大講堂に侵入した召喚術師

「みんな外に出ろ!」


ガブリエルの叫び声と同時に、学生たちは悲鳴を上げながら外に向かって駆け出した。 しかし、固く閉ざされた講堂の入口にはチョークで描かれた魔法陣があり、学生が扉に触れると、魔法陣が光りを放ち、学生たちを弾き飛ばした。


「閉じ込められた……」


何が起きているのか、彼の頭の中には理解できない。 いったい誰がこの学校に侵入してきたというのか。 それも、数多くの貴族たちが通う学校に。


「なんであれ、まずは片付けなきゃ!」


今はそんなことをゆっくり考えている場合ではなかった。 現れたのはただの雑魚だけでなく、オークやコボルトといった中級モンスター、ダンジョンでしか見られない浮遊する丸い眼球、ビホルダー、さらには以前現れた上級モンスターのミノタウロスや小型ゴーレムまで。 どれも学生たちが簡単に倒せるようなモンスターではなかった。


「武器を持っている者はみんな武器を構えろ!」


プライルが大きな声で叫ぶと、学生たちはワンドを取り出した。 すると、エイナが叫ぶ。


「魔法はダメよ! こんな室内で魔法を使ったら天井が崩れちゃうわ!」


今、学生たちは外へ出ることができない。 魔法を使って建物が崩れるようなことがあれば、ここは多くの学生の墓場となるだろう。


結局、ワンドを取り出した生徒会のメンバーたちは歯を食いしばりながらモンスターを睨みつけた。


「くそっ……」


剣を腰に差していたガブリエルは、目の前に迫ってくるオークを斬り倒した。 学校に来る前に身につけた剣術のおかげで、オーク程度なら難なく倒せた。 しかし、絶え間なく現れるモンスターたちを倒し続けるには、彼の体力はまだ足りなかった。


「はあっ!」


気合を込めて放った一撃で、ビホルダーは二つに切り裂かれ、地面に落ちる。


扉が魔法で封じられ、モンスターが2階から次々と落ちてくる。 つまり、誰かが意図的に召喚しているということだ。


そう考えた瞬間、ガブリエルの頭の中にひとつの記憶が蘇った。


「赤いローブを着た人を見たことある?」


エドワードから聞いた質問。 赤いローブを着た人物の話。 あの人が犯人ではないだろうか。 ガブリエルはすぐに周りを見回した。 そして、講堂の2階で彼らを発見した。 赤いローブをまとった3人の人物。 全員が2階に散らばって床に手をつき、時間が経つにつれて2階からモンスターが飛び降りたり飛び降りて1階の学生たちのもとへ降りてきている。


「あいつらだ! みんな、あの赤いローブの奴らを攻撃しろ!」


ガブリエルが叫んだが、反応する者は誰もいなかった。 生徒会のメンバーも他の学生たちと変わらない普通の学生で、目の前にいるモンスターを倒して自分の身を守るので精一杯だった。


「くそっ!」


ガブリエルは何とか目の前のモンスターたちを処理しながら、2階に向かって登ろうとした。 しかし、一人でモンスターを押しのけながら登るには数が多すぎ、結局2階に上がる階段の前でオークの力に押されて倒れ込んでしまった。 彼を倒したオークが近づき、彼の体よりも大きな棍棒を振り上げようとする。 その瞬間、肉が切れる音と共にオークの頭が落ち、緑色の血が四方に飛び散った。


「大丈夫?」


ガブリエルは自分に手を差し伸べる女性を見て目を大きく見開いた。 天の銀河のような青い長髪、少し下がった穏やかな目元とは裏腹に強さを放つサファイアのような瞳。 まるで美の女神が現れたかのような神聖さすら感じさせる美しい少女。 アプロニア公爵家の令嬢であり、ナルメリス魔法学校の生徒会長であるアルメラ・シャーロット・デ・ヴァイントゥス・アプロニアが立って彼を見下ろしていた。


「ありがとうございます、シャーロット先輩。」


ガブリエルは彼女の手を掴んで立ち上がった。


「気をつけて。」


短く一言をかけた彼女は、他のモンスターへと向かって剣を振るった。 まるで女神の舞を見るかのように、彼女の細剣は柔らかく美しくモンスターを倒していく。


「あれが……天の才能を持つとされる魔剣術の女帝……」


自分が何百年訓練したところで、彼女には追いつけない気がした。


「モォォ!」


2階からミノタウロスが飛び降り、シャーロットに向かって斧を振り下ろす。


ドン!


