第20話:首都ウィール
二人は広大な辺境伯領を横断し、再び関所の門を潜った。
「意外と悪くなかったな、グレイスも」
「同感です」
「ここまでは順調だが、旅はまだまだ序盤という……」
「アストリア帝国は大陸で三本の指に入るほどの広さを誇りますからね」
残念ながら、グレイス辺境伯領を抜ければすぐに首都が見えてくるわけではない。この領はその名の通り、帝国の辺境に位置しているため、旅はここからが本番と言っても過言ではないのだ。
また今日は昨日とは打って変わって、移動中は常に会話に花を咲かせていた。その理由に関しては言うまでもないだろう。
「アードレンの十倍以上は栄えてたな」
「帝国における辺境伯は侯爵位と同等ですからね。このくらい栄えてくれていないと、一帝国民としては逆に心配になります」
「うちもマンテスターを吸収して多少は胸を張れるようになったわけだし、今度はグレイスあたりにでも戦争を仕掛けてみるか」
「えっ」
「冗談だ。普通に瞬殺される」
帝国貴族の爵位は男爵から始まり、子爵、伯爵、侯爵=辺境伯、公爵の順となっている。一応その上に皇族、大公、皇帝と続くのだが、それについてはまた後ほど説明しよう。
リュウとスティングレイはその後、山岳地帯を越え、大河を渡り、大森林を通過した。時々低ランクの魔物や盗賊と遭遇することもあったが、毎度スティングレイが軽々と蹴散らしてくれた。また野宿せざるを得ない日もあったものの、あの件を通して二人はかなり打ち解けたため、特に苦労はしなかった。まあ打ち解けたというよりは、勝手に暴走していたスティングレイをリュウが快く許し受け入れたと言ったほうがいいのかもしれないが……。
そしてついに、旅の終着点に辿り着いた。
「あれが帝国の首都ウィールか……いくら何でもデカすぎだろう……」
「私は数ヵ月滞在していた経験がありますけど、何度見ても圧巻の一言ですね……」
二人の前には、巨大という一言では到底収まらない規模の要塞都市が堂々と鎮座していた。高さ二十メートルを超える防壁上にはズラリと帝国旗が掲げられており、そのさらに向こうからは皇族の住居である帝城がこちらを覗いている。名高い帝国の首都として十分ふさわしいと言えよう。
「アクセル達もお疲れさん」
「「ブルルル」」
ここには帝国で最も尊い一族が住んでいるため、都市内に入る際の身元確認は、他とは比べ物にならないほど厳重である。ちなみにウィールの門は一般と貴族の二つに分かれているので、もちろん二人は後者に並ぶ。
だが……普段ここを出入りする貴族等は皆豪華な馬車を利用しているため、普通に乗馬しているアードレンの二人は悪い意味で目立っていた。
「あれは一体どこの家の者だ?」
「見たところ子息とその従者のようだが」
「どうせ田舎出身の貴族だろう」
「見栄を張らずに一般の方に並べばいいものを」
などと言われ放題である。
「なんか目立ってませんか?私達」
「ここまで視線を向けられると、ちょっと照れるな」
「真面目にやってください」
自分達の番が回ってきた際も、やはり衛兵に疑われてしまった。
「あの……失礼な事をお聞きしますが、本当に貴族の方ですか?」
「ちょっと待て、どこかにうちの貴族紋が……」
リュウはアイテムバッグに手を突っ込み、ガサゴソと探る。
「よし、見つけた」
「この紋章はアードレン男爵家ですね。失礼しました」
「気にするな。こういうのには慣れてる」
「それもどうかと思いますけど……」
その後ようやく都市に入ることができた。
「ここには冒険者ギルドと商人ギルドの本部があるんだっけか」
「はい。そのためBランク以上の冒険者や、名だたる大商会なんかがゴロゴロといるんですよ」
「確かスティングレイも冒険者登録してるんだよな?ランクはいくつなんだ?」
「私の場合、騎士の傍らで登録しているだけですけど、一応今Cランクですね」
「え……それ本気で活動してたら今頃Bランクだったんじゃないか?」
「はい。おそらく」
「すげえな」
「それほどでも」
エリクサーの受け取り日は明後日なので、まずは泊まる宿を探すべく、スティングレイの案内の下、大通りを直進した。
「これが冒険者ギルドの本部ですね」
「でっか……」
「で、あれが商人ギルドの本部です」
「でっか……」
リュウの語彙力が崩壊するほど巨大なのだ。
ちなみにこれらは帝国内のギルドをまとめる本部なのであって、大陸全体のギルドを総括する"総本部"はまた別に存在する。
大通りを曲がり、宿屋通りに入る。首都は帝国民だけでなく大陸中からもかなりの人が訪れるため、数えきれない程の宿屋があるのだ。インバウンドは帝国にとって重要な財源の一つなのである。
「そしてここが、以前私がお世話になっていた宿屋です」
スティングレイが指差す先には、建物自体は小さいものの、綺麗で雰囲気の良い宿が。ひと目で店主のこだわりを感じられるような店は比較的信頼できるのだ。
「じゃあ今回もここにするか」
「了解です。一応店主とは気心の知れた仲なので、チェックインは私にお任せください」
「わかった」
二人は個室を二つ借り、今日は各々休むことにした。
部屋に向かう途中、スティングレイは呟く。
「私は今回も二人部屋で良かったんですけどね」
「変態具合もCランクと……」
「ちょっと!変なこと言わないでくださいよ!」
スティングレイの名誉のために一応説明しておくと、主人を一人で部屋に泊めるというのは、騎士の身からすれば、防犯的にも忠義的にも非常に心配なのである。それ以外には特に意味はない……たぶん。
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