第21話:本の魔物
首都に到着した日の翌朝。
二人は宿屋で朝食をとった後、
「俺はスティングレイと外出してくるから、ゆっくり休んでてくれ」
「今日は干し草を食べながらのんびり過ごすのよ」
「「ブルルル」」
愛馬達に挨拶し、散策へ出かけた。
「首都として人が多いに越したことは無いが、ここまでくるとさすがに鬱陶しいな。気を抜いたらすぐ迷子になりそうだ」
「そのうち慣れると思いますよ。それまでの辛抱です」
「そのうちも何も、エリクサーの受け取りは明日だから、滞在期間は最大でも四日だぞ」
「……忘れてました」
(いけない、いけない。完全に旅行気分だったわ)
何度も説明して申し訳ないが、スティングレイは戦争までの数年間一人旅をしていたので、人よりも帰巣本能が薄れているのである。
「そういえばレナ様が来年帝立学園を受験される予定だと聞きましたけど、首都には屋敷を購入されないのですか?」
「アードレンの財布的に購入は難しいが、賃貸なら一応借りれないこともない。でもレナには防犯の面を考慮し、いまのところ寮に住んでもらおうと考えている」
「あ~。いくら防犯に優れた首都とはいえ、事件に巻き込まれる可能性はゼロじゃないですもんね。本邸と同規模の屋敷と使用人を揃えられないのであれば、無難に学生寮を選択するのが賢明かもしれません」
ダラダラ歩いているうちに、本日の目的であるウィール大図書館に着いた。ここは一般人の場合、盗難防止のため様々な審査を受けなければ入れないのだが、貴族であれば、一度貴族紋を提示するだけで後は自由に利用できるのだ。
「帝国だけでなく、大陸全土の書物が貯蔵された図書館……ここに寄らない理由は無い」
「経験と知識はお金では買えませんからね。私は審査が面倒で以前は利用しませんでしたが、リュウ様のおかげで楽に入れたので、この際思う存分本を読ませていただこうと思います」
ここは本の虫であるリュウにとっては、まるで天国のような場所なのだ。無意識に口角が上がってしまうのも仕方のない話。
数十分後、二人はテーブル席に座り、向かい合わせの形で読書を楽しんでいた。
ここまでは普通。しかし変わった点が一つ。
それはテーブル上に、百冊を超える魔法書が山積みになっていることである。
リュウは人外的な早さで本をめくり続ける。
「…………」
読書をしている筈なのに、常に目と手がフルスロットルで働いている。一冊の分厚い書物を読むのに、おそらく三分もかかっていない。周囲の人々も口をポカンと開けながら、その光景を眺めていた。
「あの~、リュウ様。それ本当に読めてるんですか?」
「ああ。ばっちり頭に入っている」
「そ、そうなんですね」
(その早さで読めてるのね……)
「では私が本を戻しに行って、また新しい本を持ってきましょうか?」
「悪いな。頼む」
リュウは会話をしている最中も、手と目を休めず、魔法書をめくり続けていた。
(すごい集中力……本の虫というより、まるで本の魔物ね……)
本の魔物とは言い得て妙である。
リュウは結局、気が済むまで書物を貪り続け、図書館を出る頃には空が茜色に染まっていた。
そして日が沈む直前、二人は再び大通りを歩いていた。
「本に夢中で昼食を取ることすら忘れていた。無理させてすまん」
「いえいえ。旅をしている時は、お昼を抜くことなんてしょっちゅうでしたから」
「でも腹は減っただろ?」
「……はい」
スティングレイは照れくさそうに返事をした。
「じゃあたまには奮発して、高級レストランにでも行くか」
「え、良いんですか?」
「ああ。今日は腹いっぱい食おう」
リュウはカッコつけて“たまには”とか言ったが、彼は高級レストランへ行くのは人生初である。酒場ですら数えるほどしか存在しないアードレン領に、高級レストランなどあるはずが無いのだ。
二人は泊まっている宿の近くにある高級レストランへと向かった。
そのレストランの入り口には黒服の用心棒が二人立っており、かなり防犯に気を使っているようだった。これも高級扱いされる所以だろう。と言っても特に不審な者以外は普通に入れるので、見た目に清潔感のあるリュウ達も例に漏れず、スムーズに入ることができた。入った後、これまた器量の良い店員に迎えられ、すぐに空いているテーブルに案内された。
リュウとスティングレイはメニューをしばし眺め、熟考の末、二人とも同じ料理を頼むことに。
「飛翔兎のシチューを二つ。あと地竜のフィレステーキも二つ。付け合わせは旬野菜のサラダと、グレイス小麦の天然酵母パンで」
「かしこまりました。暫しお待ち下さい」
ソワソワしながら待つこと約十分、ようやく料理が運ばれてきた。
「「おぉ~」」
「ふふふ。お熱いのでお気を付けください」
子供のような表情を見せる二人に、ウェイターは思わず頬を緩めた。
飛翔兎の肉は舌で崩れるほどに柔らかく、地竜のステーキはガツンとくるような旨味の中に、繊細な香草の風味を感じられる。また旬野菜のサラダはドレッシングとの相性が抜群で、シャキシャキとした小気味よい食感が印象的だ。そして天然酵母パンは噛めば噛むほど口の中に甘味が広がり、思わずあの黄金色の小麦畑を想像してしまうほどに美味しい。
要するに……。
「激ウマなんだが」
「激ウマなんですけど」
なわけである。
途中、赤毛の女性が来店し隣のテーブルに座った。
リュウは一瞬食べるのをやめ、目を細める。
「……」
「リュウ様、どうかなされました?」
「いや、なんでもない。食事を続けよう」
あまり気に留めず、高級料理に舌鼓を打った。
「もしかして大当たりの店を引いたのかもな」モグモグ
「その可能性が高いと思います」モグモグ
なんて話していると。
「確かにここの料理は絶品だ。余のお気に入りの店だからな」
赤毛の女性が会話に乱入してきた。
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