第17話:嫌われている理由

リュウは貴族特有の癖で、すぐスティングレイに観察の眼を向けた。

(銀の長髪を靡かせる長身美女。その眼の奥には理性と共に騎士の魂が宿っている。いろんな意味で恐ろしい女性だ)


スティングレイは、巨躯であるシルバの血をしっかりと引いており、そこそこ長身のリュウよりも背が高い。また腰には業物のレイピアを差しており、いかにも武人といったような風格を醸し出している。


(レイピアってことはスピード重視の戦闘スタイルなのか。でも一人で旅をするくらいだから、多少の魔法も使えそうなんだよな。もしかしたら魔法剣士タイプか?)


その視線に気が付いた彼女は、リュウをギロリと睨む。

「私に何か付いてますか?」

「いや、なんでもない。ジロジロ見て悪かったな」

(なんかめっちゃ嫌われてる気がする……)


「スティングレイ、口が悪いぞ。この御方は決してそんな態度を示していい相手ではない。アードレン騎士団の者として慎め」

「は、はい……」


リュウはシルバに近寄り、小声で尋ねる。

「なぁシルバ。俺スティングレイになんか悪い事したっけか?もし過去に何かあったのならば、素直に謝罪させてもらいたいのだが」

「リュウ様がご存じの通り、娘はリュウ様と直接お会いしたことは無いはずなので……」

「じゃあなんで嫌われてるんだよ」

「申し訳ないのですが、それは私もわかりかねます」

「それでは父親失格だぞ」

「ぐうの音も出ません……」


そのままスティングレイに視線を戻し、

「本当に嫌なのであれば、他の者と変更してもらって構わんぞ?そもそも首都までは一人で行くつもりだったから、正直誰でも良い」

「いえ、これは私の任務ですので。必ずお供させていただきます」

「……まぁいいか。じゃあ改めてよろしく頼む」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


リュウは母と妹、そしてセバスに挨拶をしてから、スティングレイと共に屋敷を出立した。

「じゃあ行ってくる」

「ちゃんとスティングレイさんに守ってもらうのよ~」

「お兄様!早く帰ってきてくださいね!それまでは一人で魔法の練習頑張りますから!」

「リュウ様、変な人にはついて行ってはいけませんよ」


ちなみに母や妹には、首都へ向かう理由を詳しく伝えてはいない。なぜなら『母さんの薬を取りに行く』なんて伝えれば、母が『息子だけにそんなことはさせられない。私も同行する』とか言い出す可能性が高いからである。おそらく後で説教されるだろうが、それはそれだ。


また昔からリュウはちょくちょく一人で遠出していたので、本人もその周りも、こういうのには慣れっこなのだ。そのため今回はすんなりと受け入れてもらった。


(最悪屋敷には母さんとセバスがいれば大丈夫だろう。旅もそんなに長いわけではないしな)




屋敷を出て既に一時間が経過したが、リュウとスティングレイはまだ一言も話していない。ちなみに今回は馬で向かうので、二人とも各々の愛馬に跨っている。スティングレイの場合は数年旅を共にした相棒なのでスムーズに乗りこなしているが、リュウも意外と負けてはいなかった。


リュウは愛馬に尋ねる。

「アクセル。まだ走れそうか?」

「ブルル」

「わかった。スティングレイ、そっちはどうだ?」

「私の方も大丈夫です」

「了解した」


ついに口を開いたと思えば、事務的な会話のみ。


と、ここで。

「リュウ様、一つお聞きしたいことが」

「ん、どうした?」

「その馬は……魔物ですよね?」

「ああ。千里馬という魔物だ」

「やはりそうでしたか。ちなみに冒険者ギルドには許可を取ってますか?」

「もちろん取ってあるぞ。安心してくれ」


魔物を使役する場合は、冒険者ギルドの許可が必要なのである。ちなみに帝国冒険者ギルドには結構な数のテイマー(魔物使い)が在籍しているため、これはさほど珍しい話ではない。