斧がシャーロットがいた場所の床にめり込んだが、ミノタウロスは顔を上げて空を見つめた。 シャーロットが高く跳び上がり、剣を振りかざして床に着地した。 彼女が斬った方向に傷を負うミノタウロス。 怒ったミノタウロスが突進してくるが、シャーロットは素早く横にかわし、壁に突き刺さったミノタウロスの上に飛び乗り、首に細剣を突き刺した。 ミノタウロスはそのまま力を失い、壁に角を突き刺したまま崩れ落ちる。


彼女のおかげでモンスターたちは急速に姿を消し、講堂にはモンスターの死体が積み上がり、山のようになっていった。


同じ人間なのに、どうして彼女にはあんな力があるのか。 なぜ自分はその力を持っていないのか。


様々な思いがガブリエルの頭の中を駆け巡ったが、すぐに2階にいる赤いローブの男たちを思い出し、地面に落ちた剣を拾って再び2階へ向かった。


階段を上がってたどり着いたそこには、地面に手をつけたまま座っている男がいた。


彼が使う召喚魔法は、以前授業で見たミューゼルの召喚魔法とは違っていた。 ワンドを使ってモンスターを召喚するミューゼルの魔法とは異なり、彼らはチョークで描いた魔法陣に手を触れ、謎の呪文を唱えていた。 そこから現れたのはモンスターではなく、細胞のような何か。 それは蠢きながら素早くモンスターへと変わり、1階へと飛び降りた。 そして、魔法陣からは同じ細胞が次々と生み出され続けている。 これを止めなければ、この騒動は終わらないだろう。 そう直感したガブリエルは、剣を構えて男に向かって叫んだ。


「やめろ!」


男は顔を上げ、ガブリエルを見ると、表情一つ変えずに立ち上がり、腰から剣を取り出した。


「ハァッ!」


気合いと共にガブリエルが相手に向かって剣を振りかざした。


風を切り、赤いローブを着た男に向かって飛ぶ刃。しかし、貴族とはいえまだ成人していない学生では、大人の男を倒すには力が足りなかった。


カン!


赤いローブの男がガブリエルの剣に力を込めて振り払うと、剣がはじき飛ばされ、ガブリエルの剣は1階へと落ちてしまった。ガブリエルはすぐにワンドを取り出した。


「ここで魔法を使えば、天井が崩れてしまうだろう。」


赤いローブの男が小さくつぶやく。1階で魔法を使う分には何度か壁に当たっても大丈夫だが、2階では事情が違った。魔法を使って男を弾き飛ばしでもすれば、天井が崩れて1階にいる多くの学生が怪我をするかもしれない。ガブリエルは歯を食いしばり、拳を握ったまま男に向かって駆け出した。


「勇気は褒めてやるよ。」


ニヤリと笑って剣を振り上げる男。男の剣がガブリエルの体に向かって振り下ろされる。


カン!


「引っ込んでて、ガブリエル。」


シャルロットが細剣を構え、男の剣を防いだ。


「ちっ。」


男が舌打ちし、シャルロットと距離を取りつつ剣を向けた。


「今なら召喚を解除すれば、衛兵に引き渡すだけで済ませてあげますよ。」

「ガキの女が俺に勝とうってのか? ふん、笑わせる。」


鼻で笑いながら男が嘲る。シャルロットは細剣を構え直し、赤いローブの男に向かって駆け出して剣を振り下ろした。残像を残しながら素早く飛ぶ細剣。男が剣を上げて防ごうとしたが、彼女の狙いは男の正面ではなかった。


細剣が男の剣とぶつかると同時に、シャルロットはくるりと体を回転させた。彼女の細剣に魔力が宿り、輝き始め、素早く男の腕に向かって飛んでいった。


ザクッ。


男の腕が切り落とされ、地面に落ちた。苦痛に満ちた悲鳴があたりに響くも束の間、シャルロットはすかさず男に駆け寄り、細剣を首元に突きつけた。


「これが最後の警告です。モンスターの召喚を解除しなさい。」


その言葉を聞いた男はニヤリと笑った。


「俺もそうしたいんだが……もう奴は召喚されちまったからな。」


意味深な男の言葉にシャルロットが眉をひそめたその時、背後から再び悲鳴が響いた。振り返ったシャルロットは目を見開き、現れたモンスターを見つめた。


&&&


「始まったか。」


講堂の方から騒がしい音が聞こえる。何かが壊れる音も聞こえるところを見ると、昨日奴らが計画していた作戦が始まったらしい。今すぐ駆けつけて奴らを片付けても構わないが、今はやるべきことがある。


