舞踏会祭
静かな部屋でパチパチと燃える暖炉が音を立てていた。
本棚には理論書や魔法書がぎっしりと並び、床に敷かれた赤い絨毯が整然とした雰囲気を作り出している。
サラサラ。
机の上では、一人の男が羽ペンで何かを書いており、紙に触れる音が静かに響き渡っていた。
コンコン。
「校長先生。アレイラ・ベリスティンです。」
「お入りなさい。」
アレイラが扉を開けて入ってくる。彼の正面にいる人物。
後ろに束ねた長い白髪、眼鏡をかけ、長い髭を蓄えた老人。
彼は紫色の長いローブを身にまとい、机に座って何かを書いていた。
「お話はすべて伺いました。」
アレイラは頭を深く垂れた。
「どういうことなのでしょうか?」
「それが……」
アレイラは校長に話し始めた。学校の授業のためにミューゼルにスライムの召喚を頼んだこと。
スライム討伐の実習中にミノタウロスが現れたこと。そして、正体不明の男が現れ、ミノタウロス討伐を手伝ってくれたこと。
「そうですか……」
話を聞きながら、校長は動かしていたペンを置き、長い髭を撫でながらアレイラに尋ねた。
「ミューゼル先生は何と言っていましたか?」
「誓って、ミノタウロスは召喚していないと。いえ、召喚することはできないと。そんな高位のモンスターの召喚方法は知らないと……」
席を立った校長は、窓の外を見つめた。
ミノタウロスはここから遠く離れた都市、ヴァイスレイズ近くのダンジョンで出現するモンスターであり、ラブリンスの近くでは決して見かけることはない。
つまり、ここに現れるためにはダンジョンから出て歩いて来るしかなく、馬車で5日以上かかる距離をラブリンスに向かって来る可能性はどれだけあるだろうか。
おそらくラブリンスに向かう前にダンジョンを出た瞬間、冒険者たちに討伐されていたはずだ。
討伐されずに冒険者をすり抜けて来たとしても、冒険者ギルドからラブリンス側にミノタウロスが脱出したと報告が入り、エルハウンド王城から学校へ連絡が来ていただろう。
つまり、ナーメリアの森に現れたミノタウロスは誰かが召喚したことになる。
今のところ、手がかりになりそうなことはただ一つ。アレイラと共に戦ったという、その正体不明の男のみ。
「アレイラ先生。」
「はい、校長先生。」
「一週間前だったか……二週間前だったか……街の外の森で爆発音が聞こえたそうです。」
「爆発音……ですか?」
「ええ。調査隊の話によると、木が何かにかじられたような痕跡があったとか……これについて、何かご存じですか?」
アレイラは顎に手を当て、首を横に振った。
「そのような魔法は聞いたことがありません。」
「では、その正体不明の男と関係がある可能性があると思いますか?」
その言葉を聞いた瞬間、アレイラは最後に見た男の魔法を思い出した。
一度も見たことがない特異な魔法だった。
「おそらく……可能性はあるかと思います。」
「そうですか……」
校長は振り返り、真剣な表情でアレイラを見つめた。
「アレイラ先生。お願いが一つあります。」
「おっしゃってください。」
「あの正体不明の男が誰なのか……、調べてください。」
&&&
「ふむ……」
赤いワンドを机の上に置いてじっと見つめた。
ミノタウロスを討伐した時に使った魔法。
それは確かにファイアボールではなかった。
ニールの話では、魔法にはそれぞれ適した呪文があるらしいが、私の場合、その呪文が間違った鍵穴を開けようとしているのではないだろうか。
そうでなければ、ファイアボールの呪文を唱えたのに別のものが出るはずがない。
「いったい何なんだよ、まったく……」
今すぐにでもアルセルに戻って、モンスターを相手に無差別に試してみたい。
そうすれば自分の魔法の正体について少しはわかるかもしれないからだ。
だが、私はここから出ることができない。
「はあ……」
これ以上考えても無意味だ。
私は深いため息をついてベッドに横たわった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
昼休みの終わりを告げる学校の鐘の音が鳴り響き、私はワンドを部屋に隠してから再び寮を出た。
教室ではひそひそ話が聞こえてくる。
彼らが話している理由はただ一つ。約一ヶ月後に行われる舞踏会のためだった。
ここは貴族たちが通う学校らしく、礼儀やダンスといった教科がある。
それはまるでその科目の試験のようだ。
もちろん、実際の目的はそれではない。
各貴族同士の親睦を深め、将来を約束する相手を見つけるためのもの。
ほとんどの者は伯爵の子息同士や公爵の子息同士で笑い合っているので、私のような男爵家の者にとっては無意味な場だ。
『そもそも男爵の生徒なんていないじゃないか。』
父はどうしてそんな場所に私を送り出したのだろうか。
『本当に困った人だよ、父は。』
「エドワード。」
私の隣にニールが座ってきた。
「何だ?」
「どうしてそんなに元気がないんだ?他の子たちは舞踏会で誰とペアを組むか、もう探してるのに。」
「俺には関係ない。」
「え?」
