第36話:緋髪と金髪
リュウとグレイス辺境伯の面会日から約一週間後、首都ウィールに聳える帝城の一室にて。
圧倒的なオーラを放つ緋髪の女性と、白衣を着た怪しい金髪ロリが対談していた。
「イリス陛下。ご無沙汰しておりますなのじゃ」
「久しいな、エステル。無理に敬語を使わなくてもよいぞ」
「ではお言葉に甘えさせてもらおうかのぅ」
「まずはよく来てくれた。その褒美に皇室お抱えのパティシエに作らせた菓子をやろう」
「ぬぉぉぉぉぉ‼久しぶりの甘味じゃぁぁぁぁ‼」
女皇は普段誰かと対談する際は必ず近衛騎士をつけるのだが、目の前で菓子を頬張る金髪のじゃロリとはかれこれ十年以上の付き合いがあるため、今回は二人のみだ。また今日は話す内容も内容なので、護衛は余計邪魔となる。
「して陛下。今日はどんな用件で儂を呼んだのじゃ?」
「長寿である其方に一つ尋ねたいことがあってな」
エステルはただならぬ雰囲気を感じ取り、ゴクリと生唾を呑んだ。
「勇者の召喚方法について、知っている限りの情報をすべて教えてほしい」
「勇者の召喚方法……?まさか!?」
(アストリア帝国は勇者の召喚技術を消失しているのではあるまいな???)
女皇は溜息を吐いた。
「残念ながら、そのまさかだ」
「なんと……」
「ちなみに消失事件が起きたのは七代前のこと。ゆえに文献すら残されておらぬ」
「この殺伐とした世界情勢の中、四強の一つである帝国が勇者を召喚できないとなれば逆にバランスが崩れてしまうのぅ。面倒事の匂いがプンプンするわい」
「その通り」
四強すべてが勇者を召喚した場合、軍事力はほぼ均等となり、同盟国の鞍替えなども起こらないため、今まで通り睨み合いを続けることとなる。しかしこの事実が公になれば、三強は真っ先に帝国の同盟国に使者を送り、どうにかして自陣に取り込もうとするだろう。その程度で帝国を見限り他の三強につくわけがない、と思うかもしれないが、勇者とは魔王を討った特別な存在であり、長らく伝説として語り継がれているため、その名の効果は想像以上に絶大なのだ。決して油断はできない。
帝国はいくつもの国と同盟を結んでいるわけだが、たとえそのうちの一国が寝返っただけでも、必ず制裁戦争を始めなければならない。
要するに"もし裏切ったら、このような形で叩き潰すぞ?"と他の同盟国に圧力をかけなければならないのである。
「う~む。確かエルフ村の長老は、魔法陣がなんたらとか言っていた気がするのぅ。かなり昔のことじゃから、あまり覚えておらんのじゃ。すまんの、陛下」
「気にするな。それよりも魔法陣か……帝城内にいくつか消えかけの魔法陣がある」
「そのうちの一つが勇者召喚の際に使われた魔法陣かもしれないのぅ」
「ふむ、参考になった。感謝するぞ、エステル。何か褒美をやろう」
「いいのじゃ、いいのじゃ。儂だっていつも陛下にはよくしてもらっとるからな。それだけで十分じゃよ」
「ではあとで最新の魔導具を送っておく」
「いらないと言っておるのに……」
「菓子折りも送ろう」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ‼」
と、その時。誰かが扉を叩いた。
「陛下、対談中に申し訳ございません。グレイス辺境伯様から書簡が届いております」
「構わん。そこに置いて行け」
「承知致しました」
文官はすぐに立ち去った。
おそらく、辺境伯から送られた手紙は直ちに届けるよう命令を受けているのだろう。でなければ、即座に首を切られてもおかしくはないほどの愚行である。
女皇は封を開け、一瞬だけ文面に目を通した。
「エステルよ。せっかくだ。其方もみてゆくがよい」
「本当に見てもよいのか?機密じゃろうに」
「よいよい。其方の知った名が記してあるぞ」
「ほう‼ではお言葉に甘えて……」
エステルは書簡を覗き込み、じっくりと読み進める。
「リュ、リュウじゃと!?そういえば、あ奴にエリクサーを渡した際、陛下と会ったなどと言っておったが……」
女皇は口を開かずに若干口角を上げた。
「やはり事実であったか……」
エステルが読み終え顔を上げたタイミングで、女皇は問う。
「主にグレイス・アードレンの共同事業計画について綴られていたが、其方はどう考える?」
「首を縦に振るしかないじゃろ、こんなの」
「くっくっく……同感だ。リュウ・アードレンに封書を送る前は、正直成功確率は半々だと考えていた。ところがどうだ?実際に帰ってきた答えは……ただ軍を動かすだけでなく、余の暗黙のニーズにも答え、同盟国に強い楔を打ち込もうとしている。さらにはアードレン・グレイス・そして余の懐までもが長期的に潤うような施策まで準備した。それもたったの数日で、だ」
「リュウは一体何者なのじゃ……?」
「まるで
その後、件の計画について少々話し、二人は部屋を出た。
「では今日はこれで解散としよう」
「いやはや、とても楽しい時間だったのぅ」
「また呼んでもよいか?」
「儂は基本暇じゃからいつでも駆けつけるぞい」
「フッ。期待している」
「エステルよ、最後に……」
「?」
「先ほど勇者云々などを述べさせてもらったが、余は……いや、帝国は負けぬぞ……絶対にな」
「!?」
その迫力たるや、覇者そのもの。
そう。帝国には勇者がいなくとも、女皇が創りあげた帝国魔術師がいる。他の三強に召喚されたばかりの、まだ右も左もわからないような勇者と違い、帝国魔術師等の実力は折り紙付きであり、さらには彼等全員が、女皇に心臓を捧げるかの如く心酔している。
女皇の指揮するアストリア帝国は何よりも恐ろしい力を秘めており、
それに忘れてはいけない。
帝国にはこの男がいるのだ。
その男はちょうどいいサイズの壺を優しく撫で回していた。
「あの~、リュウ様。そこで一体何してるんですか?」
「レナの頭を撫で撫でする練習だ」
「えぇ……」
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