魔剣術の女帝

講堂の中は怯えた学生たちと共に、数多くのモンスターの死体で溢れていた。

そして戦っている一人の少女。

美しい青い長い髪をなびかせた少女が、人間より何倍も大きいモンスター、オーガと戦っている。

服装を見る限り、彼女は私たちの学校の生徒のようだ。


「誰だ?」


オーガと戦えるほど強いのなら、たぶん学校内でもかなり有名な人物だろう。


「入る必要はなさそうだな……」


あの少女が戦っている様子を見れば、特に介入する必要はないように思える。

一見かなり苦戦しているように見えるが、戦っている少女の顔にはかすかな笑みが浮かんでいる。

つまり、彼女は今オーガを相手に遊んでいるということだ。

普通の学生や人間にとってそれが可能なのかとは思うが、どうせ調べていくうちにあの少女が何者かを知ることになるだろうし、その時にゆっくり理解できるはずだ。


「さて、私は寮に戻って残った奴から情報をもう少し引き出してみよう……」


この場にいる人々はあの少女に任せることにして、私は体を向け直し寮の方向へ歩き始めた。

その瞬間、ドンという音がしてオーガの体が講堂の壁を突き破って飛び出してきた。


「おい、びっくりした!」


驚いた。

さっきまで中央で戦っていたのに、なぜ急にこっちに飛び出してきたんだ?

そう考えていると、私に向けられた熱い視線がオーガの上の方から感じられる。


「まだ一人残っていたのね。」


小さいようで耳に刺さる少女の声が聞こえる。


『残っていたというのはどういう意味だ?』


私を見ているのを見ると、私を指しているようだが、残っていたという言葉は一体どういう意味なのか。


「オーガと戦っている間に皆逃げたと思ったけど、道がすれ違ったのかしら?」


道がすれ違った……私が誰と道がすれ違ったというのだ?


『まさか……』


今私は黒いローブを着て仮面をつけている。

そして今回講堂を襲撃した連中もいる。

彼らも私とは違う色だがローブを着ている。

共通点はどちらもローブで正体を隠しているということだ。


『今目の前にいるこの少女は、私が彼らと仲間だと思っているのか?』


これは少し困った状況だ。

いや、見た目からして黒と赤。色が違うのに、どうしてこれを同じチームだと……


「ローブの色も仮面もそうだし……あなたがあの者たちを連れてきた隊長ね。」


ああ、色が違うローブに仮面まで着けているから高位の人物だと……まあ、そう誤解したんだろう。


今すぐでも服と仮面を脱いで正体を明かしたいが……何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。

もし正体を明かしてスパイだと誤解されでもしたら、私だけでなく我が家全体が被害を被る。

今は何としても正体を明かすわけにはいかない。


少女がオーガの体から飛び降り、私に向かってレイピアを突きつける。

講堂から漏れてくる光を受けて輝く銀色のレイピア。

彼女は毛皮のついた円筒形の剣の柄をしっかり握り、私を睨んでいる。


「機会をあげましょう。ここで武器を置いて降伏するなら、殺しはしません。」


『するかよ!』


降伏なんてごめんだ。

たとえ死ぬことになっても正体だけは絶対に明かしてはならない。

いや、死ねば正体がバレるから、死ぬわけにもいかないのか?


「降伏するつもりはなさそうですね。」


私が短剣を取り出して手に握ったのを見て、少女が残念そうに呟く。

そして。


ガキン!


