ゴブリンの物量攻勢

「立入禁止か……。」


狭い通路を進んでいると、鉄の扉が現れた。 扉にはロープがかかっており、隣にある看板には「立入禁止」の文字が書かれている。


『どうりで周りに誰もいないと思ったら……。』


少し奥に進みすぎたようだ。 下級の魔石とはいえ、ここまで来る間にかなりの数を集めてきたし、時間も相当経っているので、そろそろ集合の声がかかる頃だろう。


「そろそろ戻りましょう。」


久しぶりに口を開くと、シャーロットが頷く。


出口に戻るため振り返って歩き出すと、シャーロットが私の隣に寄り添って並んで歩き出す。 護衛のために近くにいるのは理にかなっているが、それでもこんなにピッタリと隣にくっつく必要はあるだろうか。


「ねえ……。」

「私のこと嫌い?」


今まで無言だったシャーロットが、唐突に聞いてきた。


『うーん……』


シャーロット自体を嫌っているわけではない。 正直なところ、私は有能な人を嫌いではない。 ただ、自分の状況があるから距離を置かなければならないだけだ。


それでも正直には答えられない。


「ここに入る前に先生と話してたこと。ちらっと聞いた。」


背中に少し冷や汗が流れる。 私と先生の会話を聞いていたにもかかわらず、改めて確認したいということか。 人を試しているのか、それとも単に何も考えずに言っているのか。


「じゃあ、すでに答えを聞いたも同然ですね。」

「でも、あなたの口から直接聞きたいの。」


聞きたがっている以上、答えてあげなければならないだろう。


「ええ、嫌いです。」

「どうして?」

「それは……」


平凡な生活を送るための努力だ……と答えたら、多分言い訳だと思われるだろう。 だが、そんなことをシャーロットに言う必要はない。


「ご存知の通り、私はただの男爵の子息にすぎません。私より上の位の人が隣にいるのは、私にとっては非常に気が引けることなんです。」


これも本音だ。 ここでの位は、日本で言うと軍の階級にも匹敵する。 明確な上下関係。 これを素直に受け入れる人は少ないだろう。


「……。」


シャーロットは理解したように、これ以上口を開かなかった。 貴族間の身分差。 それについて反感を抱いていると言えば、納得するだろう。


ギィッ。


前方からゴブリンの声が聞こえる。


「あそこにゴブリンがいますね。」


私がゴブリンを指さすと、シャーロットがゴブリンを見て剣を抜き取る。 彼女の剣はゴブリンの血で濡れた。


ゴブリンに向かって走り出すシャーロット。 やがてゴブリンがシャーロットに気付き、同時にシャーロットがゴブリンの首に剣を振り下ろす。


ギィッ。


『笑った……』


逃れられない死を悟ったのか、ゴブリンがにやりと笑う。 やつの頭が切り落とされ、壁にぶつかって地面に転がった。


ギエエエエッ!


まだ息があった頭が、最後の力を振り絞って叫び声を上げる。 その瞬間、両側の通路からゴブリンたちが現れる。 一匹、二匹ではない。 十匹、二十匹、いや、少なくとも四十匹は軽く超えていそうだ。 終わりなくゴブリンが湧いてくる。


動揺したシャーロットが私のほうに跳んで、構え直す。


「エドワード。」


シャーロットが剣を強く握る。


「私がどうにかして道を切り開くから、あなたはその道を使って先生を連れてきて。」


「ここでは魔法も使えなさそうだけど、可能ですか?」


今いる場所は、両側に人が二、三人かろうじて並べるくらいの幅で、頭上には1.5~2メートルくらいしかない、かなり狭い通路だ。 こんな場所で魔法を使うのは、自らもゴブリンと一緒に水没するようなものだ。


結局、彼女の持っている剣で押しのけるしかないが、いくら魔剣術の女帝であっても、魔法なしで剣一本で押し寄せるゴブリンに対抗するのは厳しいだろう。


「やらなきゃ。」


彼女は目を細めてゴブリンたちを睨みつける。 自分を嫌う人を助けるため、全力で道を切り開こうとする。


『まったく、立派なことを言って……。』


シャーロットがそう言うのなら、彼女の言葉に従うのが平凡な人間の行動というものだろう。


「わかりました。」


シャーロットは決意を固めた表情でゴブリンに向かって駆け出す。


ギギギギッ!


狭い通路で、ゴブリンたちがシャーロットに一斉に襲いかかる。 四方八方から襲いかかってくるゴブリンたちを、無我夢中で斬り倒していくシャーロット。


『でも……』


これほどの数のゴブリンがいたなら、ここまで来る途中で気づいていたはずなのに、発見はおろか、物音すら聞こえなかった。


キャッ!


シャルロットに高く飛びかかって心臓を貫かれたゴブリンが、地面に倒れ込みながらこちらに転がってきた。 私はゆっくりとゴブリンに歩み寄り、切り口に手を入れて探った。


「ん?」


ない。 野生のモンスターなら当然あるはずの魔石がない。 つまり、こいつらは誰かが召喚したものということ。


『またあいつらか……』


こんなことをする連中は決まっている。 あの赤いローブの奴ら。 どうして行く先々でこうなるのか。


私は手についたゴブリンの血を地面にパタパタと払い落とした。


「はあっ!」


気合を入れてゴブリンを斬り続けるシャルロット。


ピッ。


何かが発射される音と共に、円錐形の何かがシャルロットの肩に突き刺さる。


「くっ……」


シャルロットが刺さったものを引き抜き、顔をしかめながらそれを床に投げ捨てた。


ウィーン。


押し寄せるゴブリンの上から姿を現した奴。


『あれは……』


ダンジョンで見かけるポイズンビー。 恐らくあれも召喚されたものだろう。


「はあ……はあ……」


さらに数体のゴブリンを斬り伏せたシャルロットが荒い息をつく。 それは疲れたからではない。 ポイズンビーの強力な毒が彼女の体内を巡り、蝕んでいるからだろう。


シャルロットはゴブリンを斬り続けていたが、ついに耐えかねたのか、後方にジャンプして腰からワンドを取り出し、天井に向かって呪文を唱える。


「ライトニングショット!」


黄色い魔法陣が空中に浮かび上がり、同時に天井に向かって雷が放たれる。


ドガーン!


