第40話:グレイス騎士団長

リュウが最初の数日間だけ現場監督を務めたこともあり、駐屯地は二週間でほぼ形となった。あとは水回りなどのインフラを整えれば完成なので、グレイス辺境伯への書簡をしたためた。グレイス騎士団の移動時間などを考慮すれば、タイミング的に丁度だろう。ちなみにサポート役の元マンテスター民達は、そのまま森側に回された。アードレン騎士団、グレイス騎士団、そして凄腕狩人集団が付いているので、安全性に問題はない。


当初の計画では、今から約一年後に輸送船の進水式を行う予定だったが、このまま順調に進めば十ヵ月以内には終わりそうである。


そして計画が本格的に始動してから二ヵ月が経過した。すでに森の街道工事は完了し、現在港町予定地の地面を舗装しているところだ。


この二ヵ月間、リュウは特にやることが無かったので、毎日いち早く書類仕事を済ませ、レナに付きっきりで魔法と座学を教えていた。何を隠そう、帝立学園の試験まであと少しなのだ。


「受験まであと三ヵ月ですね……」

「首都までの移動時間をひけば実質あと二ヵ月だな。まぁ馬車の中でも勉強できんこともないが、やはり効率は落ちる」

「一応早めに到着できれば借家で復習できますから、あまり心配はしてないです」

「本当はデカい屋敷を買ってやりたかったんだが……すまん」

「いえいえ!家があるだけで嬉しいですから!いや本当に!」


レナは入学後、学生寮で生活する予定なのだが、そもそも試験に合格しなければ寮には入れない。そのため首都に到着してから合格発表の日までは、リュウが臨時で借りた家に住むことになっている。彼が今言ったように、一帝国貴族としては首都に屋敷を持っておくに越したことは無い。だが今のアードレンの財布では厳しいのだ。ちなみに宿屋は周囲がガヤガヤしていて勉強に適さないので、真っ先に候補から外された。


その翌日。

計画の言い出しっぺなのに、まだ一度も港予定地に赴いていないというのは少々問題なので、リュウは愛馬に乗り森の街道を走っていた。


「いい出来栄えだ。走り心地はどうだ?アクセル」

「ブルルル」

「そうか」


街道には一定の距離感で魔物除け魔道具が埋め込まれているので、基本的に魔物が襲撃してくることは無い。ではなぜ千里馬という種の魔物であるアクセルは、何の支障もなく街道を走れているのかという疑問が当然生まれてくる。


「そういえば何でアクセルは平気なんだろうな、魔物除け」

「ブルル」

「やっぱわかんないよな」

(主人と従魔の回路が繋がっている事が関係しているかもしれないし、そもそも魔物除け魔道具がそういった欠陥を抱えている可能性だってある。挙げ始めればキリがない)


リュウを含めたテイマー達にとっては、どちらにしても万々歳である。

(こういう恩恵は何も考えずに享受するのが一番かもな)


しばらく街道を進めば、ようやく港予定地が視界に入った。

街道のずっと先が大きく開かれており、その奥では職人たちがせっせと働いている。

そのまま入り口に向かおうとしたところ……。


「アクセル。右から何か来るぞ」

「ブルル」


森の中から騎兵が飛び出し、並走してきた。

「そこの少年、止まりなさい。この先は立ち入り禁止区域です」

全身鎧を着ているため顔は見えないが、声質的に女性であろう。


リュウは騎士の鎧に刻まれた紋様を確認する。

(グレイス騎士団の者か。それにこの魔力量に覇気。コイツはもしや……。よし、少しお手並み拝見といこう)


「アクセル、お前の速さを見せてやれ」

アクセルはギアを一段階上げた。


「なっ!待ちなさい!」

それでも騎馬は食らいついてきた。

(ほう。アクセル相手になかなかやるじゃないか。だが……)


「アクセル」

「ブルル」

ギアをさらに一段階上げた。


「まだ速度が上がるのですか……!」

リュウと騎士の距離は離れるばかり。

「仕方がありませんね。すみません、少年」

(少しばかり痛い思いをしてもらうことになりますが……これしか方法はありません)

騎士は離れていくリュウの右肩目掛け、槍を投擲。


槍は風を切りながら突き進む。

(よし、これで……)


しかし、右肩に命中する直前。

「アクセル。左に半歩」

「ブルル」

最低限の動きで軽々と回避。

的を無くした槍は重力に逆らえず、地面に斜めに突き刺さった。


「はい……?」

(後ろに目でも付いてるんですか?)


