第29話:新人メイド

母アイリスが本格的に領地経営に加わった事によりさらに改革が加速し、領内は現在進行形で大賑わいだった。また母は長年のベッド生活から解放された反発なのか、毎朝当主の外仕事を全てぶんどっていき、一日中部下を引き連れ領内を闊歩している。


そのためリュウは最近、基本的にダラダラと書類にハンコを押し、たまにお偉いさんと会食をするという、なんともつまらない日々を送っていた。面倒だが、アードレン領を発展させるためには必要な仕事である。ちなみに明日の午後はレナの魔法訓練に付き合う予定だ。


(併合した元マンテスター領をいかに上手く治めるか。これが当面の課題だな)


マンテスター領は戦争によって奪い取ったため、領民の中には、アードレン兵に親族を討たれたという者も少なくない。そもそもマンテスター側が宣戦布告を吹っ掛けたのは公然の事実であり、彼等もそれを十分理解している。しかしその上で素直に頷けないのが、人間という生き物なのだ。アードレン男爵家はこの複雑な状況で新領地をどのように治めるのであろうか。今が踏ん張り時かもしれない。


コンコン。

「リュ、リュウ様!紅茶を持ってまいりました!」

「入っていいぞ」

「失礼します!」

ガチャ。

猫耳メイドが御盆に紅茶を乗せ、運んできてくれた。

尻尾も垂れていることから、おそらく彼女は猫型獣人なのだろう。


「毎日仕事お疲れ様です!」

「見ない顔だな。新人か?」

「はい!新人メイドのミミと申します!」

「ミミか、良い名だ。覚えておこう」

(マンテスター男爵家から引き取った奴隷の名簿に、確かミミという名が載っていたはず。年齢は12歳で、レナと一緒だったか)


「嬉しいです!では早速紅茶のほうを……あっ!」

ミミが紅茶を淹れようとしたところ、カップを豪快に倒し、机上の書類をビチャビチャに濡らしてしまった。

「あ」


ミミは“反射で”手で頭を覆い、しゃがみこんだ。

「すみません!お願いですから、どうか殴らないで……」

「この程度、どうってことない。気にするな」

「えっ」


(マンテスター男爵家では日常的に、奴隷に殴る蹴るの暴行を加えていたのか。可哀そうに。変なことを言って思い出させても悪いし、とりあえずやんわりフォローしとくか)


リュウは地面にへたり込むミミの頭を撫でた。

「うちではそんなことしないから安心しろ」

「……ありがとうごじゃいましゅ……グスン……」

ここで、とあることに気が付いた。

(魔力が極端に少ない……?いや、“無い”のか)


この世界では極稀に魔力を持たない子供が生まれる。そういった子等は、残念ながら『忌み子』と呼ばれ、差別の対象となってしまう。ミミが奴隷になったのも、きっとそれが原因で親に売られたからだろう。


(平民のほとんどは魔法が使えないのだから、魔力なんてあっても無くても特に変わらないだろうに。本当にこの世界は狂っている)


「ミミ。メイドの仕事は楽しいか?」

「えっと……」

「はっきりでいい。言ってみろ」

「あまり楽しくないです。ミスばかりしちゃうし……」

「だよな」


獣人は他種族よりも身体能力が優れているため、冒険者や騎士、また傭兵など、戦う職業に就く者が多い。そのためお家仕事が基本のメイドは、そもそも種族相性的に彼女には合わないのだ。


「代わりに何かやりたい仕事とかあるか?」

「うーん」

「では好きな事は?」

「奴隷になる前は、よく兎狩りとか好きでやってました」


「ほうほう。狩りの仕事はいくつかある。代表格は狩人。冒険者も魔物を狩るという意味では、一応狩り仕事だな」

「でも魔物は怖いです」

「まぁ狩りの対象が魔物で無くてもいい。例えば……人間とか」

「人……間……?」

ミミの耳がピクっと動いた。


「ああ、人間だ。その職業は貴族界隈で“暗殺者”と呼ばれている。大貴族にもなれば数十人規模で雇っている所が多い。うちはゼロだが」

「暗殺者……」

耳が再びピクピクっと動いた。

「名前は物騒だが、仕事はあまり騎士や傭兵と変わらん。敵を表で狩るか、裏で狩るかの些細な違いだ。ひとことで言えば、悪い貴族を裏でぶっ殺す職業だな」

「悪い貴族……」

ミミの脳裏にマンテスター男爵の顔が過った。


「どうだ、興味あるか?」

「はい!私、とても気になります!暗殺者!」

「よし、わかった。すぐに動こう」

「ありがとうございます!」


以前リュウが説明していたが、魔力を完全に抑えられる人間など、この世には存在しない。あの帝国魔術師でさえ不可能。そのため暗殺者が敵に捕まる一番の原因は、魔力を感知されてしまうことなのだ。では元々魔力を持たない人間を暗殺者として育て上げれば、裏社会で無双できるのではないだろうか。さらにミミは身体能力がずば抜けた獣人の中でも、特に隠密が得意とされている猫型獣人なのだ。これはもう運命だとしか言いようがない。


「ミミは魔力が無いから、逆に無双できるかもしれんぞ」

「え、いつ気づいたんですか⁉」

「さっき頭を撫でた時だ」

「あっ」


その後、リュウはミミを連れ屋敷を出た。

「あの~、リュウ様。どこに向かってるんですか?」

「アードレン騎士団の訓練場だ。まずはミミに暗殺術を教えてくれる師を紹介しようと思ってな」

「なるほど‼先生‼」


一応領内では最も栄えている表通りを歩いていると、偶然知っている顔と遭遇した。

「おや、もしやリュウ様ではないでしょうか」

「おぉ、スザク。久しぶりだな」

「お久しぶりです。例の戦争以来ですね」

念のため説明しておくと、彼はBランクパーティ白狼の剣士兼リーダー、スザクである。


「んで、こっちは元メイドのミミだ」

「よろしくお願いします!さっきメイドを解雇されたミミです!」

「変な言い方するな。俺が悪者みたいじゃないか」

「リュウ様、ひどいですよ、それは」

「お前ら……」

なぜかスザクまで乗ってきた。


そして、楽しい雰囲気のままスザクも共に歩いた。

「なんで付いてくるんだよ」

「あのリュウ様と会話できる機会なんて、そうありませんからね!あと今日は運よく白狼の休暇日なので」

「要するに暇ってことか」

「はい。暇ってことです」


「あ、そういえばお二人の耳には入りました?あの話」

「「あの話?」」

リュウとミミは首を傾げた。





「大陸北のガルシア王国が約千年ぶりに“勇者”を召喚したらしいですよ」


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