伯爵家の子息

街には色とりどりのドレスやチュニックを着た人々、そして鎧や武器を持った人たちまで、多くの人々が行き交っている。 その人々を通り過ぎてしばらく進むと、馬車が到着した場所にたどり着く。私たちエステル家の屋敷を10個合わせたとしても過言ではないほど巨大で手入れの行き届いた庭園、その奥には豪華な邸宅が目に飛び込んできた。


「ここがナルメリス魔法学校なのか?」


大魔法使いナルメリスの名前を冠した魔法学校だ。鉄格子の向こうには庭園を歩く多くの生徒たちと、片隅で魔法を練習している生徒たちの姿が見える。


「アイス!」

「サンダー!」


呪文を唱えると同時に、アイスには青い魔法陣が、サンダーには黄色い魔法陣が空中に描かれ、それぞれの魔法に対応した攻撃が飛んでいく。これからは、私もああいった魔法を使えるようになるのだろうか。実際に学校に到着してみると、前世での戦闘訓練で友人に勝ったときとはまた違った興奮が湧き上がってきた。


「さあ、降りてください。」


私は馬車から降り、前を見据えた。城ほどではないが、巨大な建物が目に入る。


「どちらから来られましたか?」

「こんにちは、騎士様。この方は、アルセルから入学のために来られたエドワード・エステル様です。」

「アルセルと言えば……」


騎士が腕を組んで考え込み、隣にいた別の騎士に尋ねた。


「アルセルって聞いたことあるか?」

「いや、聞いたことないな。」


もちろん知っているわけがないだろう。成長中の村とはいえ、まだ人口が100人しかいない小さな村だからだ。そんな村がこの華やかな街まで知られているはずがない。


「少々お待ちください。」

「はい。」


騎士が学校内に駆け込むと、アルフレッドが再び馬車に乗り込み、馬車を横に寄せて止めた。


「それじゃ、ちょっと……」


私は馬車の後部に座り、夕日に照らされた空の下に見える街の景色を眺めた。


「本当に別世界だな。」


私が住んでいるアルセルの村には、レンガで建てられた建物ではなく、木造の建物がほとんどだ。そこにあるのは雑貨店や肉屋、道具店といった簡単な店ばかりで、人々を宿泊させるための家を建てるために設置された伐採場が村の大部分を占めている。そんな風景を見てからこの景色を見ると、我が家の身分がはっきりと分かる。


「本当に下級だな。」


まあ、それでも下級貴族だからこそ、高貴な貴族の子息たちが受けるような厳しい教育は受けず、幼少期を楽しく過ごすことができた。楽しく過ごしたとはいえ、友達と楽しんだわけではなく、一人で訓練するに留まったが。


「これからは友達を作って、楽しく過ごせばいいだろう。」


声が聞こえ、馬車から降りて前を見ると、いつの間にか騎士が戻ってきて御者席に座っているアルフレッドと話していた。何か話をしているようだが、アルフレッドの表情がだんだん暗くなっていく。しばらくして、騎士との会話を終えたアルフレッドが私に近づき、口を開く。


「坊ちゃん。どうやら今日は一晩、宿屋でお泊まりいただかないといけないようです。」

「宿屋で?」

「はい、すでに他の貴族のお子様たちが多く到着されていて、校内の寮には部屋が空いていないそうです。」

「そうか?」


むしろちょうどいい。明日からは学校の寮で生活することになるだろうが、今日は遅くまで街を見物して回れるわけだ。旅行に来たなら見物は当然しなきゃな。


「申し訳ありません、坊ちゃん。」

「アルフレッドが謝ることはないよ。いいからもう行ってくれ。」

「せめて宿屋まで馬車でお送りします……」

「大丈夫だって言ってるだろ。」

「しかし……」


本当にしつこいな。私は見物したいんだってば!


「本当に大丈夫だから、父に無事到着したと伝えてくれよ。」


迷っていたアルフレッドは、深いため息をついた。


「かしこまりました。もし何か問題が発生したら、ご主人様に手紙をお送りください。私が助けられることなら、この老いぼれ、命をかけても坊ちゃんを守りに……」

「分かった、アルフレッド。分かったから早く行って~」


私はアルフレッドの背を押し、無理やり御者席に座らせた。


「また後でな~」

「ではご無事を。」


馬車が後ろに向かって去ろうとしたその瞬間、カタカタと音を立てて魔法学校の入口に別の馬車が入ってくる。フリルのついた屋根、白く塗られた木材、丁寧にオイルが塗られて輝く車体、そして艶やかなたてがみと毛を持つ白馬が引く貴族の馬車だ。それが入口に到着すると、騎士たちは敬礼をする。