スティングレイは眉を顰めた。

(純血の馬系魔物は、確か金貨千枚はくだらなかったはず。どうせ金に物を言わせて購入したに違いないわ。他の貴族同様、金と権力だけはいっちょ前に振りかざしてるのね。間違いなく私が嫌いなタイプだわ)


「なんか勘違いしてそうだから念のため説明しておくが、アクセルは森で他の魔物に襲われ瀕死状態になっていたところを俺が保護したんだ。それで仲良くなって、従魔契約もさせてもらったわけだ。な、アクセル」

「ブルル」


「……てっきり業者か商人から購入したものかと考えておりました。申し訳ございません」

「そんな金あるわけないだろうに。うちはとびきり貧乏なことで有名なんだぞ」

「そうだったのですね」

(一般人から見れば、それでも大金持ちの部類ですけどね)


スティングレイは長年旅生活をしていたので、そこら辺のアードレン情報には疎いのである。そもそも子供の時から貴族関連の事には全く興味を示さず、戦闘訓練ばかりしていたので、尚更知っているはずもなく。




現在二人は草原を走っている。

「……」「……」

もちろん、無言で。


さすがのリュウも気まずさを感じてきたので、スティングレイに話しかけようとした、その時。

「リュウ様、ゴブリンです」


前方に三体のゴブリンが現れた。

「ああ、見えている。頼めるか?」

「はい。お任せを」

(この男に顎で使われるのは癪だけど、これも仕事だから我慢我慢)


スティングレイは愛馬を巧みに操り、ゴブリンが一列に並ぶよう上手く誘導する。

そして時は訪れた。

「はっ‼」

彼女は一突きで三つの頭蓋骨を貫いた。


「誘導もレイピアの練度も見事だ。さすがだな」

「光栄です」

(チッ。努力もしたことが無いボンボンに褒められても、何にも嬉しくないわ。せめてゴブリンぐらいとやり合えるくらいの実力は持ってなさいよ。ちょっと顔が良いからってチヤホヤされちゃってさ……本当にダサイわ)


ゴブリンの耳を冒険者ギルドに提出すると一応討伐金が貰えるので、スティングレイは馬から降り、死体の耳を削いだ。旅をしていた時は、このような小さな稼ぎが結構重要だったのである。ちなみに彼女もギルドに登録しており、そのランクはCである。


スティングレイが馬に乗ったので、

「じゃあ、行くか」

「はい」

移動を再開した。


彼女はリュウの無防備な後ろ姿を見ながら、心の中で呟く。

(こんなゴブリンすら相手にできないような弱小男を、お父さんはなぜあんなにも慕っているのよ。頑張って努力してきた私でさえ、少ししか褒めてもらったことがないのに。最近家では『リュウ様は~リュウ様は~』って、目の前の男のことを称えるばかり。本当にイライラする。アードレンの当主だからって、そんなに偉いの?)


まだまだ罵倒は止まらない。

(それに今朝も『お前もリュウ様の側にいれば、すぐにわかる』とか言われたわね。一体この男のどこが良いのか全然わからないわ。全く努力をせず実力もないのに、権力とプライドだけはある典型的な貴族の男。Cランクの私と比べるまでもない。コイツと違って、私は昔からずっと頑張ってるのに……)


そしてスティングレイは無意識に呟いた。

「どうしてお父さんは、いつまで経っても私を認めてくれないのよ……」

「今何か言ったか?」

「いいえ。なんでもありません」


要するにスティングレイは、父シルバが慕うリュウに嫉妬しているだけである。さらに今のところ彼女から見たリュウは、戦闘力も知力もゼロなのにもかかわらず、なまじ権力はあるため、周囲に偉そうに振舞っている貴族のボンボンなのだ。そのため余計リュウが気にくわないのだろう。


シルバからすれば、スティングレイのそういう所がまだまだ未熟なため、未だ彼女に半人前のレッテルを貼っているのだろう。もしかしたらそれを矯正する目的で、自身が最も信頼する主に娘を預けたのかもしれないが……。



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