第34話:グレイス辺境伯
リュウとアクセルはその日の正午には領境の関所に到着し、グレイス辺境伯領に入った。ちなみに女皇の密偵はすでに関所から姿を消していた。左遷されたのならまだしも、もし解雇されたのであれば若干気の毒である。なぜなら相手はあのリュウだったのだから。
グレイス辺境伯領に入り歩みを進めれば、すぐに小麦畑が視界に入る。辺境伯家はここら一帯の大平原を主な領地としており、広大な面積の畑を所有しているため、小麦以外にも様々な農産物を生産している。もちろんそれらは商人ギルドを介して帝国中に輸送されており、グレイスに食卓を支えられている……というか依存している貴族領はかなり多いと言える。
そのためグレイス辺境伯領は別名、“帝国の食料庫”とも呼ばれている。簡単な話、辺境伯に頭の上がる貴族はほぼ存在しないのだ。グレイスがあまり中央との関わりを重視していないのは、そういう一面で独自の地位を築いているため、特に気にする必要が無いというのが大きい。
リュウとアクセルの目の前には、件の黄金畑が広がっていた。現在収穫時期のため、前回と違い、全身が麦の匂いに包まれる。
「相変わらずの壮観だ。香りも心地いい。つまみ食いしちゃダメだからな?」
「ブルル……」
日が暮れる前には、辺境伯が居を構える第一都市に到着し、宿を確保した後、二人で食べ歩きをした。ここの屋台飯はアクセルの舌にかなり合っていたらしく、端から端まで食べつくしていた。最近リュウの懐は潤っているので、金銭面での心配は特にない。満足な様子で二人は宿に戻ったのだった。
その翌日。
リュウはグレイス辺境伯の屋敷の前まで来ていた。
「そこの君、止まりなさい。ここへ何をしに来た?」
「アードレン男爵家の当主として、グレイス辺境伯と面会をしに来た。衛兵ならば、事前に上から通達されているはず」
と言い、貴族紋を見せる。
「これは失礼致しました。ご案内しますので、こちらへどうぞ」
リュウは巨大な門を潜り、衛兵の案内の下、奥の屋敷へ向かった。
(この方が最近話題のアードレン男爵だったとは……まだ十四歳らしいが、背丈は大人と同等で、雰囲気は完全に貴族のそれだな)
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
門が巨大であれば、屋敷はそれ以上に巨大なのであって。
「でっか……」
「我ら自慢の御屋敷でございますので」
「もうここを拠点にして、一つの国作った方が良いんじゃないか?」
「ふふふ。御冗談を」
屋敷に足を踏み入れ、まず階段を上り、長い長い廊下を歩けば。
「グレイス辺境伯様は現在この部屋でお仕事をされております」
「わかった」
コンコン。
「閣下。アードレン男爵がご到着なされました」
「入っていいよ」
「はっ」
衛兵が扉を開けてくれたので、中に入った。
そして。
「お初にお目にかかります。グレイス“候”」
「こちらこそ、アードレン男爵」
そこには、三十代前半ほどの穏やかなイケメン男性の姿が。
今回はこちらから申し入れた公の面会なので、リュウはいっそう丁寧な言葉遣いで臨むことにした。
「まずはソファに座ってもらえるかな?」
「失礼します」
それに従い着席した。
(想像よりも若いな。容姿や口調は優しそうだが、瞳は他貴族とは比べ物にならないほどに鋭い。さすがは帝国の
「今想像よりも若いな、と思ったでしょ?」
「はい。不躾ながら」
「いいよ、全然。でも君には言われたくはないかな。だってまだ十四歳でしょ?」
グレイス辺境伯は苦笑いをした。
「そういえば、かなりしっかりしているんだね、アードレン男爵は」
「特段そんなこともないかと」
「開口一番で思ったよ、『この子は賢いな』って」
リュウはグレイス辺境伯を“グレイス候”と呼んだ。帝国では辺境伯の爵位は侯爵と同等なため、“グレイス伯”と呼んでしまえば不敬に当たるのである。それを弁えていない貴族は割と多いので、辺境伯は内心リュウに驚いていたのだ。
「まぁ戦争を指揮し尚且つ勝利まで導いたのだから、今更褒められてもしっくりこないか」
「いえいえ。勝利できたのはあくまで兵士達が頑張ってくれたおかげで、俺はただ後ろで見てただけですから」
「謙虚な所も高ポイント。やっぱ似てるね、僕たちは」
今代のグレイス辺境伯は十九歳という年齢で継いだため、同じく十代のうちに当主になったリュウに若干の親近感を覚えているのだ。
「恐れ多いです」
「う~ん。ちょっと口調が堅いよ、アードレン男爵。もっと崩してもいいよ?隣領なんだし」
「では遠慮なく」
(隣領ならいいんかい。なんなんだ、その謎理論は)
「素直な所も高ポイントだね。ついでにリュウ君って呼ばせてもらっても良いかな?」
「あ、はい」
滑り出しは成功のようだが、ここで少しだけ辺境伯の雰囲気が変わった。
「で、今日は一体どんな用件でここへ来たんだい?」
「最近のグレイス辺境伯領の食料事情に関して、少し提案したいことがありまして」
「ほほう」
「ここ数年の間で、グレイスの農産物の生産量が大幅に増加しましたね。特に小麦」
「よく知ってるね」
「今帝国で消費される小麦のほとんどがグレイス産ですから、このままでは国内自給率が100%を超え、それに比例して値段も価値もどんどん下がっていきますよね?」
「その通り」
「それではシェアを独占している意味は薄くなるので、100%になった時点で帝国市場における小麦の流通量と値段を固定し、余った分を高級ブランド小麦として同盟国なり何なりに高く売りつければいいんじゃないかと思いまして」
「それは僕も考えたさ。うちの小麦は大陸でもトップクラスだから、たとえ低品質のものを売っても、そこそこの値段で捌いてもらえるだろうね。でも他国に輸出する場合、ここからの運搬費やら関税やらを考慮すると、そこまで美味しくないんだよ。商人ギルドにも頼んでみたけど、断られてしまったんだ。なにせうちは大陸最南のド辺境だからね」
「もちろん、それを全て理解した上で提案したんです」
「……どういうことだい?」
「アードレン領の南西に森があって、そのさらに向こう側には海岸があるじゃないですか」
「確かにあるね」
「うちと協力して、そこに貿易用の港町作りませんか?」
「!?!?」
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