そして。

アクセルは入り口の柵を飛び越え、舗装済の地面に着地した。

「リュ、リュウ様⁉」

「おい、お前等‼うちの大将がお見えになったぞ‼」

職人が声を上げたことで、皆仕事を中断し、リュウの方へ向かおうとする。


だが特に言うことも無いので、

「仕事を中断させてすまなかった。俺の事は気にせず、持ち場に戻って作業を続けてくれ」

「「「「「はっ‼」」」」」


アクセルから下馬すると同時に、後ろから先ほどの騎兵がやってきた。

「衛兵!そこの少年を捕らえなさい!」

「捕らえるって……リュウ様を、ですか?」

「ん?リュウ様?まさかこの少年は……」


リュウはようやく真面目に戻った。

「アードレン男爵家当主、リュウ・アードレンだ。お初にお目にかかる、グレイス騎士団長」

「こ、こちらこそよろしくお願いいたします……アードレン男爵様。私はグレイス騎士団長のシャーロットと申します」


先ほどチェイスした騎兵は、実はグレイス騎士団長だったのだ。リュウは当初、グレイスの騎士団長はいかついオッサンだと勝手に想像していたのだが、その予想は見事に外れた。


「あの、先ほどは失礼いたしました。罰はいかようにも……」

「いい。制止を振り切ったのも、喧嘩を売るように速度を上げたのもこっちだからな。謝るなら俺の方だ。すまなかった」

「そ、そんな男爵様が頭を下げるなど!」


今回に関してはリュウが完全に悪く、シャーロットは被害者側である。


「てなわけで、結構優しいんだな、シャーロットは」

「切り替えが早いですね……。優しいも何も、槍を投げてしまったのですが……」

「でも俺の肩を狙っただろ?お前なら頭でも心臓でも狙えたはず。それにかなり手加減して投げてくれたよな」

「すべてお見通しというわけですか」


ここで。

「あ、兜を被ったままでした!不躾で申し訳ございません!」

「気にするな」

(なんだろう……どこかの銀髪騎士と同じ息吹を感じる……)


シャーロットは兜を外した。

すると中から非常に見目麗しい女性が出てきた。


周囲のアードレン騎士達はその姿にボーっと見惚れている。ついでにグレイス騎士等の眼もキマっている。

(なんと美しい……)

(女神だ……)

(何度見ても惚れ惚れする御尊顔)

(控えめに言って結婚したい)



「あまり兜は外さないのか?」

「普段は着用したままです。理由はわからないのですが、よく視線が集まるので……」

「あー、鈍感なタイプか」

「ん、何かおっしゃいました?」

「何も」


いそいそと兜を被り直すシャーロットを眺めつつ、リュウは考える。

(でも強いなら別にそこまで困ることは無いか。この女騎士、うちのシルバよりもよっぽど強いだろうからな。まぁグレイス辺境伯軍のトップなのだから、当たり前と言えば当たり前か)


ちなみにシルバはまだ来ない。声が届かないほど離れた場所で作業を行っている職人の護衛でもしているのだろう。


「リュウ様、一つお尋ねしたいことがありまして」

「懺悔としてなんでも答えよう」

(まぁ気になるよな、相棒アクセルのこと)


「先ほどはどのようにして背後から迫る槍に気が付いたのでしょうか」

「……」

(そっちかい)

リュウは思考をフルスロットルで回し、上手い言い訳を考える。


結局、絞り出した答えは……。

「風が教えてくれたんだ」

「……風?」

「ああ、風だ」

(やっちまった)


わけのわからない回答を聞くやいなや、シャーロットは何やらブツブツと唱え始めた。

「風?もしや風の精霊でしょうか。いえ、精霊はエルフ族にしか認識できない筈です。まさか……」

彼女はリュウをチラリと見た。

「俺は純粋な人族だぞ」

「では風属性の感知系魔法でしょうか。聞いたことがありませんが、この世界は広い……」

もう一度チラリと見た。

「風魔法は苦手だ」

「風と言えば他にも……」ブツブツ


リュウは思わず、近くに立っているグレイス騎士に問う。

「なぁ、あれで大丈夫なのか?」

「シャーロット様は普段はこんな感じですが、辺境では間違いなく最強の武人ですし、軍の指揮能力もずば抜けていらっしゃいますので」

「戦争の時にこれほど頼りになる存在はいないな」

「ええ。おっしゃる通りです」


「風、風……ハッ!まさか、風の魔道具で……?」

そして再びリュウを見た。

「うちは貧乏だから、そんな高価なものは買えん」


「すみません、アードレン男爵様。うちの団長のせいで変な事ばかり言わせてしまって」

「楽しくていいじゃないか」


この後シルバやミミとも合流し、しばし会話に花を咲かせた後、リュウは屋敷に帰った。





その頃、帝城では。

「女皇陛下。先ほど、セル侯国に潜らせている密偵から一通の封書が届きました」


セル侯国とは、西のエルドラド皇国と帝国の間に位置している、帝国の同盟国である。


「……」

女皇は無言で受け取り、目を通す。

すると元々迫力のある顔がさらに強張っていき、圧倒的な覇気が全身から湧き立ち始めた。

常人は立っていられないほどのオーラ。

(セル侯め……やりおったな)

そのまま封書を握り潰し、床に投げ捨てた。


そして。

「大臣と軍幹部を呼べ。これより緊急会議を執り行う」

「はっ!」

女皇は強い足取りで大会議室へと向かった。


そして、通路の窓から外を眺める。

「世はしばらく大荒れ……か」

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