「こんにちは!」


御者席に座っていたタキシード姿の執事が素早く降り、扉を開けると、中から一人の青年が降りてくる。夕日を浴びて輝く金色の整った髪、鋭い目元と長いまつ毛。高い鼻とリップグロスを塗ったように艶のある唇。前世にいたら芸能人をやっても引けを取らなかっただろうと思われるその顔に、白いチュニックの上に赤いベストと金の装飾、ベージュのパンツを穿いた少年が騎士たちを見渡す。


「今日から通う学校か?」


そう言って学校をじっくりと眺めると、片方の口角を上げ、小さく呟く。


「僕が通うにはあまり大きくない学校だな。」


一体どれだけ大きければ大きな学校なのか。私にとっては十分大きいけどな。


彼は後ろにいる私を見て尋ねる。


「君も明日入学する学生か?それともただ見物に来た庶民?」


いつもアルセルでは貴族扱いされていたのに、こんな貴族っぽいやつに庶民なんて言われると、なんかムカつく。


「明日入学する貴族だけど?」

「そうか?どこの貴族だ?」

「アルセル。」

「アルセルなら……アルセル?そんな場所に貴族なんていたか?」


生意気なやつが腕を組んで考え込むと、いきなり手を差し出す。


「まあ、アルセルにも貴族がいるから来たんだろう。よろしく頼む。僕はヘルルアールを治める伯爵家、ネイロア家の次男、ガブリエル・ド・ネイロアだ。」


伯爵家なら、我が家より二段階は上の階級だ。その二段階の差がこれほど大きいとは。


『父が僕をここに送り出した理由があったのか……』


伯爵家がこれくらいなら、一体侯爵や公爵はどれほどのものなのだろうか。


「僕はアルセルの男爵家、エステル家の長男、エドワード・エステルだ。」

「エドワード『・』エステルか……」

「いや、ただのエドワード・エステル。」

「エドワード・エステル?称号はないのか?」

「称号?」


何を言っているのか分からない。


「称号のない貴族はいないはずだが……僕の知識違いか?」


独り言を呟くと、すぐに肩をすくめる。


「何にせよ、よろしく頼むよ。」

「うん。」


ムカつくけど、悪いやつではなさそうだ。


「さあ、中に入ろう。」

「無理だろう。」

「無理だって?」


私は騎士を指さしながら言った。


「あの人が宿舎に部屋がないって言ってたけど?」

「部屋が?」


ガブリエルが目を細めて歩み寄ってくる。


「そんなはずはないが……それは本当か?」

「そ、その……」

「正直に言え。」

「申し訳ありません!騎士団長がアルセルに貴族などいないとおっしゃったので……」


ガブリエルが鼻で笑う。


「貴族がいないだと?知られていない村の貴族は貴族でもないというのか?!」

「私も命令を受けた身ですので、どうしようも……」

「聞きたくない!さっさと開けて、僕とエドワードの部屋を用意しろ!」

「かしこまりました!」


おお、さすが伯爵家。権力があるんだな。それにしてもこいつ、なぜ余計なことをしているんだ?私は街を見物したいんだよ。


「さあ、中に入ろう。」

「え?ああ、うん……」


まあ、伯爵家のお坊ちゃまが好意を見せてくれたから入らなきゃな…


「それじゃあ行くぞ。」

「ええ、坊ちゃん。ご無事で。」


挨拶を終えると、私の耳元で小さく囁く。


「ガブリエル坊ちゃまとはぜひ仲良くなってください!伯爵家と親しくなれば、ご主人様も大変お喜びになるでしょう。」

「考えておくよ。」


こんな生意気な奴と仲良くなったら面倒くさそうだけど、学校にいる間はしばらく役に立ちそうだ。


「さあ!行こう、友よ!」


ガブリエルが自信満々に先頭を歩き出し、私はその後を追って中へと歩き出した。


***


「はぁ……」


ふかふかのベッド、柔らかい毛布。お腹を満たすクッキーやお菓子、さらに水とお茶もあって、暇つぶしに本も揃っている。壁にはパチパチと燃える暖炉まである。 これらは全部この部屋にあるものだが、自分の部屋にはない問題が一つある。それは、部屋全体がカラフルすぎるという点だ。


床に敷かれた赤いカーペット、白い本棚、そして棚に並べられた青や緑、さらには紫の表紙の本たち。ベッドも同様に、白塗りの木製フレームに、金の刺繍が施された青い毛布が掛けられている。 自分の部屋は少し暗めだったが、目が疲れることはなかった。でも、この部屋は天井に吊るされたシャンデリアの明るい光で目が痛い。


