第30話:北の勇者

「大陸北のガルシア王国が約千年ぶりに“勇者”を召喚したらしいですよ」

唐突に発せられたその衝撃の言葉に、リュウとミミは耳を疑った。


「勇者って、あの勇者ですか?」

「はい。あの勇者です」

「ええええ」


今から時を遡ること約千年、このベイルランド大陸はとある災害に見舞われていた。その災害とは……魔人族の大侵攻である。この大陸からかなり離れた場所に、魔大陸と呼ばれる、魔人族に支配されている大陸が存在する。魔大陸に生息している魔物達は他と一線を画すほど獰猛なため、大陸全体が世界屈指の危険地帯として知られており、もちろんそれと同時に、古からその地を治めている魔人族の戦闘力はどの種族よりも優れているとされている。


そして約千年前。魔大陸に特別な力を持つ魔人が現れた。その魔人は瞬く間に魔人族の頂点に君臨し、"魔王"と謳われるようになった。

魔王は魔大陸の統一を成し遂げた後、野望尽きることなく、その矛先をすぐさま他大陸へと向けた。


ベイルランド大陸に魔の手が伸びるのも時間の問題。そのためベイルランドの国々は、この時だけは手を組み、魔王に対抗しうる魔法を創造した。それが“勇者召喚”である。


また、今この大陸が魔人族に支配されていないことからわかるように、当時勇者は魔王を討伐し、ベイルランドに……いや、世界中に平穏を齎した。


「まさか魔王が復活したのか?」

「いえ、それ自体は確認されていないようですよ」

「じゃあシンプルに国の戦力として勇者を迎え入れた可能性が高いな」

「はい。最近のガルシア王国は、四強の名にふさわしくないレベルにまで衰退してしまいましたからね」


スザクの言った四強とは、北のガルシア王国、西のエルドラド皇国、東のムール公国、そして南のアストリア帝国という、大陸を席巻する四つの列強の総称である。一応大陸の中心部にはグラン連邦という完全中立国家が存在するのだが、それはまた今度説明しよう。


「馬鹿な王族が考えた馬鹿の解決方法に思えるのは俺だけか?」

「私もそう思います。ねぇ、ミミさん?」

「はい!私も私も!」


勇者召喚は何も禁止されているわけではない。しかし、この千年間どの国も触れてこなかったように、一種の禁忌魔法として扱われてきたのだ。そんな魔法を今回、お国の軍事補強という名目で千年ぶりに使った可能性が高いわけである。今のところリュウ達の言い分が正しいと言えよう。


「ガルシア王国の愚行に対し、まず帝国うちを含めた三強がどういった動きを見せるのか。それが今回最も注目すべき点だな」

「皇国と公国が対抗して勇者召喚をした場合、さすがに女皇陛下も召喚に踏み切りますかね?」

「どうなんだろうな。まず千年前の強さが現代でも通用するのか否か、これが甚だ疑問だし、そもそもうちには守護の象徴たる帝国魔術師がいるからな」

「そうそう。そこなんですよね」


ミミは話に上手く付いていけていないようで、耳がしゅんと垂れ下がっている。

「ミミ。もし今回の勇者召喚を発端として、新たな大戦争時代が幕を開けたらどうする?」

「え、どういうことです?」

「ミミさん。これから大陸全体を巻き込んだ、四強同士の殴り合いが始まるかもしれない、とリュウ様は仰っているのですよ」

「ええええ!嫌です!」

「だよなぁ」「ですよねぇ」


なんてスケールが大きな会話を繰り広げつつ、大通りを左に曲がると、そこにはアードレン騎士団の訓練場が。


「今更ですが、今日はどんな目的でミミさんを訓練場に連れて来たんですか?」

「秘密だ」「秘密です~」

「え~、教えてくださいよ~」


「そろそろ到着するから、その前にスザクは帰ってくれると助かる」

「わかりました」

「すまんな」

「いえいえ。こちらこそ厚かましく同行してしまい申し訳ないです」

リュウとミミは手を振り、スザクと別れた。


訓練場に入ると、文字通り騎士達が訓練に励んでおり、彼等はすぐにリュウの存在に気が付いた。ごく当たり前の話だが、自分達の主君が顔を見せたとあれば、訓練など放っておき挨拶をしに行くのが騎士道というもの。


リュウは片手で制す。

「挨拶はいい。訓練を続けてくれ」

「「「「「はっ‼」」」」」


しかし騎士団長の場合、話は別だ。

「リュウ様。どうかなさいましたか」

「こんな時に悪いな、シルバ。一つ相談があるのだが、確か副団長って暗殺術のエキスパートだったよな?」

「はい。副団長のディランは一応裏組織育ちなので。未だに身体に染み付いていると、本人がよく言っております」


元々孤児であったディランは、ひょんなことから裏組織に拾われ、暗殺者の教育を受けて育った。その裏組織をアードレン騎士団が壊滅させた際、ディランを気の毒に思った騎士団長が彼を引き取ったのだ。一応補足しておくと、その騎士団長はシルバの前任であり、元々シルバの上司だった人物である。


「じゃあしばらく貸してくれ」

「しばらく、とは?」

「最低でも一年。長くて三年」

「それはちょっと……」

「何も毎日貸せと言うわけじゃない。それにシルバお前、スティングレイを俺に押し付けた件を忘れたわけじゃないよな?想像よりもだいぶ捻くれてて大変だったんだぞ?お前んとこの愛娘は」

「うっ」


ここで、話を聞きつけた副団長ディランがやってきた。

「珍しいっすね。リュウ様がここに来られるなんて」

「よう副団長。お前暇だろ?」

「暇じゃないですよ、一応二番目に偉い役職を頂いているので」

ディランは苦笑いした。


「ってことで、このミミを凄腕の暗殺者に育て上げてくれ。できるだけ早めに」

「えぇ……さすがに急すぎません?」

ミミは笑顔で頭を下げた。

「ディラン先輩!!!これからお願いします!!!」


この後、なんだかんだで引き受けてくれることになった。また訓練場を訪れたついでに、ガルシア王国の件も伝えた。

「まさかこの時代に勇者を召喚するとは……」

「マジで馬鹿ですね、今代のガルシア王は」


「あ、そういえばリュウ様。この子はどのくらいまで育て上げればいいんですかね。目安とか言ってもらえると助かります」

「そうだな……」






「勇者を暗殺できるくらいまで」


勇者編、ついに始動。

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