第18話:宿屋と古傷
リュウとスティングレイの二人旅は、特に大きな弊害もなく予定通りに進み、ついに隣領との境にある関所に到着した。関所には多くの商人や冒険者等が並んでおり、二人も例に漏れずきちんと後ろに並んだ。
ちなみに領を繋ぐ関所は基本的に二か所のみ存在し、片方はアードレン男爵家が、そしてもう片方は隣領を治めるグレイス辺境伯家が管轄している。本来ならばアードレン男爵家が管理する関所を通りたかったが、今回は時短のため、仕方なくグレイス辺境伯家の方を通過することとなった。首都へ向かう場合、こちらの方が近道なのである。
リュウ達の番が回ってきた。
「次の者、前へ」
二人はグレイスの衛兵に促され、乗馬したまま調べを受ける。
「そちらの少年。名は?」
「リュウ・アードレンだ」
「アードレン……?もしや男爵家当主のリュウ様で違いないでしょうか???」
「そうだ」
「!?」
(そんなに驚くことか?そもそもここは俺の領なんだから、たまには通るだろうよ)
衛兵は貼りつけたような笑みで謝罪した。
「これはこれは失礼しました」
「気にするな。それよりも早く入領許可を出してもらいたい」
「では続けさせていただきますね。そちらの方は従者でしょうか」
「私は従者のスティングレイだ」
「ふむふむ」
その後、入領の理由や滞在期間まで根掘り葉掘り聞かれ、ようやく解放された。
リュウは街道を進みながら、少し考え事をする。
「……」
「リュウ様、どうかなされました?」
「さっきの衛兵、なんか怪しいと思ってな」
「そうですか?普通に仕事しているように見えましたが」
「グレイスの衛兵にしては態度がおかしかった気がするんだよな。まるで俺を調査する目的で派遣されたような……そんな反応だった」
「例えばどこから派遣されたと思いで?」
「このタイミングであれば、おそらく女皇辺りが送った可能性が高い」
(自分で言うのもなんだが、どうせ“俺”という存在にはもう気付いているだろうからな)
「はい?あの賢帝が……地方の一男爵家に……?もう少し確信的な根拠とかはないのですか?」
「なんとなくそう思っただけで、特に根拠とかはない。要するにただの勘だな」
スティングレイは納得のいかない表情をした。
「は、はぁ……」
(チッ。適当なことばかり言って……。巨大なアストリア帝国を統べるあの賢帝イリス・アストリアが、偶然戦争に勝っただけのアードレンに密偵を送るって?そんなわけないわ。自意識過剰にも程があるでしょ。まったく……相変わらず頭の中がお花畑なんだから……)
実は先ほどの衛兵は、本当に女皇が派遣した密偵だったのだが、それはここだけのお話。
「そういえば、スティングレイは今回の戦争で大活躍したそうだな。今更になるが、礼を言わせてくれ。いや、まずは戦争のためにわざわざ帰ってきてくれて感謝する、と言った方が順番的には正しいか」
「当然の事をしたまでです」
スティングレイは続ける。
「森側ではリュウ様ご自身が奮闘なされたと聞きましたが、実際どうでしたか?」
「俺というよりはアードレン騎士団と、白狼を中心に据えた冒険者達が頑張って戦ってくれたおかげで勝てた。俺は後ろで見てただけだ」
「……」
(やっぱり戦争もボーっと見てるだけだったのね。それなのに、いかにも自分が戦ったかのような噂まで流して……部下達が気の毒だわ。私はお父さんが指揮する街道側に参加できて良かったわ、本当に)
「どうした?」
「いえ、なんでも」
「そうか」
リュウは改めて問う。
「……やっぱり俺の事嫌いか?」
「そんなことは無いです。従者として誇りを持っております」
(なんてね)
ギスギスした空気のまま二人は歩みを進めた。途中馬を休めるために数回休憩を挟んだのだが、結局事務的な会話以外何も交わさなかった。
「……」「……」
グレイス辺境伯領は小麦の一大産地として名を馳せており、少し馬を走らせれば、一面黄金色の麦畑に囲まれる。この景色を目当てにここへやってくる旅人も多いのだとか。
(めっちゃ綺麗だ)
(何度見ても美しいわ……)
今日の目的地は辺境伯領内で……いや、この辺り一帯で最も栄えている大都市だ。基本的に大きな街へ行けば、良い宿が沢山あるという雑理論を頼りにそこへ向かっている。旅慣れしたスティングレイも特に文句を言わないので、おそらくこの考え方はあながち間違ってはいないのだろう。
