第28話:龍王バハムート
龍王バハムートの起源は人間である。
遥か昔、人間が文明を築き始めた頃、バハムートは一人の人間としてこの世界に生まれ落ちた。幼少期は問題なく過ごせたのだが、成人すると共に彼は俗世から離れた。いや、離れざるを得なかった。なぜなら彼の保有する力はあまりにも強大すぎたからだ。人間という生物は、異質なものを排除したがる性質を持っている。聡明だった彼はそれを十分に理解しており、己が悪い意味で祀り上げられる前に、自己防衛のため姿を眩ませたのである。
ちなみに彼が保有していたその特別な力は数千年後にこう名付けられた……“魔法”と。
放浪の身となった彼は力を求めた。元々強大だった力を大きく、さらに大きくしていった。もう他人を気にしなくても良いように、自由に世界中を羽ばたけるように。鍛錬に鍛錬を重ね、大きく、また大きく。
だがある日、己の力を抑えきれなくなってしまった。
暴走する身体を鎮めるためには、死を選ぶ他ない。しかしその時、“進化”という言葉が彼の脳裏を過った。そうだ、人間などやめてしまえばいい。これが彼の結論だった。
そう決意した直後、目の前が真っ暗になった。
次に目を覚ました時には、欲しかったものを手にしていた。他人を気にせず世界中を羽ばたける身体を手に入れていたのだ。“記憶という代償を払って”。
彼はすぐさま大空を支配した。
地上には人間と呼ばれる矮小な虫ケラが蔓延っているが、なんとなく手を出してはいけない気がする。なぜかはわからない。
その後、雲の上で巨大な浮島を発見し、そこに巣を作った。
さらに時間が流れると、自分と同じ姿の者が現れ、仲間となった。
その仲間は自分と同じ
また時間の経過と共に少しずつ仲間が増えていき、いつしか己は“王”と呼ばれていた。
しかし強大すぎるその力は龍の身ですら抑えきれなくなり、ついに身体は消滅してしまった。そのまま一つの魂として輪廻に吸い込まれるはずだったのだが、たとえ魂となってもバハムートの力は健在であったため、はっきりとした意識の下、次の依り代を探し求めた。
様々な生物に目を付けたものの、なかなか肉体を奪えそうにない。感覚で理解できる。魂の形が同じでなければ、“王の器”足り得ないのだ。
……そういえば己と同じ形の魂を持つ生物がいたはず。
それは地上の虫ケラ―人間。
人間なら誰でも良いわけではない。ある程度のポテンシャルを持った者でなければ、またすぐに肉体ごと消滅してしまう。探すのに百年、いや千年かかってもいい。何度でも龍王バハムートとして蘇ってみせる。いくらでも魂を喰らい、その肉体を奪ってみせよう。
こうして、何度も受肉と消滅を繰り返しながら、今の今まで龍王バハムートは生きながらえてきたのだ。もちろん失敗することだってある。また受肉に成功した際は、毎度肉体を龍の身に進化させ、浮島に帰るのがルーティーンだ。なぜならそこで配下達が待っているから。
そして十四年前。
再び魂となり世界を彷徨っていた龍王は、最高の器を見つけた。
(なんという大きさ。なんという強さ。これほどまでに完成された器は初めてだ。魂自体も己と同等か……それ以上。もしこれを奪えれば、私は未来永劫生き永らえることができるだろう。だが今はまだ時期尚早。一度眠りにつき、器がある程度成熟するまではじっくり待つこととしよう)
それから約十年後。バハムートは目を覚ました。
『時は満ちた』
『なんだ、お前。やけにデカいな』
『そろそろ肉体を寄越してもらうぞ、小童』
『今母さんが変な病気にかかって大変なんだよ。邪魔するな』
『では強引に奪い取らせてもらおう』
『できるもんならやってみろ。俺は負けないぞ……“絶対に”』
リュウ・アードレン。
この少年が今代の王の器である。
わかりやすくまとめると、四年前に龍王バハムートがリュウの肉体を奪い取ろうとしたのものの、思いのほかリュウが反抗したため、未だにその戦いが続いているということだ。また戦いとは言ったが、正しくは夢という名の仮想世界を介した、魂同士の殴り合いである。
『強くなったな、小僧!!!』
『おかげさまでな!!!』
リュウはバハムートの爪連撃を刀で弾きつつ、不敵に笑う。
バハムートは昔から、この方法により肉体を奪い続けてきたわけだが、今までの人間は一睨みしただけで怯み、肉体と魂の両方を差し出してくる軟弱者がほとんどだった。稀に抗う者も存在したものの、すぐに力の差に恐れ慄き、やはり簡単に魂を喰らえた。
もちろんリュウも最初は勝てなかった。
というか瞬殺されていた。
“だが決して諦めなかった”。
何度引き裂かれようとも、何度叩き潰されようとも、再び不死鳥のように立ち上がった。夢という疑似世界では、諦めなければ何回でも復活できるのだ。しかし龍王の攻撃は魂を介し、肉体にも影響を及ぼすほどに凄まじい。実はリュウの身体に刻まれた傷は、すべてバハムートにつけられたものなのだ。彼からすればその程度、どうってことないのだが……。
またリュウはただ敗北するのではなく、バハムートとの戦闘で数多の技術を学び、日々少しずつ成長していった。
バハムートは口を大きく開き、雷の咆哮を放つ。
『砲雷-激』
だがリュウも片手を掲げ、同じ魔法を発動し、相殺する。
『砲雷-激』
特に雷魔法は彼を最も強くしたと言っても過言ではない。
龍王自身が長い年月を掛け研究した魔法の数々を、リュウは目で見て盗んだのだ。
現実世界であれば、伝説として一生語り継がれるであろう激戦を、彼は四年間も続けているわけである。正直な話、この前戦争で対面したAランク冒険者など、リュウからすれば羽虫以下の存在だろう。
バハムートと戦い始め約八時間が経過。現在日が昇る直前。
『『ハァ、ハァ……』』
両者とも地に伏していた。
『次こそは明け渡してもらうぞ……童』
『次こそは魂ごと叩き潰してやるよ……クソトカゲ』
結局この泥沼の戦いはいつ終焉を迎えるのか。
それは誰にもわからない。戦っている本人たちでさえも。
『『…………』』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます