第41話:なぜなら

先ほど、帝城宛てに一通の封書が届いた。

差出人はセル侯国に潜らせていた密偵。

この時期に送られてきた時点で、何か嫌な予感がしたが、その予感は見事に的中してしまった。


大会議室にて。

巨大なテーブルの上座には女皇が鎮座しており、下座にかけて大臣や軍幹部等がズラリと並んでいた。


「セル侯め……我らが帝国を裏切りおって……」

「最近あの国ではエルドラド教徒が急激に増えていると聞く。それも関係している可能性が高い」

「やはり禁教令を出しておくべきだったのでは?」

「それこそ愚の骨頂よ。そんなことをすればエルドラド皇国だけでなく、大陸中のエルドラド教徒達を敵に回すこととなる」


大陸四強、西のエルドラド皇国。

皇国民のほとんどがエルドラド教という宗教を信仰しており、国のトップは教皇と呼ばれる。


今回寝返ったのは、皇国と帝国のちょうど中間に位置している、セル侯国という中小国家である。本来セル侯国とエルドラド皇国の国境付近には戦線が張られており、長年睨み合いが続いていたのだが、侯国が寝返ったとあらば、新たに戦線を張り直さねばならない。


宰相が軍幹部に問う。

「戦線に赴いていた帝国兵達は?」

「情報は何も届いておりません。おそらく……」

「皇国兵と侯国兵に挟み撃ちにされた可能性が高いか……卑怯な真似をしおって……」


「イリス陛下。直ちに軍を向かわせる必要があるかと存じますが、いかがなされますか?」

「……皇族軍を動かすのは時期尚早。代わりに大貴族軍を向かわせたいところだが、これも対して効率が良いとは言えぬ」


大貴族軍はその名の通り大貴族が所有する軍の事で、現在女皇の命により、一軍につき一つずつ重要な戦線を任せられている。どの国が寝返るかわからない今の状況では、できるだけ大貴族軍も動かしたくはない。


しかしこれには例外が存在する。

「現在帝国の大貴族軍の中で一つだけ、手の空いている軍が存在しておりますな」


宰相の発言を聞いた幹部等はざわついた。

「まさか……グレイス辺境伯軍か?」

「あの不動のグレイス侯を?」

「そもそも要請に応じるのか?前回は拒否されたはず」

「現在貿易港を建造している最中だと聞いたが」

「ではなおさら……」

「まったく帝国貴族らしからぬ男よ」

「陰口を叩いても貴殿の食卓に並ぶ皿が減るだけだぞ。口を慎め」

「くっ……」


会議が騒がしくなってきたため、宰相がコホンと咳をし静寂を取り戻した。

「して、どうなされますか?陛下」

「グレイス辺境伯軍及び、その周辺の貴族軍に要請しろ」

「承知致しました」


「「「「「「!?」」」」」」

皆驚いた表情をしているが、かの女皇に意見できる者など存在しない。


(本当に大丈夫なのか?)

(もしこれが失敗すれば、最悪敵の前線が帝国まで押し上げられてしまう……)


「皆の者、安心しろ。グレイスは必ず動く」

女皇のそのひと言は大臣幹部等全員に響き、テーブル上に積もっていた不安がいつのまにか消え去っていた。


(そうだ。陛下がおっしゃるなら問題ない)

(何か確証を持っておられるのだろう)

(一瞬でも女皇陛下の決定に疑問を持つなど、あってはならないことだ)


そして。

「ここに最終命令を下す。グレイス辺境伯及び周辺貴族に出軍を要請しろ。また我が国と侯国の国境に、新たに"西方戦線"という名の陣を張る。今すぐセル侯国を落とし、直ちに奴等の領土を奪い取れ」


「「「「「「はっ‼︎」」」」」」




それから時が流れること約一週間。

アードレンにも早馬で要請が送られたため、すぐに出軍準備が整えられた。もちろん、グレイス騎士団長シャーロットは部下を全員引き連れ、いち早くグレイス辺境伯家に戻った。


リュウは以前からこうなることを予想していたので、誰を残し、誰を連れていくかを予め考えておいた。


今回戦争に参加するメンバーは……


スティングレイが振り返り、後方に控える騎兵を確認した。

「えーっと。リュウ様と私と、騎兵百名……これだけですか?ちょっと少ない気が……」

「まぁ大丈夫だろ。シルバ達は引き続き港町の建造を、ディランは領の安全確保をしてもらわないと困る」


グレイス騎士団の面々が次いつ帰ってくるかわからないので、それまではアードレンの人材のみで進めなければならないのだ。


ちなみにミミは現在絶賛進化中なのだが、さすがに勇者と戦わせるには未熟だと思われるので、今回は泣く泣くお留守番となった。


そして今、出立の時。

シルバがリュウに詰め寄った。

「リュウ様。スティングではなく、やはりこの私が」

「すまんな、シルバ。このメンバーが一番効率が良いんだ」

「ですが……」

「安心しろ。お前の娘は俺が守ってやる」


「え、私が守る方では……?」


この仲良し親子騎士はさておき、左を向くと……


「もし命を落とそうものなら、必ず天国まで説教しにいくからね。わかった?」

「お兄ざまぁぁぁぁ。死なないでぇぇぇ」

「リュウ様。どうか、どうかこの老耄も連れて行って下さいませ……!」


なぜか怒り心頭な母に、この世の終わりを迎えたような妹。そして過保護爺。


皆リュウなら問題ないことはわかっているが、いざ戦争に参加するとなれば、やはり家族として心配が勝るのだろう。


「ほら、泣くな。レナ」

「だってぇぇぇ」

「受験までには必ず帰ると約束する」

「約束……?ほんと……?」

「ああ。約束だ」

「じゃあ待ってます……グスン」

「よし、良い子だ」

リュウはレナの頭を目一杯撫でた。


アードレンの当主は最後に、この場にいる者達全員に語りかける。ダラダラと長い演説ではなく、短い言葉。


「まずは共に戦場へ赴いてくれる騎士達。戦争が終わるまで、ずっと俺の背中だけを見て、俺だけについて来い」

「「「「「はっ‼︎」」」」」


「次は見送りに来てくれた家族達。俺が必ず全員生きて帰らせる。だから安心してここで待っていろ」

「「「「「はい‼︎」」」」」


だが依然として皆の表情は曇ったまま。

そんな様子を見て、リュウは優しく微笑んだ。


「たまには俺に全部任せてくれてもいい。


 なぜなら俺は…………………














 …………"誰よりも強い"から」














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