一瞬で駆け寄ってきた少女が、私に向かってレイピアを振るう。


『やはり速い……』


オーガを倒しているのを見た時から思っていたが、この少女は普通の少女ではない。


『どこでそんなものを習ってきたのかはわからないが……』


私は少女の剣を打ち払って距離を取った。


『まだ姿勢が決まってないな。』


前世の私は、人生のほとんどの時間を暗殺のための訓練に費やしたほど、多くの時間を費やしてきた。

そのため、一緒に訓練した仲間と数百、数千、数万回も戦ったことがあった。

そのため姿勢を見るだけで、この人がどの程度訓練を積んだ人か大体わかる。

剣の流れについては、訓練中に行った対戦で相手も私も主に短剣を使っていたため正確にはわからないが、私が感じる限り、この少女の剣の流れは完璧に訓練され体に染みついているように感じる。

隙が全くないように見える。


しかし、戦う時の姿勢については判断できる。

この少女の姿勢はまだ未熟だ。

筋肉の緊張状態や相手を攻撃する時の動き。

前世で初めて訓練した仲間の姿と同じだ。

彼も思ったよりも不器用な動きのため、涙と鼻水を流しながら教官に怒られたが、その姿がそのままこの少女の動きに現れている。


ガキン、ガキン。


姿勢がしっかりしていないから、力が乗らず、力が乗らないのでまともな速度も出ない。

速度が出ないということは、相手に命を狙われる隙を与えるという意味だ。


彼女がレイピアを振る度に私の短剣で弾かれ、彼女は後ろに飛んで距離を取る。

かなり激しく動いたようで、少女が荒い息をついている。


信じられないように見える。

それも当然だろう。

オーガまで倒したのなら、講堂内のモンスターたちも彼女が処理したはずだが、今目の前の男にすべての攻撃を防がれているのだから。

私でも相手にすべての攻撃を防がれたら信じられなかっただろう。


「それなら……」


今まで片手で持っていたレイピアを両手で握りしめる。

剣が振動しているのが見え、やがて青い光が剣を包み始める。


『魔法か?』


いや、呪文を唱えたわけではないから魔法ではないだろう。ただマナを武器に纏わせただけに違いない。


「はあっ!」


完全に纏ったその瞬間、彼女は気合と共に再び俺に向かって突進してきた。俺は短剣を構え、少女の攻撃を受け止めた。しかしその瞬間、俺の剣の刃が裂け、剣が体内に食い込んできた。


ジリッ。


身を軽くひねり、なんとか剣を避けた。黒いローブが少し裂け、俺は距離をとる。


「危うく死ぬところだったな。」


マナを纏っただけで、ここまで強度が増すとは思ってもみなかった。


「俺もあんな風に使ってみたいもんだな。」


マナがない俺にとっては夢のまた夢だが、少し憂鬱になる。


少女が再び構えを取り、突進する準備を整えた。今、俺の短剣は壊れてしまっている。だからと言って、同じ学校の生徒を魔法で攻撃するわけにもいかないし、攻撃してはいけない。万が一、敵とみなされてしまったら厄介なことになるから。


だとしたら、方法はひとつ。


「逃げるか!」


俺は背を向けて一目散に逃げ出した。逃げながら後ろを振り返ると、彼女はまだ追いかけてきている。しかし、スピードでは俺の方が一枚上手。少女が来る前にナーメリアの森へ飛び込み、木の上に登って気配を消すと、緊張した表情で俺を追い越し、森の奥へと進んでいった。


