第25話:いい判断じゃ!

呼ばれた本人もその事をよく理解しているため、会話はスムーズに進んだ。

「まず患者は俺の母ちゃんなのだが、体調を崩し始めたのは五年前で…………」

「ふむふむ」


(確かこの病をエリクサーで治したという資料は、過去に何回か見たはずじゃ。今回も問題無かろう)


「次にアードレンは現在…………」

「ほうほう」

「そもそも俺が当主になったきっかけは…………」

「ほほーう」


(たった十四歳にして自軍を指揮する知恵と度胸。それに勝利する才能と運。母のために遠く離れた首都までわざわざ足を運び、高額薬の購入を試みる優しさと計画力。そしてなんといっても、この確固たる意志を秘めた揺るぎない瞳が魅力的すぎるのじゃ。まったく……“絶海”の奴は何もわかっておらんわい……)


それから数十分後。

「よし、合格じゃ!儂の特製エリクサーを持っていけぇい!」

エステルはポケットに手を突っ込み、エリクサーを掲げた。

大きさ的に絶対入るはずがないので、おそらく白衣のポケット部分にアイテムバッグが取り付けられているのであろう。その研究者らしい効率重視思考には脱帽である。


「恩に着る」

「やりましたね、リュウ様!!!」

リュウはついにエリクサーを手に入れた。

あとは無事にアードレン男爵家まで持って帰るだけである。


だがこのレベルの薬師に、何も聞かずに帰るというのは知識オタクのリュウからすればまずあり得ない話。


「帰る前に、超一流薬師エステルに聞きたいことがいくつかあるのだが」

「ちょ、超一流……ゴホン!まぁ普段そういうのは断っているんじゃが、お主なら特別に答えてやってもよいぞ!」


(チョロいな……)(チョロいですね……)


ここから怒涛の質問攻めが始まった。

「エリクサーを作れるエルフとかいう世界で何人もいないような薬師が、首都といえどもこんな普通の住宅街で護衛もなしに暮らして大丈夫なのか?」

「そうそう。真っ先に悪徳貴族やら裏組織やらのターゲットにされそうですけど……」


「もし儂を傷付け利用しようものなら、あの女皇陛下を始め、何人もの上級貴族が怒り狂い大軍を興すじゃろうからな。連中もそれを十分理解しているんじゃろう」

「あ~、やはり陛下あたりとの繋がりはしっかり築いてる感じか。なら納得だ」

(こんな替えの利かない人材をあの陛下が放っておくわけないもんな)


「ま、儂はこう見えて帝国の宝じゃからな。それよりも、まるで陛下と会ったことがあるような言い草じゃの」

「昨日会ったぞ」

「……へ?」

エステルは口をポカンと開けた。


「う、嘘を付くでないわ!陛下はめったに人とは会われん御方じゃぞ?」

「レストランで飯食ってたら、なんかドヤ顔で話しかけてきたぞ。なぁ、スティングレイ」

「はい。燃え盛るような緋色の御髪、今でも鮮明に覚えています」


(わ、儂と陛下が知り合った時と同じシチュエーションじゃ……まさか本当なのか?)


「でもまぁ、さすがに皇帝陛下のネタで盛り上がるのは不敬だから、この話はここまでにしよう」

「そうですね~」


「そ、そうじゃな!いい判断じゃ!」

(今思えばこんな面白そうな小僧、あの御方が放っておくわけないのう)


その後も会話は弾んだ。

特に現役トップ薬師による、薬の雑学や豆知識の話は非常に刺激的で、リュウやスティングレイは食い入るように聞いた。これは魔法に例えるならば、魔法使い見習いが帝国魔術師の講談を聞くようなものである。エステルは伊達にエリクサーを扱ってはいないのだ。


二人のリアクションが癖になり、エステルもついつい饒舌になってしまった。また会話をしているうちに少しずつ仲が深まっていき、帰る頃には互いを名前で呼ぶようになっていた。


「じゃあな、エステル。またいつか必ず薬を貰いに来る」

「エステル様、辺境を訪れる際はぜひアードレンに寄ってくださいね!」

「もちろんなのじゃ!リュウとスティングレイも息災でな!!!」




二人はその日の昼には宿を引き払い、首都ウィールを出立した。アクセル達に跨れば、数時間のうちに近郊都市に着くため、そこで再び宿を借りる予定だ。


「ここでグダグダしてたら、また陛下に絡まれそうだからな」

「はい。早く逃げ……帰りましょうか」


今回リュウは女皇や帝国魔術師と顔を合わせたわけだが、利益の面で考えれば、エステルというのじゃロリエルフ薬師と知り合えた事が最も大きい収穫かもしれない。次エリクサーを注文する時は、きっと首都から直接発送してくれることだろう。まぁ値段が値段なので、それは随分先の事になると思うが……。


「これでやっと母さんの病気を治してやれる。エステルには頭が上がらん」

「帰りは私がお守りするので、ご安心を」

「心強いな。さすがアードレン騎士」


帰宅旅の途中、行きと同様何回か魔物や盗賊に襲われたが、スティングレイが鬼のような強さで全てを蹴散らした。またアードレンに近づくにつれ、普段はスカしているリュウの頬も、安心と喜びで徐々に緩んでいった。


それから数週間後、ようやく懐かしい風景が目に入った。

「ここまで一ヵ月以上掛かったな。ご苦労だった、スティングレイ」

「はい‼栄えあるアードレン騎士として、これ以上の言葉はありません!!!」




見覚えのある顔をいくつか発見し一気に気を緩めた、その時。

ドクン、ドクン、ドクン!!!

「くっ。こんな時に……あの馬鹿トカゲめ……」

リュウは思わず胸に手を置き、眉を顰めた。

「リュウ様、どうかなされました?」

「いや、なんでもない。少し腹が減っただけだ」


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