第39話:民衆の心

「……と言うとでも思ったか?」

リュウは謝罪すると見せかけ、再び顔を上げた。普段温厚な彼にしては珍しく、他人を見下すような目をしている。


「なんだ、その態度は‼」

「犠牲者に申し訳ないとは思わないの⁉」


「思ってるさ。“旧アードレン民の犠牲者”にはな」

「「「「「⁉」」」」」


現在のアードレンはマンテスターを併合し、面積も人口も二倍ほどにまで膨れ上がったため、以前とは全くの別物となる。そのためわざわざ“旧”を強調したのだろう。ここに彼等のような元マンテスター民は入っていないのだ。


旧アードレン民は前当主の圧政にも耐え続け、それでもアードレン男爵家を見捨てることなく、戦争の際も全力を尽くしてくれた。リュウからすれば、本当に頭が上がらない思いだろう。毎日つまらない書類仕事だの会食だのを嫌な顔一つせずに淡々とこなしているのは、彼らに報いるためでもあるのだ。


「まず戦争を仕掛けてきたのは一体どこの貴族領だ?ほら、言ってみろ」

「……マンテスター」

「それもわざわざうちが弱ってる時を見計らい、嬉々として宣戦布告してきたよな?」

「「「「「……」」」」」


「ここにいる旧アードレン民から見れば、お前等はただの元侵略者なんだよ」

職人やディランを含めた護衛騎士達は、やはり内心いろいろと思うところがあったのか、小さく頷いた。


「言い方が悪いぞ!それでも領主なのか!」

「黙れ。馬鹿な元侵略者共は想像力も欠如しているようだな」

リュウは一息置いた。


「万が一うちが負ければどうなったと思う?きっとマンテスター男爵の事だ。どうせアードレンの美女をかき集めて奴隷にするつもりだったのだろう。それ以外も皆馬車馬の如く働かされ、一生搾取される未来が決定されたようなもの。なぜなら帝国法では、奪い取った領地を植民地のように扱っても許されるからだ。ここは辺境の地。帝国民は誰も興味なんてない。尚更やりたい放題だろうな」


「もっと解像度の高い話をしよう。基本的に負けた方の貴族や軍幹部は全員処刑される。つまり俺と後ろの副団長は最優先の処刑対象となる。うちはやらなかったが、わざわざ広場で公開処刑を行う趣味の悪い貴族もいると聞く……」


「またうちの母と妹は贔屓目無しに別嬪だ。もし薄汚いマンテスター男爵に捕らえられ場合、二人は一体何をされたと思う?死ぬ方がマシだと思えるような屈辱を味合わせられるのが目に見えているだろう」


「今述べたすべての可能性を背負いながら、俺達アードレン貴様等マンテスターを返り討ちにしたんだ。地べたを這い、泥に塗れ、血反吐を吐きながら大きな勝利を掴み取ったんだよ。元侵略者共に俺達の気持ちがわかるか?なぁおい、何か言ってみろ」

「「「「「……」」」」」

旧マンテスター民は先ほどの勢いを無くし、何も言い返せなかった。


「実際アードレンはお前等を奴隷のようにコキ使うことだってできる。だがそんな事はしなかったし、これからもする予定はない。それどころか犠牲者の遺族に、こうやって新たな職を斡旋してやっている。実はマンテスター騎士に親族を殺されたアードレン民達から、“待遇が優しすぎる”とクレームが上がっているほどだ。ここまでされて、よくそんな横柄な態度がとれるもんだな」


「お、俺達だって、好きで宣戦布告したわけじゃない!」

「そうだそうだ!あれは全部マンテスター男爵様が始めたことで……」


「じゃあ戦争が決まった時点で領を出ればよかったじゃないか。身内が騎士なのであれば、冒険者でも傭兵でもやって生計を立てられるだろうに。まさかアードレンに勝てば後々美味しい汁を吸える、とか思ってたわけではないよな。なぁ、ディラン」

「話によれば宣戦布告した時点で、元マンテスター領内では完勝ムードが流れていて、またそれを聞きつけた商人達で宿屋は大盛況だったらしいですよ」

「……だそうだが?」


「「「「「……」」」」」

完全に図星を指された民達は、今度こそ意気消沈し俯いた。これでも反論できるのなら、大したものである。


「しかし」

まだ正論攻撃が続くのかと考えた民達は、さらに顔色を悪くした。

「そんな恨み辛みを、今ここで全て帳消しにしよう」

「「「「「⁉」」」」」


「ほら、顔を上げてここにいる職人や騎士達の顔を見てみろ。完全に気が晴れたわけではないが、全員次へ進もうとしている。現在で言えば森の向こうに港町を造ろうと、力を合わせて奮闘しているんだ」

その通りだと言わんばかりに、職人や騎士達は強く頷いた。

「おうよ」

「男爵様のおっしゃるとおりだぜ」

「俺達を舐めてもらっちゃあ困る」


「こんな恵まれた状況に置かれておいて、お前等はまだ俯き怨念を吐き続けるのか?」

と問いかけると、彼等は少しずつ口を開き始めた。

「違う、俺は憎まれ口を叩きにきたんじゃない」

「そうよ、私だって足を引っ張るためにきたわけじゃ……」

「俺も骨を折って働きにきたんだ」

「私だって……」


「それでも俺の下で働きたくない者は、今すぐ帰って貰って構わない」

当初あれだけ喚いていた人々は、結局誰も踵を返さなかった。


リュウはパンと手を叩き、

「よし。では今からグレイス騎士団が宿泊するための駐屯地造りを行う。皆直ちに持ち場に付け」

「「「「「はっ‼」」」」」


長い演説を経て、ようやく作業が始まった。


「さすがですね、リュウ様は。民衆の心を掴むのが本当に上手い」

「半分くらいは嫌味だったけどな」

「それでもすごいですよ。誰でもできる所業じゃありません」

「褒めても何も出ないぞ」

「普通に感心してるだけですって……」


リュウはせっせと働く者達を眺めながら呟く。

「そういえば、そろそろ“アレ”の時期だな……」

「アレって何です?」

「例の情報が、帝城から洩れ出る頃だ」

「あ〜、勇者の」


リュウはあれから詳しい情報を掴んでいないが、万が一未だに帝国が勇者召喚技術を確立できていない場合、他国から送り込まれたスパイが不審に思い、自国に情報を流し始める頃だろう。要するに……


「戦争が近いかもしれませんね」

「ああ」

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