都市の正門に並び、本日二度目の調べを受け、日が暮れる前になんとか中に入ることに成功。そのまま大通りを少し進んだ結果、良さげな宿屋をいくつか発見したのだが生憎満室であった。諦めず地道に探したところ、運よく泊まれそうな宿を見つけたので、愛馬達を厩舎で待機させた後、自分等も急いでチェックインを済ませる。
「個室を二部屋頼みたい」
「申し訳ないのですが、現在二人部屋しか空いておらず……」
「そうなのか。じゃあ別の宿を」
と言い終える前に、スティングレイが口を挟んだ。
「リュウ様。私は二人部屋で構いませんので、ここに泊まりましょう」
(野宿だけは絶対に御免よ。しょうがないからこの宿でいいわ)
「……わかった。では二人部屋を貸してくれ」
「承知いたしました。こちらが部屋の鍵となります。ごゆっくりどうぞ~」
(意外だな。俺と一緒の部屋に泊まるくらいなら野宿の方がマシ、とか考えると思ったのだが)
二人は入室し、テーブルに荷物を下ろした。二人部屋というだけあって、ベッドが二つあり、部屋自体もかなり広い。また夕食とシャワー付きなのが、ここの特筆すべき点だろう。
「リュウ様。先にシャワーをどうぞ」
「悪いな」
主人よりも早く身体を洗うというのは、騎士道に反する。もっと言えば、宿の手続きなども全て任せてほしい所なのだが、そこはリュウが譲らなかった。彼の性格上、おんぶにだっこは嫌いなのだ。
「いいシャワーヘッドだ。水量も温度もちょうどいい」
リュウはレベルの高いシャワー魔道具に感動しながら身体を洗う。
そして洗い終わった後、“とあること”に気が付いた。
(やべ、着替え持ってくるの忘れた)
しばし悩んだ結果。
相手はいくら騎士といえども、一人の女性。そんな彼女に男の旅荷物を漁らせるのはさすがに申し訳ないため、仕方なくタオルを腰に巻き、己の足で取りに行くことに。
シャワー室の扉を開け、ずかずかと部屋に戻る。
「リュ、リュウ様!?」
「変なモノを見せてすまん。うっかり着替えを忘れてしまってな」
スティングレイはリュウの上半身を見た瞬間、硬直した。
「え……」
「ん、どうした?」
「あ、あの、いや、なんでも……」
「そうか。じゃあ戻るぞ」
「は、はい……」
リュウが部屋のドアを閉めた瞬間、スティングレイは大量の冷や汗を流し、頭を抱えた。
(なんなのよ……一体なんなのよ!!!あの痛々しい古傷の数々は!!!!!!!)
彼女が言ったように、リュウの全身には数えきれない程の古傷が刻み込まれている。彼の場合、傷が付いていない箇所を探す方が難しいだろう。とある部分には、巨大な何かに噛み砕かれた痕が。またとある部分には、巨大な何かに切り裂かれたような痕が。それ以外にも、何者かに深く抉られたであろう傷の数々が痛々しく残っていた。逆に今までどうやって生き延びてきたのか、不思議に思えるほどに。
その衝撃は、スティングレイの脳を激しく揺らした。
(身体に古傷を付けた戦士を今まで何人も見てきたけど、リュウ様はその比じゃない。傷の大きさも、数も……)
そしてまだ自身が幼い頃、父シルバに教えられた事を思い出した。
『スティングレイ、よく聞きなさい。本物の強者というのは普段、意図的に己の実力を隠し、決して誰にも悟らせぬように過ごしている。だから人は見た目や噂で判断してはならない。有象無象の中に自然と紛れているのだ……そういう傑物達は……』
(まさか……そういうことだったの!?)
スティングレイは今になってようやく、その言葉の真意に気が付いた。
しかし彼女は未だに頭の整理が追い付かない状態である。
それもそのはず。己の勘違いとくだらない嫉妬で、今まで散々馬鹿にしてきた男が、過去にあり得ないほどの激戦を重ねてきた、傑物中の傑物だったのだから。一人の人間として、また一人の騎士として、してはならないことを犯したのだ。頭が真っ白になるのも仕方のない話である。
(リュウ様はこの十四年間の間に、一体何を経験してきたのよ……私にすら想像つかない……)
知らぬ間に、スティングレイの頬に涙が流れていた。
己への不甲斐なさなのか、それともリュウの過去を無理やり思い描いた結果なのか。
それは誰にもわからない。
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