学生たちのダンジョン体験

「魔法学校は安全です。」


校長である彼が手紙で抗議する親たちに送れる返事は、それだけだった。 言い訳をすれば貴族たちが学校に押しかけるだけで、かといって事実をそのまま書けば生徒たちが転校してしまうだろう。 学校がこんなに危険だと分かれば、誰が子供をこの学校に送りたいと思うだろうか。 そうなれば、学校の未来はただの廃校しかなかった。


長い間、学校を運営してきた。 数々の困難や試練があったが、校長である自分の能力でなんとか乗り越えてきた。 しかし、今回の件は自分の能力ではどうにもならないことだった。 奴らが狙っているのは生徒たちのはず。 とはいえ、学校で傭兵を雇って生徒たちの後をつけさせるわけにはいかない。 そもそも生徒たちもそれを望んでいないし、維持費もかなりかかるだろうから。


トントン。


「いらっしゃいますか。」


夜遅くに校長室のドアをノックする男性。


「どうぞお入りください。」


校長が許可を出すと、アレイラがドアを開けて中に入り挨拶をする。


「調べましたか?」

「冒険者ギルドで調べたり、あちこちに情報を集めたりしてみましたが……黒いローブの男性について知っている人は一人もいませんでした……。」

「はあ……。」


自然にため息が漏れた。 最初に現れた時はナルメリアの森でミノタウロスを召喚。 二度目は舞踏会祭の最中に講堂と寮でモンスターを召喚し、生徒たちを狙った。 この二つの事件の共通点は、どちらにも黒いローブの男性が現れたことだ。 ならば学校を襲う者たちの正体も黒いローブの男が知っている可能性が高かった。


「学校の資金を全て使い果たしてでも支援するので、必ず見つけ出してください、アレイラ先生。」 「はい、わかりました。」


少しの静寂の後、アレイラが慎重に口を開いた。


「あの、校長先生。」

「はい、おっしゃってください。」

「学校の授業に関して一つ提案があります。」

「どんな提案ですか?」


アレイラは少し考えた末、決心した表情で彼に言った。


「生徒たちにダンジョンを……経験させてはどうでしょうか。」


&&&


「ふああ……。」

「昨日もちゃんと寝なかったのか?」

「最近全然眠れないんだ。」


以前捕まえておいた奴。 舞踏会の後に戻ってみると、どうやって縄を切ったのか逃げてしまっていた。 学校周辺を隅々まで探し、ラブリンス(迷宮)まで探したが、姿が見えなかった。 だから不満が溜まり、毎晩眠れないままラブリンスの中心街で遊んでいると、体が少しずつ重くなってきた。


「試験のせいか……最近は勉強しようとする生徒が増えたな。」


数日前までは生徒たちが笑いながら騒いでいた教室だったが、今では一生懸命勉強している生徒たちの姿が見える。


「そうだろうね。」


いくら貴族たちとはいえ、学校に入った以上、学生の本分は果たさなければならない。 生徒たちが試験期間に勉強するのは当たり前のことだ。 特に貴族たちばかりが集まるこの場所では成績は何よりも重要だと言える。 将来の家同士の関係のためにも、だ。 だが、それを知りつつもやらないのがこの俺、エドワード。 男爵がこの場所で勉強で目立ってしまえば、仲良くなろうとするどころか逆に警戒されるだけだ。


「何事だ?」


教室に戻ろうとした途中、掲示板に誰かが大きなポスターを貼って下がると、生徒たちが集まって騒がしくなった。 かなり影響力のある知らせなのか、生徒たちが相当ざわめいている。


ニールと一緒に掲示板の前まで歩き、ポスターを確認してみた。 ポスターに書かれていたのは他でもない。


「ダンジョン探検……実習?」

「これまたなんて馬鹿げたことだ。」


ダンジョン。 無数のモンスターが次々と出現する未知の空間。 本で読んだ話によれば、ダンジョン内にいるモンスターは基本的に野原や森などのフィールドモンスターよりもずっと強く、冒険者たちでさえ確信が持てなければ行かない場所だった。 そんな場所に学生である俺たちに行けというのか。