「どうせ俺みたいな男爵家の人間と組もうって人なんているわけないだろ?」
ニールは気まずそうに笑った。
「いるかもしれないよ。ちょっと探してみなよ。」
「お前こそ探せばいいだろう。」
「それが……俺はもう見つけたんだ。」
「何?」
私が不機嫌そうにニールを見つめると、ニールは照れた表情で視線をそらした。
「あそこ。」
ニールが指差す方向を見ると、茶色のボブヘアの女の子がニールに手を振っていた。
こいつめ。
「俺をからかいに来たのか?」
「そ、そんなつもりじゃない!もしかして君も見つけたかなと思って……」
「くだらない舞踏会なんか知らないね。お前こそ存分に楽しめよ。」
「じゃあ君はどうするつもりなんだ?」
「俺みたいな人気のない男爵家の人間にできることなんてあるかよ?ただ部屋に引きこもって寝るしかないさ。」
「そんなこと言わないで、探してみなよ。もったいないだろう?」
「もったいなくないね。」
私は鼻で笑いながら、顎に手を当てて教室を見回した。可能性のある人は見当たらない。
「じゃあ、アリアはどうだい?」
「お前、今本気で喧嘩売ってるのか?」
「なんで?アリアもまだ相手がいないみたいだったし。」
「あいつとペアになるくらいなら、外にいる野良犬を拾ってきて、犬と手をつないで踊った方がマシだね。」
「今、何て言った?」
いつの間にかアリアが近づいてきて、つり上がった目で私を見下ろしていた。
「あ、聞こえたか?」
「その汚い口、もう一度動かしてみなさいよ。」
「どうせ聞こえたのに、何でまた聞こうとするんだ?」
「この、役立たずの男爵家のやつが!」
「どっか行けよ、おもらし女とは話したくないね~」
その言葉に、顔を赤らめたアリアが叫んだ。
「あなた!」
周りの視線が一斉にこちらに向かい、アリアは真っ赤になった顔で私を睨みつけながら小声で尋ねた。
「その話、誰から聞いたの?」
「誰から聞くも何も、噂が広まってるじゃないか。」
「そ……それって本当なの?」
「エドワード、嘘はやめなよ!」
アリアが泣きそうな表情を浮かべると、ニールが私を止めた。
男爵家の子息が伯爵家の子息を泣かせれば、それだけで命が危ういだろう。
「ニールが教えてくれたんだよ。」
「ニール、あんた!それを言いふらしてるの?」
「あ、いや!エドワードにだけ話したんだ!」
「絶対に他の人には言わないでよ!分かった?」
「分かった……」
「それはそうと、お前はペアを見つけたのか?」
特に気になったわけではないが、この性格だからペアを見つけられてないだろうと思って、からかうつもりで聞いた。
しかし、意外な返事が返ってきた。
「もちろん見つけたわよ。」
「本当に?」
「本当よ。」
「一体どこの物好きが、そんな非常識なやつに申し込んだんだ?」
怒りかけたアリアだったが、すぐに平然とした表情を作り、私を見下して嘲笑った。
「私はあなたのような低い『男爵』家じゃないのよ。伯爵家の中でも火属性で有名な家系だし、この美貌も悪くないわ。男たちが列を作るのは当然でしょう?」
「お〜、お姫様気取りか?」
「勝手にほざけば?どうせ舞踏会での敗者はあなただもの。」
「そうか、じゃあその舞踏会のペアと結婚でも成功させてくれ〜」
最後まで負けを認めなかったので、彼女は怒った顔で階段をドシドシと音を立てて降りていった。
「彼女、結構綺麗じゃない?」
ニールが降りていくアリアを見ながら私に尋ねた。
「外見が綺麗だからって何になる?心が綺麗じゃないと。」
ルビーのように真っ赤な瞳に、赤ワインのような鮮やかな赤髪。
堂々とした態度に、制服の外からでも分かる体のライン。
確かにあのくらいなら、どこへ行っても恥ずかしくないほどの美貌だ。
だが、やっぱり大事なのは心だ。
顔が綺麗でも、心が綺麗でなければそれで終わりだ。
「もういい。休みたいんだ。」
私が伏せて教科書を頭に乗せると、ニールは席を立ちながら言った。
「もしペアが見つからなければ言ってよ。なんとかして探してあげるから。」
「そんな必要ないさ〜」
ニールの足音が遠ざかり、私は教科書を下ろしてじっと机を見つめた。
「舞踏会か……」
こんなイベントを何故作ったのか。
頭がズキズキしてくる。
&&&
一日が過ぎ、二日が過ぎる。
時間が経つにつれて、祭りの雰囲気が次第に盛り上がってきた。
一ヶ月も経たないうちに、貴族たちは皆、自分のペアを見つけてダンスの練習をしている。
ニールもペアと一緒にダンス練習に行ったため、今教室に残っているのは皆ペアがいない者たちだ。
もちろん、ここに残っている生徒は皆男子。
「くそっ、俺だってペアを見つけて踊りたいよ!」
「なんで俺とはペアを組んでくれないんだ、なんでだ!」
絶叫が響き渡る教室。
同じ男として、あんなふうに絶叫して寂しさを訴える姿を見ると、本当に気の毒だと思う。
もちろん、他人から見れば、私も同じような境遇だろうが。
奴らの視線が私に向けられ、深いため息が聞こえた。
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