第24話:薬師エステル
「ここが件の薬師さんのお家ですか……」
「なんというか、こう……もっと研究所チックな見た目を想像していたんだが」
エリクサーを受け取りにやってきた二人を待っていたのは、なんとボロボロの屋敷であった。正直名のある薬師が住んでいるとは到底思えないような、そんなお家。
「良く言えば、風情がありますね」
「悪く言えば、幽霊屋敷だな」
しかし母アイリスのためにも早く受け取らなければならないので、思い切って一歩踏み出すと……。
「な~にが幽霊屋敷じゃ。小僧のくせに生意気な!」
白衣を着た少女がドアから豪快に飛び出てきた。
見た目は大体十歳くらいだろうか。
全く迫力も威厳も無いその姿に、二人は思わず頬を緩めた。
「娘さんかな?ご両親は今お家にいる?」
「白衣を着ているということは見習いの可能性もある。まだチビなのに偉いじゃないか。ほら、飴ちゃんをやろう」
リュウはポケットから飴を出し、少女に手渡した。
「ぬぉぉぉぉ!久々の甘味じゃ!」
「うふふふ。可愛いですね~」
「剣には剣を、魔法には魔法を、そして子供には飴ちゃんを。この世の常識だ」
「って子供扱いするでないわ!儂が薬師のエステルじゃい!」
「「え?」」
ぷんすか怒っているエステルをじっくり観察してみると、彼女の長い金髪から尖った耳が二つ、ちょこんと飛び出ていた。
「もしやエルフか?」
「その通り!儂があの伝説の種族と謳われるエルフじゃ!ひれ伏せぃ!」
エステルはえっへんと胸を張った。
「すげぇな」サワサワ
「こ、こら!勝手に耳を触るな!意外と敏感なんじゃから……」
頬を紅潮させながら舌で飴を転がす可愛らしい姿は、やはり少女と一緒である。
この世界には人族以外にも様々な種族が存在し、特に獣人やドワーフなどは人族に次いで数が多いため、都市を歩けば割と目に入る。それとは異なり、相対的に数の少ない希少種族の場合は、基本的に各々小さな部落を形成し、そこでのみ生活しているので、あまり見かけることは無いのだ。また人族以外の種族は亜人族と総称される。
エルフは希少種族の中でもさらに希少と言われており、今エステルが言っていたように、現在では半ば伝説扱いされている。ちなみに普通のエルフは森の奥に引き籠っていることが多いので、仮に捜索を試みた場合、発見は困難を極めるだろう。この事実もまた“伝説”という言葉に拍車をかけているのかもしれない。
そしてエルフは他種族と比べ魔力量と平均寿命がずば抜けて高いため、エステルのような幼い見た目でも、齢百歳を超えている可能性が十分にある。だが女性に年齢を聞く事はこの世界でも御法度とされているので、これ以上は何も言うまい。
「ここが儂の研究所じゃ!入るがいい!」
「「おじゃまします」」
外で話すのも何なので、とりあえず三人は屋敷の中に入った。外見は幽霊屋敷のようだったが、中は意外と綺麗に保たれて……いるわけがなく、しっかりと本やゴミが床に散乱していた。小柄なエステルと違い二人はそこそこ大きいので、歩くたびに物を踏みつけてしまったが、エステル曰く本当に大事な物は棚にしまってあるので特に問題ないらしい。
一番奥の部屋に通され、リュウとスティングレイはソファに腰を下ろし、エステルは積み上げた書物タワーのてっぺんにピョンと飛び乗り座った。
エステルは腕を組み、早速話を始める。
「まず、なぜここまで取りに来させたのかについてじゃが……」
「患者の病態と、俺が悪徳貴族じゃないかの二つを確かめたかったんだろ?」
「うむ、理解が早い奴は好きじゃぞ!」
随分前にも触れたが、エリクサーの需要は凄まじく高い。この万能薬を飲み干せば、どんな傷や病でも完治すると言われている。また噂によると一度無くなった手足でさえ、瞬く間に再生するらしい。まさに神の奇跡。そんな薬が常に手元にあったならば、どれほど心強いだろうか。それを調合する薬師エステルもまた、常人の域を超えた存在なのである。
まず病人の状態については、万が一、本当に万が一患者の病気が治らなかった場合、もう一度作り直す際の参考にするため、詳しく病状を尋ねるのだ。またその情報は貴重な研究材料として薬師界隈で共有する必要がある。医学はこのようにして進歩してきたのだ。
次に悪徳貴族の件に関しては先ほど説明した通り、エリクサーの価値は計り知れず、闇市や闇オークションなどに出品された際には超高額で取引されるため、転売目的で購入する貴族が後を絶たないのだ。自分の薬を裏社会で転売されるなど、薬師にとってこれ以上の屈辱はないだろう。ちなみになぜ貴族に絞られているのかと言うと、そもそも値段的に一般市民には手が出せないからである。
以上の理由から、エステルはわざわざ当主本人を呼び出したのだ。不敬と思われるかもしれないが、その程度で腹を立てるような器の小さな貴族に、彼女はそもそも薬を売る気はなく、またそういった意味では事前に爪弾きができるので、案外悪くないやり方と言えよう。
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