「学校にダンジョンのモンスターが出現するのも足りないってのに、今度は生徒たちを死地に追いやろうとしてるのか。」

「お前には死地かもしれないな。」


俺が不満を口にすると、人混みの中から不快な声が聞こえてくる。 人混みをかき分けて俺たちに近づいてくる奴。


「トレーナー。」

「トライドって何度言えば分かるんだ?!」

「トレーナーでもトライドでも。」


興味はない。


奴は鼻で笑うように俺を見下す。


「お前みたいな魔法も使えない奴がダンジョンに行ったら仲間を危険にさらすだけだろう。」


そう言い終えると、見下すように俺に向かって続けた。


「お前はただ諦めて寮に引きこもってろ。それが他の奴らにも役に立つだろうからな。」

「はっ、お前は俺についてよく知らないようだな、これでも……あ、ただ寮にいる方がいいかもな?」


反論しようと口を開いたが、考えてみると寮にいた方が良さそうだ。 もしダンジョンに行くことになれば、朝早く出発することになるだろうし、授業がない学校はまさに天国。 寮でゴロゴロして、暇になったら秘密の通路を使ってラブリンスに行き、鍛冶屋の主人のマークさんと雑談したり、ダンジョンに行っていた生徒たちが帰ってくる前に戻ればいいだけだ。


『完全に休暇じゃん。』


「こいつ、どうしちゃったんだ……。」


妄想しながらニヤニヤしている私の顔を見て、トライドがニルに尋ねると、ニルは気まずそうに笑った。


「どうせ先生が行けと言ったら、お前は行かないって言えよ。他の連中を危険に巻き込まないようにな。」


トライドはそう言い残して、ケラケラ笑いながら教室に戻っていった。


「エドワード、トライドの言うことはあんまり気にするなよ。」

「あんな生意気なやつの言うことなんか気にしないさ。」


あんなやつのことをいちいち気にしていたら、この学校にはストレスで通えなかっただろう。


「ダンジョンか……。」


行ってみたい気持ちは少しある。


「どうしようかな……。」


アレイラ先生も私が魔法を使えないことを知っているから、行かないと言えば行かなくても済むだろうけど、行きたい気持ちが少し残っているから迷う。


「卒業してから行くか?」


卒業して気楽に一人で行くのも一つの方法。 そうだ、卒業してから行こう。


「どこ行くんだ、エドワード?!」

「先に教室に戻っててくれ。」


私は後ろを振り返りながらニルに声をかけ、教員室へ向かった。


教員室に入ると、色んな教科の先生たちが忙しく授業の準備をしている。 その中に一人、私はアレイラ先生に向かって歩み寄った。


「先生。」

「おや~、どうしたエドワード。珍しくこの先生を訪ねてくるなんて。」


最近の事件のせいか、先生の顔はかなり疲れているように見えた。


「学校の掲示板に貼られているお知らせを見て来たんですけど。」

「学校の掲示板のお知らせ?」

「はい、そのダンジョン探検実習のやつです。」

「ああ~、あれね?」


私の話を聞いて、アレイラが興味深そうにこちらを見た。


「それがどうした?」

「どうも私は参加しないほうがいいかと思いまして。」

「参加しないって?」

「はい、先生もご存じの通り、私は魔法が使えないじゃないですか。」

「そうね?」


なんだか反応が妙に冷たい。


「だから、他の連中と一緒にダンジョンに入ったら迷惑になるかと……。」

「それは心配しなくていいわ。」


アレイラが意味深に笑う。


「魔法が使えないお前すらカバーできる人と一緒に組ませてあげるから。」

「私をカバーしてくれる人と組ませてくれるんですか?そんなこと……。」

「いえいえ、ナーメルリス魔法学校の生徒には、身分差別なく同じ経験をさせてあげるのが先生の務めじゃない。」


そう言って手を振って言った。


「そんなことは全然心配しないで、ただついて来る準備をしておきなさい。分かった?」 「あ、はい……。」


さっき断ったときの表情を見ると、これは私にわざと苦労させようとしているに違いない。 ただ楽に休ませてくれればいいものを。


「ああ、先生じゃなかったら。」


そのまま担ぎ上げて、スープレックスで頭を地面に叩きつけていただろうに。


「それにしても、誰と組ませてくれるんだ?」


同級生で私をカバーできる人物といえば、ガブリエルかな? それともセリーマ家の次女か? 他には特に思いつく人はいない。


「あの先生が選ぶ人と言えば……。」


私に苦痛を与えるために、あのトライドというやつと組ませる可能性もないわけではないが、ダンジョンなら命がかかっていることだから、敵対していることが知れ渡っているやつとは組ませないだろう。


