怪しい者たちの動き

「はあ…伯爵家の僕が、なんで男爵家の奴と同じ扱いを受けなきゃならないんだ…。」

「女たちは目がないな。僕みたいに名声があり、未来が約束された人と組もうとしないなんて。」


『なんで僕を巻き込むんだ?自分たちがダメなだけだろ。』


僕は男爵家の人間。得るものがない人だから来ないのは、ある意味当然のことだ。

だけど、あいつらは違う。伯爵や子爵といった家柄の後光があるのに、女性たちから選ばれない奴らだ。


僕が席を立つと、奴らの視線が僕に向かってくる。


「おい、エドワード。」

「なんだ?」

「お前はいいよな?女たちに選ばれなくても、『爵位』っていう名目があるから、言い訳くらいできるもんな。」


これは明らかに喧嘩を売っている。ここで何か言えば、平穏に暮らすのは難しいだろう。

でも、あんな口調を無視し続ければ、いずれ学校のろくでもない奴らが僕に対して同じような態度を取るようになる。ここで一度噛みついておかないと、ああいう奴らが増える一方だ。


「そうだな。お前らは爵位の『後光』を持っていながらも、相手が見つからないのは本当に気の毒だな。今からでも外に出て、土下座でもして女たちにお願いしたらどうだ?」


一人の顔をつかんで壁に押し付けると、周りにいた奴らはビビって後ずさりしている。


『まったく…こんな奴らに無視されるなんて…』


僕が手を離すと、動揺した奴は教室の外に逃げるように走り去っていった。ほかの奴らも僕から視線を逸らした。


「男爵家に無視されるのがそんなに気に入らないなら、さっさと相手でも見つければいい。くだらないことに時間を無駄にするな。」


性格もずいぶん丸くなったものだ。仕方がない。貴族同士、面倒を起こせば家同士の争いに発展しかねないからな。少し脅かすだけでも、他の奴らは寄りつかないだろう。


&&&


寮に入ると、僕は手に持った手紙を見つめた。先生が検査のために開封した手紙を封印するための封蝋印は、父のものだ。封筒を慎重に開けて手紙を取り出した。


『どうして知っているんだ?』


どうして舞踏会の祭りを知っているんだろうか。必ず伯爵以上の家柄の令嬢と組むようにと父が言ってきた。


「僕に相手を見つけてほしいのなら、こんな学校に送らなければよかったのに、父さん…」


今の僕の状況を知っているなら、頑固な父であっても伯爵家の娘と組めなんて言えないだろうに。


「え?」


手紙は一通で終わりかと思ったら、もう一枚紙が入っていた。二通目の手紙の送り主は母だ。


手紙には子供への心配と愛情がたっぷりと込められている。父もこういうところは見習ってほしいものだ。


「それにしても、父はどうやって母と結婚したんだ?」


理解できない。僕が知る限り、父は若い頃、男爵家の中でも土地もなく爵位だけがある貧しい男爵家だったと聞いている。土地を授かったのも最近のことだ。それに比べて母は広い領地を持つ伯爵家の令嬢。父はどうやって母を口説き落として、伯爵家の令嬢である母がすべてを捨てて父と結婚したのか。理解できない。


「そういえば、母の実家がどこの家柄なのか聞いたことがないな。」


この学校に母の実家の関係者が通っているんじゃないか。今度家に帰ったら、一度聞いてみよう。


『それでも一応…相手は探してみた方がいいかな?』


寮に引きこもって過ごそうと思っていたけど、父がここまで手紙を送ってきたのを見ると、本当に僕に相手を見つけてほしいと思っているようだ。もちろん、手紙だけ送って父に嘘をつくこともできるが、父が舞踏会の開始時期を知っているところを見ると、学校の誰かとやり取りしている可能性が高い。万が一嘘がバレて、父が僕が相手も見つけず寮に引きこもって祭りを過ごしたと知れば、家から追い出されるだろう。