天井が崩れ、一部のゴブリンが岩に押しつぶされ、通路が塞がれる。


「はあ……はあ……」


シャルロットに近づき顔を見ると、その短い間に毒がかなり回ったのか、顔が青ざめ、唇は紫色になっている。


『危険だな……』


ここでシャルロットが毒で死んでしまえば、すべての非難の矛先は自分に向かうだろう。 さらにシャルロットの家は公爵家。 公爵家はその気になれば男爵家ごとき、法律を無視して簡単に抹殺できる。


『そうはさせない』


すでに顔色まで変わっているということは、毒が体内にかなり広がっているということだ。 口で傷口から毒を吸い出す時間はもうない。


『ならば……方法は一つしかないな』


本で読んだことがある。 ダンジョンから出る方法は三つ。 一つ目は入った入口を通ってそのまま出る方法。 二つ目は帰還石を使ってダンジョンの入口に戻る方法。 三つ目はダンジョンのボスを倒し、出現する帰還ポータルを利用して入口に脱出する方法だ。


すでに道が塞がれている以上、一つ目は不可能。 帰還石がないので二つ目も不可能。 残るは三つ目の方法。


『このダンジョンのボスを討つ』


私は後ろを振り返り通路を見た。 立ち入り禁止の標識が立っている通路が見える。 学生の安全のために立てられた立ち入り禁止標識。 それが意味するのは、標識の先にはダンジョンの奥深くに続く道があるということだろう。 そして、その奥にはボスがいるに違いない。


「くっ……」


シャルロットがふらつきながら剣を杖代わりにして立ち上がる。


「私が……何とか守ってみせるから…ついて……」


しかし、すぐに前に崩れ落ちる。


『まったく愚かな人だな』


自分を嫌っている人間を守ろうと、苦しい体を引きずってまで進もうとするとは。 そんな状況を無視して、この人を助けようと決意した。 前世でも現世でも、こういった人たちのおかげで他の人たちが平穏な生活を送ることができるのだから。


『こういう人たちで満たされていれば、私のような不幸な子供は生まれなかっただろう……』


だが、惜しいことは惜しいこととして、すでに二度目の人生を得たのだ。 今生ではそんな辛い出来事なく、平穏で幸せな人生を送ろう。 そう心を新たにし、私はシャルロットを背負い、立ち入り禁止の標識の向こうへと慎重に足を踏み出した。


&&&


「はあ……」


すべての学生をダンジョン内に送り込んだアレイラは、大きくため息をつき、ダンジョンの入口そばにあった医療用テントへ歩いて行った。


「仕事は終わりましたか?」

「ええ、まあ。学生が多いから入れるだけでも一苦労ですね」

「仕方ないですね。冒険者ギルドに頼んで借りられるダンジョンはここしかなかったのですから。それでも一か所でも借りられたのは幸運ですよ」

「そうですね」


本来ならダンジョンを二か所借りる予定だった。 しかし、ラヴリンス周辺にはダンジョンが少ない上、そのわずかなダンジョンの中でも、下級モンスターが出るダンジョンはたった二つしかない。 一つは初級冒険者のために残しておかなければならなかったので、結局一つしか借りられなかったのだ。


「どうぞ」


ナガイアが茶を注いでアレイラに差し出した。


「ありがとうございます」


アレイラは微笑みながら隣の椅子に座り、テントの天井を見上げた。


「今年の新入生、どう思いますか?」

「今年の新入生ですか?」

「ええ、最近の事件のせいで不安を感じているかと思いますが、生徒たちを教えるのは難しくありませんか?」


アレイラは茶碗の水面を見つめた。


「生徒を教えるのはみんな同じです……もちろん、最近の事件のせいで不安がる保護者から学校への苦情も多少はありますが、それはどうしようもないことです。説得して通い続けさせるしかありません」 「それはそうですね」


ナガイアが茶を一口飲み、カップを置く。


「赤いローブを着ていると言っていましたね?あの人たち」

「ええ」

「いったいどんな団体なんでしょうか……魔法学校を……それも首都近くの貴族の魔法学校を狙う団体とは……」

「学校を狙っているとは言い難いですね」

「はい、それはどういう意味ですか?」


アレイラがうなずいた。


「以前も、ファイアボールの実習中に現れましたし、少し前にも舞踏会の祭りの日に寄宿舎と大講堂を襲撃しましたよね?」

「そうですね」

「どちらの場所にも多くの生徒が一か所に集まっていました。それが意味するのは……」

「奴らが生徒を狙っているということですね……」


生徒たちを狙う理由。 それは金のためではないだろう。 金のためならば誘拐すればよいのであり、命を懸けてまで公然と攻撃する必要はないはずだ。


『いったい何のためなのか……』


ゴゴゴゴ……。


「……!!!」


アレイラがじっと茶を見つめ、思案にふけっていると、静かだった茶碗の水面にかすかな波紋が広がった。

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