「ふう……バレていないな。」


飛び降りて音を立てたらまた戻ってくるかもしれないから、慎重に木を降り、森を抜けてそのまま寮に向かった。


寮もまたひと騒動あったのか、建物の一部が壊れ、周囲には先生たちが大勢いる。


「先生たちがどこに行ったかと思ったら、ここに集まってたのか。」


もっとひどく崩れた大講堂には誰も行かず、どうしてみんなここにいるのだろうか。とりあえず、近くの草むらに隠しておいたローブと仮面を外して表に出た。


「なんだ、エドワード。」


ちょうど後ろから話しかけてきたのは、アレイラ先生だ。彼は俺の体を確認する。


「怪我はないか?」

「ええ、まぁ……」

「それなら良かった。」


アレイラ先生は俺の言葉を聞いて安堵の息を吐く。今までからかってばかりいたのに、心配している様子が少し不自然だ。


「何かあったんですか?」

「いや、大したことじゃない。ただ、どうやら学校内に犯罪者が入り込んだらしいんだ。」

「犯罪者ですか?」

「そうだ。寮の方に逃げ込んだって話を聞いて、他の先生たちと一緒に探していたんだ。」


犯罪者というのは、さっき森から寮の方へ逃げたあの奴のことだろうか。


「捕まりましたか?」

「いや、逃げられたみたいだ。」

「それにしても……。」


俺は寮の方を見た。寮の建物の片隅が壊れている。


「あそこはどうして壊れているんですか?」

「その犯罪者と他の先生が戦ったんだろうな。」

「そうですか。」

「最近、こんな妙なことが続いているなんて……」


アレイラが小さく呟き、すぐに俺に向かって言う。


「でも、どうしてお前は大講堂に行かずにここにいるんだ?」

「大講堂にもその犯罪者の奴らが突撃してきたみたいです。」

「ちょっと待て、何?大講堂にも……奴らが来たって?」

「ええ。今、壁も崩れて大混乱ですよ。」

「ちくしょう!なんで今教えるんだ!?」

「だって、さっき先生に会ったばかりで……。」


アレイラは俺の話が終わる前に、大講堂に向かって走り去っていった。


「じゃあ……先生もいなくなったし……。」


周囲を見回し、誰もいないことを確認した俺は、隠しておいた黒いローブと虎の仮面を手に取った。そして、上にある窓を慎重に開けた。幸い、窓は鍵がかかっていなかった。慎重に窓から中に入り、静かに閉めて自分の部屋に向かった。


学校は昨日の出来事でかなりざわついている。教室で伏せている俺の耳には、赤いローブを着た連中やモンスターの話が飛び交っている。そしてその中で、モンスターを退治した人物の名前も聞こえてくる。


「あれが生徒会長だったのか。」


シャルロット生徒会長。子爵家なのか伯爵家なのかは知らないが、かなりの強さを持っていることを考えると、将来が約束された人物に違いない。


「伯爵か?それとも子爵か?まさか公爵じゃないよな……」


男爵ではないだろう。もし男爵だったら、ここにいる連中が称賛する代わりに「男爵のくせに偉そうに」と罵ったりしているはずだ。


「エドワード!」


ニールが俺の隣にやってくる。


「なんだ?」

「昨日、舞踏会の祭りに来なかったんだな!よかった……。」


ニールが安心したようにため息をつく。


「今、俺が相手がいないってからかってるのか?」

「いや、そうじゃなくて、昨日大講堂で……。」

「知ってるよ、バカ。」


知らないわけがない。俺もその場にいたんだからな。


「そうか?」

「ここにいる奴らで知らない奴はいないだろう。」


俺の言葉に、ニールはばつが悪そうに後頭部をかく。


「お前は無事だったんだな?」

「ああ、昨日モンスターが現れたとき、シャルロット先輩が守ってくれたんだ。」

「え?お前もシャルロットって人を知ってるのか?」

「それは当然だろう。」

「お前も知ってるとは……。」

「学校に入学して数ヶ月も経ったんだぞ、生徒会長を知らないわけにはいかないだろう。」


ああ、俺が変わってるのか。


「それで。」

「ん?」

「そのシャルロットって人、俺にも教えてくれないか?」


目を細めて尋ねると、ニールは苦笑する。


「知らなかったのか……。」

「はい。」


元々、生徒会長に興味もなかったし、調べようとも思わなかった。


ニールによると、シャルロットのフルネームはアルメラ・シャルロット・デ・ヴァイントゥス・アプロニア。代々、黄金の暁研究会の会長を務めるアプロニア公爵家の令嬢だという。そして、別名としては


<魔剣術の女帝>


『距離を置いた方がいいだろうな……』


俺の最終的な目標は平凡な生活だ。異名だけでも平凡さとは無縁の彼女と関われば、俺が望む平凡な人生を送ることはできないだろう。男爵である俺とシャルロットが関わることはないだろうが、それでもできるだけ避けておいた方がいい。

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