おお!」
身体に魂が吸い込まれるような感覚がした。
そして、気がついた時には、シャルロットを背負ったまま、生徒たちで賑わうダンジョンの入り口に立っていた。
“エドワード?!”
ナガイア先生が私に向かって走ってくる。
「どうしたんだ?」
「詳しいことは後で話すので、シャルロット先輩の治療をお願いします!」
今にも息が止まりそうなほど苦しそうに呼吸するシャルロットを見て、ナガイア先生はすぐに医療テントを指さして言った。
「こっちに来て寝かせて!」
&&&
「おい、こいつ!」
「ぎゃっ!」
アレイラ先生が私の頭を叩く。
「誰がそんな奥まで行けと言ったんだ?」 「私が行きたくて行ったわけじゃないですよ!」 「じゃあ、シャルロットが行こうと言ったのか?」 「言ったでしょう!ゴブリンが数百匹出てきて私たちを攻撃したんです!」 「ゴブリンが数百匹?ゴブリンが数百匹だと?!」
もう一度頭を叩かれそうになり、私は頭の上で両手を交差させて防ごうとすると、アレイラが叩こうとした手を下ろし、額を撫でながらため息をつく。
「はぁ…シャルロットが死ななかったのが幸いだな…もし死んでいたら、お前の家もそうだが、我が校自体が終わっていたかもしれないんだぞ、分かっているか?」
「分かってますって!だからできるだけ早く出てきたんじゃないですか。」
あいつがもう少し賢かったら、これは絶対にうまくいかなかっただろう。 まあ、知能が低かったのが幸運と言えば幸運か。
「で、どうやってポータルを使って出てきたんだ?」
「え?」
「ポータルを使ったってことは、ボスを倒したってことだが…お前が倒したのか?」
「あ、えっと…」
どう答えたらいいのか。 シャルロットが倒して倒れたと言うには、シャルロットを連れ出した時、シャルロットの状態があまりにも悪すぎた。 かといって、自分が倒したと言うと、魔法を使えないお前がどうやって倒したんだと言われたら、返す言葉がなくなってしまう。
平凡な人生を送るためのベストな答えは何だろう。
悩んだ末、ゆっくりと口を開いた。
「それが…中に入ると死体と一緒に剣が刺さっていたんです。」
「死体と剣?」
「はい、その剣で中に入ってゴブリンを何匹か倒したらポータルが開いたんですよ。」
「そうか?」
アレイラは疑わしげな目で私を見るが、やがて深いため息をつき、うなずく。
「まあ、そういうことにしておこう。」
そういうことにするって何だよ。証人もいないから信じるしかないんだろうけど。
「お前も疲れただろうから、ひとまず休んでいろ。」
「はい。」
アレイラが医療テントに向かって歩き始めたその時、背後から声が聞こえてきた。
「エドワード!」
「お、君たちも出てたんだな?」
「どうなったんだ?」
ニルが私の肩を掴み涙ぐみ、アリアは目を見開きながら今回の件について説明を求めてくる。 もちろん教えてやるつもりは毛頭ないが。
「何が?」
「中で何をしていたんだってことだよ!」
「別に何もしてないけど。」
「そんなわけあるか!」
「ぎゃっ!」
アリアが両手で私の頬をつねる。
「早く話せよ!気になってしょうがないんだから。」
「後で教えてやるよ、後で!」
「後でっていつだ?」
ようやくアリアがつねっていた手を放す。
「なあ、俺も死にかけたんだから、ちょっと休ませてくれよ。」
「休みながら話せばいいだろ。」
「アリア、やめて休ませてやろうよ。」
ニルの言葉にアリアが鼻を鳴らして顔を背ける。
「一時間後にまた聞くからな、そう思ってろ。」
「俺が君に報告する義務でもあるってのか?」
「伯爵が聞けば男爵ははいって答えるんだよ。」
「やれやれ、伯爵、伯爵って。お前一生伯爵でもやってろよ。」
「お前は一生男爵でいろよ!」
アリアは私にベロを出して、他の友人たちのところへと歩いていく。
「これ、飲んで。」
ニルが私に水の入ったカップを差し出す。
「やっぱり俺を気にかけてくれるのはニルだけだな〜!」
私はニルからカップを受け取り、ごくごくと飲んだ。 中を見ると、冷たい感じがして、氷が数個浮かんでいた。
「氷、どこから取ってきたんだ?」
「あ、それ?」
ニルが杖を取り出し、杖の先を持っていない方の手に向け、呪文を唱える。
「アイス。」
呪文を唱えると同時に、小さな氷の塊がいくつかニルの手の中に現れる。 ニルが使った呪文は、まだ学級で習っていない冷気魔法だ。
「どうやって使ったんだ?冷気魔法の授業は2学期からのはずだろ?」
ニルが恥ずかしそうに後ろ頭をかきながら答える。
「予習しておいたんだよ。」
「予習?」
ああ、さすが真面目だ。 そういえばこいつもなかなかの才能の持ち主だ。
「すごいな、ニル。」
「君もすぐできるようになるよ。」
「俺が?」
ファイアボールも使えず変な魔法ばかり使っている俺が冷気魔法を使えるだろうか。
「うーん、無理だろうな。」
多分無理だと思う。
「みんな、注目!」
アレイラの「注目!」という言葉に、全ての生徒たちが彼の方を向く。
「今日のダンジョン探索実習はこれで終了だ。みんな、学校への帰り道はわかっているな?全員、学校へ戻るんだ。生徒会のメンバーは他の生徒が道を外れないように誘導しろ。」 「はい!」
生徒たちは残念そうな表情を浮かべながら、一人、また一人と立ち上がり、学校へ向かって歩き出す。
「どうする?もう少し休んでから行くか?」
「いや、大丈夫だ。」
普段からの運動のおかげなのか、あるいはまだ緊張が解けていないのか、特に疲労感は感じない。 今戻っても、体に特に問題はないだろう。
「行こう。」
「うん。」
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