第22話:緋髪の女性
「確かにここの料理は絶品だ。余のお気に入りの店だからな」
リュウとスティングレイが料理を楽しみつつ会話していると、隣のテーブルに座っている赤毛の女性が急に乱入してきた。
スティングレイはその女性を見ながら首を傾けている。
そんな彼女をよそに、リュウははっきりとした口調で問う。
「どうしてここにいらっしゃるんですか?“イリス陛下”」
「イ、イリ……えぇぇぇ!?」
スティングレイはリュウと女性を交互に見ながら驚愕している。
「やはり気づいていたか、リュウ・アードレン」
この世界では珍しい緋色の髪。
美しくも凛々しい尊顔。
どんな刃物よりも鋭い眼つき。
聴いただけで魂を揺さぶられるような声色。
そして隠そうとしても隠しきれない、圧倒的強者のオーラ。
これが他国から恐れられる女皇帝、イリス・アストリアその人である。
リュウは溜息を吐いた。
「できれば知らないフリをしたまま何事もなかったかのように店を出たかったんですけど、直接話しかけられたらもう無視できませんよ。さすがに不敬すぎます」
「初見でよくそこまで口が回るものよ。普通はそこの娘っ子のように気を動転させ、口を閉じるところなのだが……お前は余が怖くないのか?」
「怖いですよ。もうチビっちゃうくらいには」
「くっくっく。生意気な奴め」
「そんなに褒めてもマンテスター男爵の首くらいしか出てきませんよ」
「ほう。まだ持っておるのか、あの男の首を」
「実はもうだいぶ前に捨てました。なんか汚かったので」
「ふん。期待させおって」
ウェイター達は一応離れた場所で見守っているものの、特に焦った様子はない。このことから推測するに、ここは本当に女皇行きつけのレストランなのだろう。
ここでリュウはかなり踏み込んだ話題を挙げる。
「そういえばアードレンに密偵を放ってたりします?」
「さぁな」
「例えばグレイス辺境伯領の関所とかに」
「貴様……なぜそれを知っている?」
「さぁ。どうしてですかね」
「……」
(やはり知略においては確実に“こちら側”か)
スティングレイは現場の雰囲気に呑まれながらも、心の中で驚愕した。
(えっ!?リュウ様があの時言っていた事は本当だったってこと???)
要するにリュウ達がグレイス辺境伯領に入った時から、すでに女皇は彼等が首都へ向かっていることを知っていたのだ。今回の顔を合わせを含め、すべて女皇の計算のうちなのである。
「まぁいい。お前には一つ質問に答えてもらいたい。今日はそのためにわざわざ城下まで足を運んだのだ」
女皇の目が一層鋭くなった。今までの会話は遊びの範疇であり、ここからが本番だという合図だろう。
「なんでもお答えしますよ」
「まず此度の戦の際、お前は矛を持ったか?」
「持ってませんね。俺は片方の軍の後方から指揮を執っただけです」
「それは誠か?」
「はい。もし気になるのであれば、密偵にとことん調べさせていいですよ、見つけても特に邪魔はしないので」
「ふむ……」
「それでも納得のいかないようでしたら……一度あそこの“魔術師”に尋ねてみては?」
と言い、リュウは奥の席に座っている紺色の髪の女性へ視線を移した。
その女性は怪訝な表情で振り向く。
「貴様、一体どのような方法で私の存在に気付いた?」
「勘です」
「嘘を付け!私の顔を知っていたのか?それとも魔力を感知したのか?それとも……」
「まぁ落ち着け、“絶海”。バレているものはバレているのだ。これ以上深堀りしたところで、こやつは絶対に口を割らん。素直に認めろ」
「くっ……了解いたしました」
帝国魔術師とは、普段女皇の命により大陸を股にかけている、武力知力共に優れた超エリート軍人だ。彼女-絶海の魔術師も例に漏れず、大軍を一瞬で水に沈めるような実力者である。文字通り“魔法の域を超えた魔術”を行使するのだ。
そんな彼女は今まで、仕事中一度も絶海だとバレたことはなかった。魔力隠蔽に関しても一流だからだ。しかし今初めて正体を見破られてしまった。それもまだ成人すらしていない一人の少年に、だ。その事実が気にくわず、少々躍起になってしまったのだろう。
「で、実際どうなのだ?お前の眼で見た感想を聞かせてくれ」
女皇の指示に従い、絶海は長年鍛え上げたその両眼で、リュウを念入りに観察した。
(魔力量は他の貴族子女と同等。体格は服に隠れて確認できないが、少し鍛えている程度だろう。あの剣は確か刀といったか?多少は武術も嗜んでいるようだな。魔法は苦手なのかも知れん。重心の置き方もいたって普通。座っている姿はまるで隙だらけ。そして……強者特有の覇気を一ミリも感じられない)
「おそらく他の貴族子女と同レベルかと。まぁ少し悪知恵が働くようですが……」
「そうか」
(何かが引っかかる……だがあの絶海が言うのであればその通りなのだろう。もし戦闘力も長けていた場合、余自ら帝国魔術師に勧誘したかったのだがな……残念だ、リュウ・アードレン)
ちなみにリュウは貴族子女ではなく、一応男爵家当主である。まだ十四歳なので忘れられがちなのは仕方がない話。
「なんか空気が重いみたいですけど、大丈夫ですか?」
「気にするな。こちら側の事情だ」
「わかりました」
ここで、締めるには持ってこいの雰囲気が漂い始めたため、リュウはスティングレイに目配せを送り、彼女もコクリと頷いた。今日はそもそも予定された会合ではなく、“偶然リュウ、女皇、絶海の三名が居合わせただけ”なので、これ以上の深入りは好ましくないだろう。
そしてスタイリッシュに荷物を手に取ったのだが、とある事に気が付いた。
「……」
(やべ、普通に財布忘れた)
当てが外れ気分の暗そうな女皇に、リュウは。
「イリス陛下」
「どうした?」
「私は先ほど陛下の質問に対し丁寧に、また簡潔に回答させていただきました」
「そうだな」
「その礼と言っては何ですが……」
この言葉に女皇は少々身構えた。
(この男、余に一体何を要求するつもりだ?)
「……勘定とかって、お願いできないですかね?」
「「「え?」」」
結局この後リュウは皇帝に支払いを押し付け、スティングレイと共にそそくさと店を出たのであった。
「これ実質陛下に飯奢ってもらったってことだよな」
「……普通にたかっただけですよね?」
「帰ったらめっちゃ自慢するか。女皇飯」
「嫌ですよ……恥ずかしい……」
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