サク、サク。


ナルメリアの森から足音が聞こえる。学生たちは皆、舞踏祭のために大講堂に集まっているはずだ。ということは、今の足音は学校の先生のものかもしれない。しかし、足音の主は一見しても先生の姿ではなかった。赤いローブをまとい、無地の白い仮面を被った男。奴は私の存在に気づいたのか、私が登っている木の方をじっと見つめている。


「隠れているつもりだったけど……まだまだ足りないみたいだな。」

「昨日、仲間の何人かが戻らなかったが、お前の仕業か?」


低い声が仮面の外から漏れる。


「他の奴らと違って仮面を被っているってことは、お前がボスか?」

「奴らを殺したのか?」


奴の質問には何か違和感がある。同僚なら生きているかと尋ねるのが普通だろう。しかし、奴は今、"殺したのか"と質問している。まるで死んでいてほしいかのように。


「どうしたと思う?」

「お前が奴らに何をしようと関係ない。どうせ奴らが生きて戻ったところで、死んだも同然だからな。」


仲間が戻っても殺すつもりとは。なんて酷い奴だ。いや、サイコパスなのか?


「幸いお前の手にはかからなかったようだ。既に死んでいるからな。」


もちろん嘘ではない。1人を除いて、他は全員殺したのだから。その1人は情報を聞き出すために部屋に閉じ込めている。


「お前がここに来たということは、既にその作戦が始まっているってことだよな?」

「奴らはどこまで話した?」

「ここにいる貴族の子弟を拉致する、くらいかな?」


顔が見えないので表情は読めないが、行動でわかる。


カン! キィィーッ


2本の短剣がぶつかり、強い火花を散らす。


「もう話すことはないってことか?」


確認することはすべて確認したといわんばかりに、奴はそれ以上口を開かない。


ならば捕らえて無理やりにでも話させるしかない。


数手を交えた。奴の攻撃が何度か顔をかすめ、仮面もボロボロ、服もあちこち裂けてひらひらしている。しかし、奴の服装には何の異常もない。


確かに斬ったはずだ。仮面も、服も。しかし、斬ったものがまるで粘土のように、血一滴流さずに元に戻ってしまう。ファイアボールを使えば消し飛ばせるかもしれないが、奴は私にファイアボールを唱える隙を与えない。


「お前、一体何者だ?」


あれだけ激しく動いたというのに、疲れた様子さえ見せない。私を攻撃しようと再び短剣を構えて突進してきた奴。


その瞬間。


ドカーン!


建物から大きな爆発音が聞こえる。奴の視線が大講堂の方に向かい、舌打ちする。


「失敗したか……」


奴の視線が大講堂に引かれた今がまさに攻撃のチャンス。すぐさま駆け寄り、短剣を振り下ろした。


ザクッ。


「チッ。」


奴が顔を斬られながら後ろへとジャンプして離れる。斬られた仮面の隙間から奴のひげがちらりと見える。しかし、それだけだ。


すぐに元通りに戻ってしまう。


「戦いはここまでだ。」

「逃げるのか?」

「作戦は失敗した。これ以上力を使うのは無駄だ。」


奴が背を向ける。


「次に会ったときは、必ず殺してやる。」

「待て、待っ……!」


奴が言葉を終えたと同時に、まるで煙のように姿を消す。


私は仮面を外し、その場に腰を下ろした。顔から流れる汗と血の混ざった液体を袖でサッと拭った。


『作戦……』


何か不穏な感じがする。失敗したとは言っていたが、奴らが狙っているのは貴族の子弟だ。今回失敗したからには、いずれどんな手を使ってでも、再び攻撃を仕掛けてくるだろう。


『知らせるべきだろうか?』


これは私一人でできることではない。少なくとも先生の一人にでも知らせるべきかもしれない。もしそうなれば、正体が露見することになるし、露見すれば退学を……


ドンッ!


『いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。』


失敗したとはいえ、まだ大講堂では戦闘が続いているはずだ。今からでも駆けつけて、どうにか阻止しなければならない。


『これは……』


大講堂の入り口を開けようと手をかけると、手が何かに遮られ弾かれる。魔法陣が描かれているところを見ると、結界魔法のようだ。短剣で攻撃しても壊れない。


『講堂にも窓があったよな?』


正面がダメなら窓だ。大講堂にも窓がある。特に今日のような日は、大講堂に漂う料理の香りや学生たちの熱気を逃がすために、きっと窓を開けているだろう。


「やっぱり!」


大講堂の左側に歩いていくと、開いている窓が見える。ただ、自分の身長よりも高い位置にあるが、このくらいなら飛び上がって登れる。


「よっ!」


高く飛んで窓枠をつかみ、顔をそっと覗かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る