舞踏会場の悪夢

彼らが慌てて周囲を見渡す中、彼らの頭上の枝から一人の男が落ちてくる。落ちた男を見て、彼らの表情が歪む。


「お前は……」


黒いローブに虎の仮面。以前、彼らの作戦を妨害してきた奴だ。


&&&


「5人もいるな。」


以前は1人だったが、今回は5人が集まって話をしている。すぐにでも飛びかかりたい気持ちが湧き上がるが、まだ奴らの実力は知らない。自分より強い相手がいるのも問題だが、仮に5人全員が自分より弱くても、複数人に囲まれれば対処が難しい。


赤いローブを着た者の一人が前に出て、他の赤いローブの者たちに顎で合図する。合図を受けた彼らは両側に分かれて走り出した。こうして分かれて走られると、奴らを一網打尽にするのは不可能だ。いや、むしろ好都合だ。こうして分散されれば、奴らの戦力も分散される。


「なぜ止めないのか?」

「俺の体は一つだし、あんなに散らばった奴らをどうやって追いかける?奴らを追いかけるより、お前にいろいろ聞く方がマシだ。」


その言葉に赤いローブの男が呆れて小さく笑う。


「確かに、お前にとってはそれが最善の選択だろうな。」


残っている赤いローブが腰の剣を引き抜き、こちらを見つめている。


「一つ……聞きたいことがあるんだが。」

「ああ?なんだ?」

「どうやって我々がここにいると分かったんだ?」

「ああ、そのことか?少し前にお前かお前の仲間か知らないが、同じローブを着た奴が走り回ってるのが見えたんだよ。それでお前たちが通る道で待っていれば見つかるだろうと思ってずっと待ってたのさ。」


赤いローブは舌打ちし、何か小さく呟くと、ゆっくりと笑みを浮かべて言った。


「すまんな。俺の部下がどうも姿を見せるのが好きなようでな。」

「そうか?そんな変態は早く追放しろ。下手をすれば、お前にも問題が起きるぜ。今日みたいにな。」 「その心配は無用だ。お前ごときにやられることはないからな。」

「おー?そうか?」


奴が小さく笑う。まあ、それは追々分かることだ。今度はこちらの番だ。


「さて、やることがあれば返すこともあるだろう。俺が答えたんだ、お前も答えるべきだよな?」


俺は腰から短剣を取り出し、手に握った。月光を受けた短剣の刃がきらめく。


「お前たちは何者だ?」

「俺が教えるとでも思うか?」

「なら教えろよ。教えないとこの短剣が貴様の頭を貫くことになるぞ。」


俺はすぐに奴に向かって駆け、短剣を振り下ろした。


カーン。


澄んだ金属音が四方に響き、続けて奴の首に向かって短剣を振り下ろした。奴は剣を上げて俺の短剣を受け止め、後ろに跳んで距離を取る。


「へぇ、大したもんだな?」

「さすがに並みの動きじゃないな。」

「驚いたか?」

「驚いたが……」


奴の姿が一瞬で消え、次の瞬間、俺の目の前に現れた。


「果たしてこれを防げるかな?」


奴が俺の腹に向かって剣を突き出す。この攻撃は確かに普通の魔法使いなら絶対に防げないだろう。『普通の魔法使い』なら、だが。


俺は短剣の刃を腹に向けて奴の剣先を受け流し、短剣を立てて顎に向かって突き刺した。その瞬間、奴は頭をひねって俺の短剣をかわし、横に転がりながら立ち上がり、すぐに距離を取った。


奴はかなり驚いたようで、目を大きく開いてこちらを見つめながら息を整えている。


「どうして……インビジブルアタックを……」

「俺がさっき何て言ったか覚えてるか?」

「やることがあれば返すことも……」


俺は全力で奴との距離を縮めた。


「よく覚えてるじゃないか。」


俺の手が下にあるのを見た奴は、すぐに剣を腹に持ってきた。しかし、今俺の手にあるのは短剣ではない。今、俺の手にあるのは赤いワンドだ。


「ファイアボール。」


ジイイイィン。


俺が呪文を唱えるとワンドが震えた。奴と俺の間に陽炎が立ち上り、何もないはずの空間で奴が何かに押し出されるように吹き飛び、そのまま木に叩きつけられた。


「ぐあああっ!」


倒れ込んだ男は口から血を吐き、こちらを見上げている。


「その魔法は……一体……」

「ああ、これのことか?知りたいか?」


倒れ込んだ男に近づき、顔にワンドを向けた。恐怖に包まれた男の顔が目に入る。


「悪いが、質問の時間は終わりだ。」


再びファイアボールの呪文を唱えた。唱えた途端、ワンドが震え、男の顔の目の前に再び陽炎が揺らめくと、男の顔にぶつかり、頭が吹き飛ぶ。消えた頭のあった首から血が吹き出し、俺の仮面を赤く染めた。


「ああ、そうだ。」


殺してから気づいたが、奴らが一体何者なのかまだ聞いていなかった。殺さなければよかったと一瞬思ったが、すぐに気にせず、振り返って大講堂の方を見た。どうせまだ他の奴らがいる。そいつらを捕まえて聞けばいいだけのことだ。


