夜の散歩
混み合う売店。 給食もあるのに、なぜか売店には人が多い。 給食が美味しくないのかと思いきや、貴族が通う学校らしく、高級な食材で一流の料理人が作る料理だ。 かなりの美味しさを誇る料理ではあるが、ここで売っているパンの香りはそれを超える。
「手作りのパンの香り…」
香ばしいパンの匂いが売店全体に広がっていく。 コンビニのようなところで売っている工場製のパンではなく、パン屋で手作りして売っているパンの香りはどんな料理の匂いよりも食欲をそそる。
「何食べる?」 「適当に何でも買ってきて」
ニルが売店に向かい、私はそのまま売店の前のテーブルに突っ伏した。 疲れた。 毎日のように朝から運動をしているから? いや、違う。 では授業がつまらないから? それも影響はあるかもしれないが、それでもない。
この学校がまるで牢獄のように感じるからだ。 寮に入ってからは外に出られないので、息苦しいだけだ。 まるで前世で忍耐力を鍛えるために何日も何日も何も見えない独房に閉じ込められていたかのように。
まだ数日しか経っていないが、今の私には何か気分転換が必要だ。 そうして顔を横に向けて校内にある森、ナルメリアの森を眺めていた時。
「ん?」
一人の人物が木々の間を素早く通り過ぎる。 教師なら紫のローブ、生徒なら魔法学校の制服を着ているはずだが、通り過ぎた人物が着ているのは紫のローブでも制服でもなく、赤い色を帯びている。
「外部の人間か?」
周囲をキョロキョロ見回す姿からして、走り去る姿まで。 自分が怪しい人物だと知らせるかのように怪しさを漂わせている。
「このまま放っておいても構わないか…」
私がニルと同じ子爵家かそれ以上の身分なら、このまま後を追って事件に巻き込まれたとしても構わなかったが、私は属性も魔力も持たない男爵家の子息だ。 事件に巻き込まれた瞬間、退学は火を見るよりも明らかなこと。 こういう時はただ知らないふりをするのが平和に過ごせる道だ。
「いや、ちょっと待って…」
考えてみれば、奴は正門から入ってきたわけではなく、学校の者が知らない通路を使って学校の外部と内部を行き来しているはずだ。 それならこっそり外に出て歩き回ることもできる!
「追いかけよう」
私は席を立ち上がり、奴の後を追った。
学校の壁面に沿って長く建てられた鉄柵の壁。 私は身元不明者の跡を追ってできるだけ気配を殺して動いた。 サクサクと足音が響き、前に歩いていた私はやがて立ち止まり、木の陰に隠れた。
「何だ?」
赤いローブを着た人物の前に誰かが立っている。 無地の仮面で顔を完全に隠しているので確認は難しいが、その姿からして彼もまた学校の関係者ではないだろう。
「何をしているんだ?」
魔法学校の内部で、それも公の場所ではなく学校の外れで身元不明の二人が会っているのは一つの理由しかない。
「盗みでもしようとしているのか?」
貴族が多い場所なので確かに貴重品はたくさんある。
「大胆だな」
もし捕まってしまったら首が飛ぶだろうに。 まあ、それだけ命を懸けて盗みをしなければならないほど困っているということだろう。
「それにしても、まだ出発しないのか?」
今すぐに出て行って捕まえることもできるが、私が奴らを追いかけてきた理由は捕まえようとしたからではない。 それは奴らが使っている秘密の通路。 その通路を知るために追いかけてきたのだ。
「ああ、そういえばこれも久しぶりだな。」
前世ではいつも隠れながら人民軍を暗殺したり、逃げたり、通路を探したりしていた。 これも、ある意味では16年ぶりのこと。 昔のことがしみじみと思い出される。
しばらく話をしていた二人。 そのとき、一人の姿が消えた。 いや、正確には「消えた」と言うのが正しいだろう。 赤いローブの前にいた仮面をかぶった男性が、中間のフレームが切れたかのように不自然に姿を消した。
「あれも魔法か?」
魔法ではないなら、それほど速い動きをする奴だということになる。
赤いローブの男は周囲を見回すと再び動き始めたので、私はまたその後を追った。
&&&
「どこに行ってたの?」
学校の外れから鼻歌を口ずさみながら出てくる私に、ニルが駆け寄って尋ねる。
「ああ、ごめん。ちょっと用事があって。」 「用事?」 「そんな感じのことさ。」
見つけた。 予想通りだった。 あいつは学校の外れの壁に通路を隠して、そこを通って出入りしている。
「今夜から町を探検だ!」
学校ではいつも制服を着ているけれど、寮のクローゼットには私が着てきたチュニックがある。 そのチュニックを着て外に出れば、町の中を自由に歩き回ることができるだろう。
「何からしようかな? 町見物? それともおやつ? それとも……」
「はい、これ。」
町で何をするか楽しい想像をしていたとき、ニルが私にパンを差し出してくる。
「ありがとう。」
「50コッパー。」
「……お金も取るのか?」
「頼まれたのは買ってくること、奢ることじゃないだろ?」
私は舌打ちしながらポケットから50と書かれたコインを渡した。
「最後まで取りやがるな。ほら、どうぞ。」
「ありがとうございます、お客さん〜」
ニルはにやりと笑い、コインをポケットに入れた。
私はパンの袋を開けて一口かじった。 甘い味が口いっぱいに広がる。
&&&
夜遅く、フクロウやミミズクがホーホーと鳴く声が聞こえる。 前世で北朝鮮にいたときに身についた習慣がある。 それがどんな習慣かと言えば、目印をつけておく習慣だ。
地図にも印をつけるが、通路にも印を残しておく。 そうすれば、非常時に地図なしで仲間が隠れ家や目的地に到着できるからだ。
もちろん、人民軍にはバレないように、自分だけがわかる方法で目印を残していた。
周りにある木の枝を少し折って置いたり、大剣で石に軽く印をつけて、近くの目立つ岩の下に投げておくような方法だ。
「見つけた。」
壁の下に積もった葉を横にどけると、地面に扉が現れた。
まるで秘密の坑道のような扉を開けて下に降り、反対側に歩いて扉を開けると、目の前に路地の風景が広がっている。
誰かいるかと思って周囲をキョロキョロと見渡した。
「ふぅ…」
幸い、誰もいない。
私は体についた葉を払って落とした。
この町の甘い夜の香り。
今から私は町を歩き回って…
遊ぶぞ!