「寮もこんな感じなのかな……」


慣れなければならないが、何日過ごしても慣れる気がしない部屋だ。


バルコニーに歩み寄り、外を見渡した。すっかり夜の闇が広がっている。 夜になると暗くなるアルセルとは違って、首都ラブリンスは夜になっても建物が明るく輝いている。


「やっぱり街ってすごいな……」


前世でもそうだったが、この世界でも街の灯りは消えることがない。 最後にいた平壌を除けば、どこも明るかった。


コンコン。


「エドワード、いるか?」


扉の方に歩き、開けるとそこには先ほど宿に入れてくれた少年、ガブリエルが立っていた。


「何の用だ?」


彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言う。


「お前、暇してるだろ?」

「暇だけど……それがどうした?」

「そんなお前に提案がある」


彼がそんな風に得意気になっているのを見ると、何か嫌な予感がする。


「何だよ?」

「探検だ」

「探検?」

「そう、探検だ」


理解できず眉をひそめたまま聞き返す。


「あの案内してくれた人が言ってたこと、聞いてなかったのか?」


案内役が言うには、新入生の安全のため、夜の6時以降は校外に出るのは禁止らしい。 隣にいたガブリエルが聞き逃すはずもない。


「誰が外に出るなんて言った?」

「じゃあ?」

「この中を探検するんだよ」


振り向きざまに手を振りながら答えた。


「いいよ、勝手にやってくれ」

「ちょっ……待てよ!エドワード!話を聞いてくれ!」


ベッドに横たわると、彼も部屋に入ってきて近くのテーブルの椅子を引き、ベッドの前に座った。


「学校に来たからには、誰よりも先を行かないといけないだろ?先を行くには、他の奴らより一歩でも早く動く必要がある」

「だからこの魔法学校の周辺をチェックしようってことか?」

「よく分かってるじゃないか!」

「うん、でもやだ〜」

「何でだよ!」


彼は納得できない顔でこちらを見つめる。 なら、ゆっくりと理解させてあげよう。


「じゃあ一つだけ聞くけど」

「何だよ?」

「ここで建物の構造を覚えておいて、何か得することでもあるのか?」


僕の問いに彼はニヤリと笑う。そして、事前に考えていたかのように答えを流暢に語り始めた。


「構造を知っておけば迷う心配もないし、私たち専用の訓練場を見つけてそこで鍛錬もできる。それに、勉強の際も誰より早く図書館に到着して、存分に本を読んで勉強できるだろう。他にも……」


どうやら利点がたくさんあるらしく、彼の口は止まることがなかった。 だが、それらすべてに反論できる一言がある。


「全て理解したけど、たった半日も先に知ったところで何になるのさ?」


どうせ入学式が終わったら学校側が新入生を連れて校内を案内するだろう。その時点で、他の生徒よりも事前に知ったとしても、睡眠時間も含めて12時間にも満たない時間しか優位はない。 そんな短い時間を知っていたところで、一歩先を行けるわけがない。


「それは……」


彼も反論できないようで口をつぐむ。


「もう一人で探検してきてくれ」

「断固拒否です、伯爵家のお坊ちゃん。私はここまで来るだけで疲れたので、ただ眠りたいんです」 「冷たい奴だな!」


彼は立ち上がり、ドアの方へ向かう。


「俺一人で探検するから、後で『どこか良い訓練場所はないか』なんて聞いてくるなよ!」

「はいはい、伯爵のご子息様。どうぞ他の者より百歩も先に進まれることをお祈りしております」


バタン、とドアが閉まる音がして、ドアの方に顔を向けた。


「やっと行ったか」


探検だなんて、くだらない。 伯爵家の彼ならどこを歩き回っても特に問題はないだろうが、僕はこの学校で最下位の男爵家だ。 すでに入口で部屋がないと嘘までついて追い出そうとしてきたのに、彼について探検などしていて、万が一禁じられた場所に足を踏み入れてしまい見つかってしまったら、すべての責任が僕に回ってきて学校を退学させられるかもしれない。 その状態で家に戻ったら、待っているのは父の怒声だけだろう。


普通に学校生活を送るためには、父との関係も考えなくてはならない。 特にこうした学校では、僕のような末端の貴族は目立たない方がいい。 前世でも色んな人間がいたように、この世界でも色んな人がいるだろう。 特に、こんな身分制度が明確な場所では、慎重に行動するに越したことはない。


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