「うぅ…」


考えただけで身の毛がよだつ。


『明日から探してみるか…』


寮の外を見ると、すでに空は暗くなっていた。今外に出ても学校に残っている人はいないだろう。僕は明日から探すことにして、ベッドに身を投げ出した。


&&&


「本当…?」


今、目の前に迫ったこの状況に、頭がついていかない。

ここ数日、相手を見つけるために、通りで見かけたほとんどの同級生に相手になってくれと頼んできたが、全員に断られてしまった。

知らない同級生にまで声をかけてみたが、返ってくる答えはやっぱり断り。

これは爵位の問題じゃない。

なぜなら、知らない同級生に声をかけたときは爵位の話をしていなかったからだ。

つまり、問題はただ一つ。


「まさか…僕の顔が原因…?」


そんなはずがない。

運動で鍛えた引き締まった筋肉。

めちゃくちゃイケメンというわけじゃないけれど、不細工でもない、平凡なら平凡な顔。

背も他の子と同じくらいか、それより少し高いくらいだ。


「こ…こんな僕が不細工だって?」


そんなことがあってたまるか。

もしかしてこの世界の人たちは、前世が別の世界だった僕とは美の基準が違うんだろうか。

いや、アリアについてのニールの話を思い出せば、美の基準は大きく違わないはずだ。


「うわああ!」


頭をガシガシ掻きながら爪を噛んだ。

女の子に声をかけて相手を頼んで回った時間のうち、残された時間はあと三日。

三日以内に、伯爵だろうが子爵だろうが男爵だろうが、爵位はどうでもいいからとにかく誰かを見つけなきゃならない。

父に許してもらうためにはな。


「学校の同級生には全員声をかけたと思うけど…」


そうなると残るは先輩たち。

先輩の中に、まだ相手が決まっていない人がいるんじゃないか。

今からお願いしてみたら…。


「ん?」


運動場のベンチで考え込んでいると、遠くの方で誰かが走っている姿が目に入った。

赤いローブで身を包んだ、正体不明の人物。

前にナルメリアの森で見た奴だ。


『今度は何しに来たんだ?』


前回はナルメリアの森で話をして消えたけれど、今回は何を話しに校内をうろついているのか。


『追いかけてみるか?』


今回のミノタウロス事件。

あいつらと何かしら関係がある気がする。

ミノタウロスが現れる前にも、あいつらが先に現れて、その後少ししてからミノタウロスが出てきたんだから。

今回も何かが起こるんじゃないか。


だとしたら、今追いかけるのが正しいけれど…


「相手はどうするんだ?」


相手を探す方が急を要するかも…

いや、それでも校内を自由に動き回る奴らをこのまま放置するわけにはいかない。


『ごめんなさい、父さん。結婚は来世にします!』


心の中で父に謝り、僕はすぐに奴の後を追った。


大講堂で祭りの準備をしている人々が忙しそうに動き回っている。

その人々の間を、赤いローブを身につけた人物が通り抜けていく。

なぜ誰も外部の人間を止めないのかと思って周りを見ると、今は舞踏会の準備のために多種多様な外部の人がたくさん入っている。

赤いローブの人を誰も止めない理由はここにあるようだ。


「どこに行ったんだ?」


祭りの準備をしている人々の間に消えたあいつ。

さらに探すためにあたりを歩き回っていると、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「エドワード!」