&&&
バルコニーから見た通り、夜遅くにもかかわらず、町は明るい光で満ちていた。
さまざまなレンガ造りの家や、お酒を飲んで笑い合っている人たち。
剣や弓を背負って歩き回る人々や、杖をテーブルのそばに立てかけて食事をしている人々まで。
そして何より。
「お兄さん〜、いいことしてあげるよ〜」
体に一枚の布をまとった美しいお姉さんたちが私に手招きしている。
ついて行けば何が起きるかは予想がつくが、今は見物しに来たのであって、そういうことをしに来たのではない。
「今度また来ますね〜」
おいしい香りと焼ける匂いが鼻を突く。
カン、カン—
夜遅くまでハンマーを打っている鍛冶屋。 私は中に入り、商品を見た。
「いらっしゃい。」
鍛冶屋は私を見て挨拶をしてから、再びハンマーを振り続ける。
鍛冶屋では様々な道具を売っていた。
鋤や鎌、鍬だけでなく、鉄製のバスケットまで。
しかし、その中で私の目を引いたのは他でもない武器。 短剣だった。
「おお……」
今まで見てきたどんな短剣よりも、かなり鋭い。
紙はもちろん、鉄でさえも切れそうな感じがするほどだ。
「年も若い小僧だが、見る目はあるようだな。」
良いに決まっている。
前世の半分を短剣や拳銃、ライフルと共に過ごしてきたのだから。
短剣の手入れ方法や、どんな短剣が良いかというのはすでに把握している。
「この短剣、いくらですか?」
「300コッパーだけでいいぞ。」
「300コッパー?」
「どうした? 高いか? 今いくら持ってるんだ?」
思ったより安くて驚いた。
これほど精巧な短剣がわずか300コッパーとは。
だが、話し方からしてもっと安く買えそうな気がする。
「今、200コッパーしか持ってないんですが……」
「200コッパー?」
実は持ってきたお金は3シルバーほどある。
1シルバーが1000コッパーだから、3000コッパーくらいはあるということだ。
考え込んでいた鍛冶屋は、やがてにやりと笑いながら私に近づいてくる。
「よし、特別に割引してやろう。200コッパーでいいぞ。」
「ありがとうございます!」
私がポケットから100コッパーの硬貨を2枚取り出し、鍛冶屋に渡すと、鍛冶屋はその硬貨を着ている革エプロンの中に入れた。
周囲をもう少し見回してみた。
よく考えてみれば、この服装で街を往復するわけにはいかない。
誰かに私服姿を見られて、後で休暇のときに私を見つけて告発されでもしたら大変だから。
少なくとも身を隠せるものは買っておくべきだ。
もちろん、私は隠密にぴったりの服を知っている。
「いらっしゃいませ〜」
鼻にかかった声で若い女性が私に近づいてくる。
今、私が入ってきたのは服屋。
そして、その服屋で私が買うのはまさに…
「これいくらですか?」
私は黒いローブを手に取った。
「お客様、目が良いですね〜。それはアイアン・スパイダーのクモの糸で織られた……」
服屋の女主人が、特に知りたくもないローブの素材を説明し始める。
しばらく聞いていた私は、女主人の話を遮り、ぎこちなく笑いながら尋ねた。
「それで、これいくらですか?」
「あら、私ったら。」
女性は指を1本立てて見せた。
「1シルバーです。」
「1シルバーですか?」
状態の良い短剣が300コッパーなのに、この黒いローブ一着が1シルバーだ。
「はい、さっきも申し上げた通り、かなり良い材料が使われています。特にアイアン・スパイダーのクモの糸は……」
「わ、分かりました。」
説明がまた始まりそうだったので、聞きたくなかった私はすぐにポケットから1シルバーを取り出して手渡した。
「ありがとうございます、お客様〜」
頭を下げてお辞儀する女主人。
私はローブを羽織った。 少し大きい気はするが、それほど不便というわけではなかった。
「これくらいでいいかな?」
フードが付いた黒いローブだし、フードをかぶれば夜には絶対に見えなくなりそうだから、大丈夫だろう。
そうして外に出ようとしたとき、私の目を引いた別の物。
「これはいくらですか?」
私が入り口近くにある箱を指さすと、女主人が笑いながら答えた。
「それは200コッパーです。」
「200コッパー……」
箱の中には様々な動物を抽象化した仮面がたくさん入っている。 ローブのフードで頭を隠してもいいが、もしフードの隙間から顔が見えることもあるので、仮面まで買っていくのも悪くない選択だ。
「隠すなら完全に隠さないと。」
200コッパーならそれほど負担にもならない。
箱を探りながら気に入った仮面を探していると、私は一つの仮面を手に取った。
「これいいじゃないか?」
私が手に取ったのは、虎を象った白い仮面。
「これにします。」
「200コッパーです〜」
私はポケットから200コッパーを取り出して渡し、服屋の外へ出た。
ローブに仮面まで。 これだけあれば、森に入っている途中で見つかっても、私の正体を誰も知らないだろう。
「それじゃ、軽食でも楽しむか〜」
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