「誰だろう……。」


すごく気になる。 私のカバーができる人物が誰なのか。


&&&


お知らせが掲示されてから一週間後、ダンジョン探検実習の日。 早朝から多くの人が運動場に集まっている。


「先輩たちも一緒に行くのか?」

「だね。誰が対象なのか分からなかったけど……。」


同級生だけで行く実習だと思っていたが、どうやら全校生徒が一緒に行くようだった。


「お前も行くのかよ?」


聞きたくない甲高い声が聞こえる。 ニルの横に寄ってくるアリア。 やつが私を見つめて尋ねる。


「また喧嘩か?」

「喧嘩って?ただ聞いただけよ。」

「ただ聞いただけって、言い方に棘がすごい刺さってるけどな。」


その言葉にアリアがクスッと笑う。


「気づいたんだ。男爵のくせに感がいいじゃん。」


やつが私の神経を逆なでしてくる。 どうせこう言っても、やつはこの一言で黙る。


「おねしょ。」


その瞬間、やつの表情が硬くなる。


「分かってるよな?」

「言ってみなさいよ。」


私を殺すように睨みつける。 なんて素敵な視線なんだ。 もっと見せてほしいくらいだ。


「そういえばエドワード、パートナーは決まったのか?」

「パートナー?」

「うん。ダンジョンに一緒に入る人だよ。」

「お前は?」


私の質問に、横にいたアリアが答える。


「ニルと一緒に入るパートナーは私だよ。」

「何だと?」


私は眉をひそめながら言うと、アリアが慌てて後ずさりする。


「何よ?私がどうだっての?」

「いや、不安なだけだよ。前のナーメルリスの森でみたいに……。」

「もうやめて!やめなさい!」


アリアが私の口をふさごうと飛びかかってくる。 力が強くて、私はなんとかやつの手を振り払った。


「エドワードは誰と組むの?」


それを気まずそうに見ていたニルが私に尋ねる。


「さあ、誰だろうな?」

「先生が教えてくれなかったの?」

「それが……先生が気にせず来いと言っていたんだよ。」

「ふむ……先生が一緒に入るつもりなのかな?」


考えられるのはそれしかない。 アレイラ先生が私を連れて入る以外には。 そう考えていると、アリアが否定する。


「それはないわよ。こういうところに来たら、先生たちは気にすることが山ほどあるから。」


「じゃあ誰だろう?」

「たぶん先輩たちの中にいるんじゃない?先輩の方が私たちより強いだろうし。」

「そうか?」


先輩たちも一緒に来ているのを見ると確かに一理ある。


「おや、珍しくおねしょが頭を使ったな?」

「やめろって言っただろ!」

「分かった、分かったよ!」

「みんな、喧嘩はやめて!」


「おい、エドワード。」


アリアが私に飛びかかってきて引っ掻き回しているとき、後ろで誰かが呼んだ。 喧嘩をやめて後ろを振り向くと、そこにはアレイラ先生が立っていた。


「はい、先生。」

「お前と一緒に入る人を紹介してやるから、ついて来い。」


その言葉を終えると、先生はすぐに振り返って歩き出した。


「あとで誰とパートナーになったのか教えてくれよ。」

「私も気になるわね。」


ニルが私に手を振り、アリアは鼻で笑って視線をそらす。


「そうだな、少ししたらダンジョン探検実習が終わったら会おう。」


私は二人を後にして、先生の後を追った。


「誰なんですか?」

「お前と一緒に行く人?」

「はい。」

「行ってみれば分かる。」


行けば分かるだろう。 ただ今教えてくれればいいのに。


「ああ、あそこにいるわ。」


アレイラ先生が一人を見つめて呼び寄せるジェスチャーをする。 私は誰かと思いながら、先生が手招きしている方向を見た。


「……ふざけるな、マジで。」


私たちに近づいてくる一人。 その人物の姿がだんだん目の前に近づくたびに、私の顔には驚愕が広がる。


「本気でふざけるな!」


「はい、先生。」


先生の合図を受けて近づいてきた人。 海のように青い髪に透明で澄んだサファイアのような瞳を持つ少女。 その人物は、私が関わらないと決めていた、ナーメルリス魔法学校の生徒会の委員長であり、アフロニア公爵家の令嬢である「アルメラ・シャルロット・デ・ヴァイントゥス・アフロニア」だった。

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