第33話:愛馬と共に
ある日の早朝、リュウとセバスは屋敷の庭で。
「本当にお一人で向かわれるのですか?」
「ああ。たまには一人行動したい気分なんだ」
「そうですか。リュウ様なら問題ないとは思いますが、念のため魔物や賊にはご注意を」
「おう。そっちも俺が留守の間、屋敷を頼むぞ」
「お任せください」
「じゃあそろそろ出発するか。今回も頼むぞ、アクセル」
「ブルルル」
リュウは愛馬に跨り出立した。
先日女皇から封書が届いた。その内容は、今後予期される戦争に際し、予め辺境伯に取り入ってほしいという旨であった。リュウは届いた当日に、グレイス辺境伯との面会の申し入れを綴った書簡を作成し、早馬で辺境伯家に送った。結果、一応アポは取れたものの、面会自体は数週間後となった。現在は小麦の収穫時期なため、辺境伯も多忙なのだろう。
そして件の面会日が明日である。
ちなみに女皇の手紙はすでに暖炉で燃やしたので、情報が洩れる心配はない。
「ブルルル」
「ん?わかった。時間は十分あるから、のんびり行こう」
アクセル曰く、あそこの野原に生えている草が美味そうなので、つまみ食いしたいらしい。二人は従魔契約を交わしているため、言葉や仕草を使わなくとも、互いの考えている事が大体把握できるのだ。
アクセルは少々道を外れ、野に生い茂る植物をムシャムシャと頬張った。マイペースなのは主人譲りだろう。ちなみに以前説明したが、アクセルはただの軍馬ではなく、千里馬という魔物なのだ。体格も体力も一般の軍馬より圧倒的に優れているわけだが、それ以外にも大きく異なる点が一つ。アクセルは雑食なのである。基本的に人間が食べる物はすべて胃袋に入れ、栄養に変換できるのだ。
「なぁアクセル」
「?」
「草ってそんなに美味いもんなのか?」
「ブルルル」
「へぇ~」
どちらかと言えば肉の方が上だが、植物は肉とはまた別のベクトルの美味さを持ち合わせているらしい。人間の味覚とほぼ一緒である。
「いっちょ俺も食ってみるか」
数分後。
「割といけるな、これ」ムシャムシャ
「ブルル」ムシャムシャ
その様子を領民達が遠くから見守っていた。
「あれリュウ様だよな」
「なんで草食ってんだ?」
「わからん……」
「でも元気なら別にいいんじゃね?」
「「「それはそう」」」
一般的に当主は爵位呼びされるもの。そのため、リュウの場合はアードレン男爵と呼ばれるのが普通なのだが、そこはご愛嬌。十四歳で当主を継いだ彼は、領民等にとって恐れ敬う対象ではなく、まだ応援すべき少年男爵なのである。
雑草を美味しくいただいたところで、二人は再び街道を進んだ。
街道を抜けるとすぐ草原に入った。草原と言っても、地面が整備されていないだけで、一応人や馬車が通るそれっぽい道は存在するため、特に迷うことは無い。
だが……。
「シャーッ!!!」
魔物が出現するか否かは別の話。
「Dランクのヴェノムパイソンか。さすがに見過ごせん」
リュウは掌に雷球を創り出す。
「行け、迅雷狼」
と命ずると、その雷は一頭の狼となり地を駆けた。
そして、激突。
バリバリバリィ!!!!!
「シャ、シャア…………」
敵は丸焦げになり、パタリと地面に倒れ込んだ。
蛇の身体から紫色の煙が立ち昇っている。
「煙に含まれた毒を吸い込んだら面倒だ。早くここを離れよう」
リュウは周囲に人がいないことを確認し、直ちにその場から退避した。
草原を走っている最中、Eランクの魔物を何体か見かけたものの、ここは一応冒険者達の狩場であり、極力彼等の仕事を奪いたくはないので、すべてスルーさせてもらった。しかし先ほどのように、危険度が高く素材的価値の低い魔物が出現した場合、領主として見過ごせない部分もある。
「ブルルル」
「そうだな。魔物に絡まれるのも面倒だし、久しぶりに“アレ”をやるか」
その言葉を合図として、瞬く間にアクセルの全身に雷の馬鎧が形成され、信じられない速度で草原を駆け始めた。
従魔契約を交わすと、主人の魔力回路の一部が従魔のモノと繋がる。先ほど説明したように、一般的にはなんとなくの意思疎通くらいしかできるようにはならない。それでも十分すごい事なのだが、リュウとアクセルはそんなところで行き詰るコンビではない。この魔法は、双方の圧倒的な魔力操作技術と、何よりも厚い信頼。これらが揃って初めて可能となる神業なのである。
「さっさと関所通って、美味いパン食おう」
「ブルル」
言うまでもないが、初対面でグレイス辺境伯に取り入り、軍を動かしてもらえるよう働きかけるというのは至難の業だ。しかしリュウにとっては、できて当たり前のタスクなのかもしれない。
「あ、アクセル。今犬のウンコ踏んだぞ」
「⁉」
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