第19話:スティングレイの苦悩

リュウが着替えを済ませ、すっきりした気分で部屋に戻ると。

「そこで何してるんだ……スティングレイ……?」

「今まで従者らしからぬ横柄な態度をとってしまい、誠に申し訳ございませんでした」

ドアの目の前で、なぜかスティングレイが華麗に土下座していた。


一向に頭を上げないスティングレイをどうにか説得し、ベッドに座らせることに成功。

「まぁとりあえず落ち着いて、一旦茶でも飲め」

「はい、失礼します……ズズズ」


「で、なんで土下座してたんだ?」

「私の勝手な勘違いが原因で、今までリュウ様にきつく当たってしまい……」

「まぁそれは薄々感じてた」

「本当に申し訳ございませんでした。かくなる上は……腹を切ってお詫び申し上げます!!!」


訳のわからない事を言い始めたスティングレイを、リュウは必死に宥める。

「おい、やめろ!そもそもレイピアでどうやって切るつもりなんだ!?刺し専門だろ、それ!」

「ではリュウ様の刀をお借りして!」

「俺の愛刀を自殺の道具にしようとするな!このアホ騎士が!」

「ぐぬぬ……その手を放して下さい!」

「そりゃこっちのセリフだ!」


しばらく刀の取り合いが続き、ようやく戦いは決着。件のブツはリュウの手にしっかりと握られていた。

「ゼェゼェ……」「ハァハァ……」


スティングレイが落ち着きを取り戻した後。

「ほら。正座しろ、正座」

「はい……」

「どうして俺が怒っているのかわかるか?」

「私の態度が酷かったからです」


「違うわ、アホ。そんな下らん理由で、勝手に腹を切ろうとしたからだ。もっと自分を大事にしろ」

「下らん理由って……そんな……」

「文句を言うな。俺が気にしてないんだから、別に誰に謝る必要もない。俺としては、このまま旅に付き合ってくれれば、別にそれでいい。わかったか?」

「はい、わかりました。寛大な処置に感謝いたします」

「よし。素直なのは良い事だ」


(自分があれだけの事をされたのに、“そんな下らん理由”って……。どれだけ器が大きいのよ、リュウ様は。なんで今までこんな簡単な事に気が付かなかったのかしら。過去の自分をぶん殴ってやりたい気分よ……)


リュウは一度スティングレイをベッドに座らせた。

「それで、どんな勘違いをしてたんだ?正直に言ってみろ、怒らないから」

「プライドの高い典型的な貴族だと考えておりました」

「ほうほう。もっと言えば?」

「努力すらしたことが無いのに、金と権力を当たり前のように振りかざすボンボンだと」

「えぇ……」


「てかお前こそ、典型的なパパッ子だろ?」

「ち、違いますよ!!!」

「自分を一人前だと認めてくれない父が、なぜか俺の事は無駄に慕っている。お前はその事実が悔しくて悔しくて仕方がなかったわけだ。違うか?」

「あの……その通りです」

スティングレイは恥ずかしさのあまり、顔を紅潮させ俯いた。


「ちなみに、いつから気付いてましたか?」

「今朝屋敷の庭で会った時からだ」

「つまり最初から、ですか……」

(恐ろしい御方ですね)


「シルバは気付いていないようだったから『それでは父親失格だぞ』と、ついでに嫌味を吐いておいた」

「そういう意味だったのですね」


その後も会話は続いた。

「不躾ですが、リュウ様の古傷の事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「古傷……?ああ、俺の裸を見て考えを改めた感じなのか。さっきは努力云々とか言ってたし」

「裸って言い方やめてください。なんか、その……」

「俺の裸を見て興奮したわけだな」

「やめてください!!!別に興奮とかじゃないですし!!!」


冗談はさておき、リュウは上着だけ脱いだ。

「この程度の傷、並みの戦士なら普通じゃないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!Sランク冒険者でも見た事ありませんよ、そんな数の傷跡!」

「そうだったのか。俺は普段長袖を着てて、風呂に入るとき以外は基本的に脱がないから、あまり他人の反応を見たことが無くてな」

「え、貴族の方々は皆使用人に背を洗い流してもらうのではないのですか?」


「そもそも俺は最近まで別邸に追放されていたのだが」

「えっ」

別邸で暮らしていた時は、セバスが料理している間に一人で風呂に入り、完成のタイミングで風呂を出て、出来立ての飯を皆で一緒に食べる、というのが彼の毎日のルーティンだったのだ。


「まずはそこからか。最近のアードレン事情を分かりやすく説明してやるから、茶でも飲みながら聞いてくれ」

「はい、わかりました……ズズズ」


(シルバめ、こんな状態の娘を俺に預けやがって……これは大きな大きな借り一つとして換算させてもらうぞ)


いくらスティングレイがアードレンのために命を賭けて戦ってくれたからと言って、リュウとしては、少々納得がいかないだろう。


結局会話は深夜まで続き、いつの間にか二人は寝落ちしていた。もちろん夕食やシャワー、愛馬の世話などは済ませている。


その翌朝。

「よし。じゃあ気を取り直して出発するか」

「はい!!!どこまでもお供します!!!」

「「ブルルル」」



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