振り返ると、そこには見覚えのある顔の男が立っていた。


「ガブリエル。」


ガブリエル・ド・ネイルロア。

僕が最初にできた伯爵家の友人だ。


「久しぶりじゃないか?」

「だな。」

「寮も近いのに、少しは顔を出してくれてもいいのに?」

「入学してからずっと忙しかったんだ、どうやって顔を出すって言うんだ?」

「まあ、確かにそうか。」


奴が人の良さそうなイケメンの笑顔で僕を見ている。


「祭りの準備を手伝ってるのか?」

「そうさ。僕も一応生徒会の一員だからな。」

「生徒会?」

「ああ、君は知らなかっただろうね。」


奴が自慢げに鼻を高くして言った。


「この私、学生会の会長様に見出されて学生会の一員になったってわけさ。」


ここは普通の学校とは少し違うが、とはいえ学校には違いないのだから、学生会があってもおかしくはない。


「だから手伝っているんだな。」

「ちょっとあっちに座って話でもしないか?」


彼が指差した先には、いくつかの椅子が並べられている。ガブリエルと話をするのも悪くはないが、今は彼と話しているよりも急ぐべきことがある。


「また今度話そう。」

「そうか?何かやることがあったのか?」

「ああ。ところで、赤いローブを着た人を見たことあるか?」

「赤いローブ…?」


彫刻のようにじっと考えていた彼が答える。


「いや、見てないな。」

「そうか?」


それなら、どこに行ったのだろう。もしかして、大講堂の中に入ったのかもしれない。そう思って大講堂に向かおうとしたとき、ガブリエルが止める。


「エドワード、今は大講堂の中に入っちゃダメだ。」

「どうして?」

「今、中を舞踏会場みたいに飾りつけてて、ちょっとした工事をしているんだ。僕もさっき、ちょっとした用事で中に入ったら、作業員にこっぴどく叱られたよ。」


彼がブルッと身を震わせる。いったいどんな人物が、こんなにプライドの高い彼をここまで震え上がらせるのだろう。ガブリエルがこれなら、僕はきっとどうしようもなくなりそうだな?


『なら、いったん引き下がるか…』


こうして見失って戻るのは気が引けるが、状況がはっきりしないまま入れない場所に無理やり入るわけにはいかない。


「仕方がないな。」


僕が立ち上がると、彼も立ち上がって尋ねる。


「そうだな。作業してる人たちを邪魔するわけにはいかないし。」

「別に急ぎの用事ってわけじゃないんだけど…」

「いいさ。僕もやることがあるし。また今度会おう。」


僕が手を振って離れていくと、彼は少し寂しそうな顔をしながら微笑み、同じように手を振り返した。


&&&


静かな夜。 暗くなった夜のナルメリアの森。 そこに5人の人物が集まっている。


「準備は終わったか?」

「終わった。あとはもうすぐ始まる祭りを待つだけだ。」


明日はナルメリス魔法学校の舞踏会の祭り。 この日をどれだけ待ち望んだことか。 もうすぐ、彼らが受け持つ任務の目的を達成することができる。


「今回はうまくいくんだろうな?」

「徹底的に準備を整えましたよ。この前現れた教師も、あの奇妙な仮面の男も、きっと何もできずに死ぬことになるでしょう。」

「それは良かった。」


以前のミノタウロス作戦。 確実に成功すると思っていた。 その理由は、ミノタウロスは冒険者ですら倒すのが難しい上級モンスターだからだ。 それだけで目標を達成するには十分だと考えていた。


しかし、予想外の事態が起きた。 上級魔法を使う教師と、突然現れた仮面の男の存在。 中でも仮面の男の存在が特に気に障った。 上級魔法を使う教師に関しては、キャスティングさえ妨害すれば大した問題ではなかったが、男の動きは教師が上級魔法を発揮するキャスティング時間を稼ぐほどで、ようやくミノタウロスが教師を仕留めるかと思ったら、仮面の男が魔法を使ってミノタウロスを倒してしまったのだ。


『初めて見る魔法だったな…』


どんな魔法を使ったのか、目に見えもしなかった。


「皆、よく聞け。今回の作戦は陽動作戦だ。私とK2が外でモンスターを召喚して学校の寮を襲い、残っている学生を生け捕りにする。その間、お前たちK3、K4、K9は大講堂に向かい、建物内に侵入して無防備な学生を全員生け捕りにしろ。」

「了解!」

「ほぉ、そういう作戦ってわけか?」


5人の間に、不慣れな声が響いた。

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