「まったく、面倒なことしやがって。」


&&&


ワルツの美しい旋律が大講堂に響き渡っている。パートナーと一緒にいる学生たちが腕を組み、中央に歩み出て、音楽に合わせて踊り始める。


「ふむ……」


ガブリエルはワルツを踊る学生たちを眺めていた。本来ならば、彼も中央で他の学生たちと一緒にワルツを踊っているはずだった。実際、何度か他の女子学生からパートナーの提案を受けていた。しかし、彼はその提案に応じることができなかった。その理由は、学生会の一員だったからだ。


学生会は学校の祭りを主管し、学生たちが無事に祭りを楽しめるようサポートしなければならなかった。そのため、当然ながら祭りを楽しむことはできず、それに伴ってパートナーを作るべきではなかった。


学生会への提案を受けたとき、祭りが終わった後に参加すればよかったと後悔したが、すでに学生会に入ってしまった以上、それを変えることはできなかった。


「あいつら、上手く踊ってるよな?」


彼の隣で、腰に剣を差して見つめている女子学生が小さな声で囁いた。茶色い編み込みの髪、顔にあるそばかす、そして18歳にしては可愛らしい容姿。彼女はエレシード伯爵家の長女、エイナ・ル・エレシードだった。


彼女が指差した方向を見ると、二人の学生が手を取り合い、一度も失敗することなく踊っていた。その二人の姿はまさに独特だった。


「そうですね。」

「私もあんなふうに踊ってみたいわ〜、ハンサムな男の子と一緒にね!」


エイナは顎に手を当ててガブリエルをじっと見つめ、にやりと笑った。


「私と一度踊ってみる?」

「いいえ。私たちは学生が祭りを楽しめるよう、この大講堂を守る者です。もし踊っているときに問題が発生したら……」

「わかった、わかったよ。全く、融通が利かない奴ね。」


エイナは舌打ちして、再び踊っている学生たちを眺めた。静かになった二人。やがてガブリエルが口を開いた。


「先輩はいつ学生会に入られたんですか?」

「私?2年生の2学期くらいかな。そのとき、学生会長だった兄が学生会に入ってくれって頼んできたから入ったの。」 「そのときの学生会のお兄様って……」

「今、エル・ハウンドで有名だから、あなたも知ってるでしょ?ジェラード・ル・ブレネッツ。」

「ジェラード・ル・ブレネッツって……まさかあのジェラードですか?」


ジェラード・ル・ブレネッツ。ブレネッツ子爵家に生まれた希代の天才。エル・ハウンド国最大の魔法研究機関である黄金の夜明け研究会に最年少で入った魔法研究員。彼のおかげで一族も子爵から二階級上の侯爵に昇格したという伝説の男だった。


「そんな方がエイナ先輩を学生会に……」

「ふふん〜、すごいでしょ?」 「また嘘ついてるね。」


鼻を高くして自慢するエイナを見つめながらガブリエルが拍手すると、一人の男が近づいて鼻で笑いながら言った。黒い髪、日焼けした肌、かなり鍛えているのか、胸や肩、腹だけでなく下半身まで筋肉で溢れた巨漢が歩み寄り、二人を見下ろしている。


彼はブリッツ伯爵家のベルフェッツ・フライア・ド・テルナ・ブリッツ。近しい者たちは彼を「フライル」と呼んでいた。


「フライル、来たの?」

「どうしていつも新入りに嘘をつくんだよ?」

「嘘って何よ?本当のことじゃない。」

「本当って何だよ。おい、新入り。少し考えてみろよ。ジェラードは俺たちと8歳も年が離れてるんだぜ。ここを卒業するのは20歳なんだから、あいつに会えるわけないだろ?」


「ああ、本当ですね。」


考えてみると、ジェラードは26歳だという。そんな人がエイナと会うためには、25歳までここにいる必要があったことになるが、常識的に考えてあり得ない話だった。


「またこの筋肉バカに邪魔されちゃったわ。」

「邪魔されるも何も。新入りをからかうのはいい加減やめろって。」

「やだよ〜、こんな面白いこと、やめるわけないでしょ?」

「はあ、また会長に本当に叱られるぞ。」


その言葉に焦ったエイナがフライルに尋ねた。


「まさか会長に言ったの?」

「言ってないけど、そのうち会長の耳にも入るかもな。なあ、新入り?」

「それは……」

「ねえ、新入り。言ったらただじゃおかないよ。」


エイナがガブリエルを睨むと、ガブリエルは顔がピリッと痛むのを感じた。


「あ、わ……わかりました!」

「よしよし、新入り。社会生活ってのはこうやって学んでいくもんだ。」


満足そうに微笑むエイナ。そんな風に皆が笑って談笑していると、突然音楽が止まった。


「何が起きたの?」


エイナが小さく呟き、ガブリエルが音楽を奏でていた楽団を見た。呆然と前を見つめる楽団の人々。踊っていた学生たちも視線を楽団に向ける中、ある学生の悲鳴が静寂を破った。


「きゃあああっ!」


突然の悲鳴にガブリエルが駆け寄り、楽団を近くで見た。音楽を奏でていた一人が胸を貫かれ、血を流して前のめりに倒れ込み、その背後にあった存在の正体が明らかになる。巨大な体にまばらに生えた毛、生きているものすべてを噛み砕くほど鋭く頑丈な牙、そして頑強な鉄鎧さえも引き裂きそうな鋭い爪。楽団を殺したのは、ラブリンス周辺では見かけない、ダンジョン内部のモンスター、ノールだった。

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