第15話:戦後処理

アードレン騎士団の副団長がなんとも言えない表情で、血濡れた布袋を持ちあげた。

「あの~、リュウ様。このマンテスター男爵の首、どうします?せっかくだし門の所に晒しておきましょうか?」

「やめろ。うちの妹の目に入ったらどうする気だ」

「じゃあどうすればいいですか?」

「そんな汚物、適当にそこら辺に捨てておけ」

「汚物って……」


血の宴というイレギュラーは発生したものの、アードレンは無事勝利を収めることに成功した。世間ではマンテスターの勝利が堅いと囁かれていたため、この事実は帝国中を良い意味で震撼させた。またマンテスター男爵の血族を含め、戦争を企てた者達は全員シルバの手により討ち取られた。


現在はマンテスター男爵家の屋敷を調査している最中で、金目の物や書物はアードレンの屋敷へ、武器や防具は騎士団の倉庫へ運び込まれている。屋敷や土地に関しては、あっても仕方がないので商人ギルドに売る予定である。


そして一番の問題は……。

「この奴隷達をどうするべきか、だな」

「ですな」

目の前の馬車には、マンテスター男爵が所有していた奴隷達が乗っていた。

「「「「「……」」」」」

皆震えながら心配そうにリュウとセバスを覗っている。


「この様子だと、あまりいい扱いは受けていなかったようですね。可哀そうに」

「ああ。だが全員うちに受け入れるのはリスクが大きすぎる」

「この中にマンテスター男爵の息がかかった者が絶対いないとは言い切れませんからね」

「その通り。だからと言って、再び奴隷商に売り飛ばすのも良心が痛むんだよな」

「リュウ様にもあったのですね、良心」

「やかましいわ」


しばし相談を続けていると、屋敷の窓が開いた。

「あらあら、もしかして奴隷達の処遇に悩んでいるのかしら」

「おぉ、母さん」

「アイリス様のおっしゃる通りでして……」


「じゃあ私が人選してあげてもいいわよ?今ちょうど会議が終わったところなの」

「それは非常にありがたい話なのだが……体調は大丈夫なのか?」

「ええ。今日はいつもより好調だから心配ないわ」

「そうか。じゃあセバス、母さんを手伝ってやってくれ」

「承知致しました」


(母さんの目利きは最高峰だから、全部丸投げしても問題ないだろう。それよりも、さっさと戦後処理と精算を終わらせてエリクサーを手に入れなければ)

リュウは奴隷達を一瞥し、森へ向かった。


森の深部にて。

「悪い、遅くなった」

「少し休憩できたから、むしろオーケーだよ。リュウ君」

冴えない中年男性が大木の枝に腰をかけていた。


「早速だが、森側を攻めてきたマンテスター軍はあの後どうなった?」

「一人残らず綺麗に全滅してたよ。やっぱ性格の悪い罠を作るのが上手いよね~リュウ君は」

「この森の魔物達がヤバいだけだろ」

「ははッ、それもあるね」


中年男性は枝から飛び降り、リュウに地図を渡した。

「念のため、自分の目で確認しといてね。ポイントに印付けといたから」

「助かる。いつもありがとな、“村長”」

「どういたしまして。リュウ君とは長い付き合いだからね。これからも頼むよ」

「こちらこそ」


「いやぁ、それにしても昨日は雷がすごかったね、まさに青天の霹靂って感じ。もしかしてあれ、リュウ君がやったの?」

「まぁな」

「ふ~ん。相変わらずぶっ飛んでるね~」

「おかげさまでな」


村長は帰り際に一度振り向き、

「あ、そういえば渓谷の橋直してくれてありがとね。村人からも大好評だよ」

「それは職人を沢山手配した母さんに感謝してくれ。そもそもあれぶっ壊したの俺だしな」

「確かに!あははは!」


村長と別れた後、リュウは地図を片手に森を走り回った。

それぞれ印の位置には数多の鎧が落ちており、その周囲には人骨が散乱していた。


(ふむ。報告にあった数よりも若干少ないが、それ以外はどうせ魔物に連れていかれたか、丸のみにされたんだろうな)

「よし。確認も済んだことだし、そろそろ俺も戻るか」


リュウは帰宅前に商人ギルドを訪れ、エリクサーの情報をかき集めた。その結果ギルドを通し、首都に居を構えている名高い薬師に注文を入れることに成功。ちなみに未だ領内の精算を済ませてないため、支払いは後日とした。


ここまでは良いのだが、一つだけ面倒な問題が発生した。

「自分で取りに来いって、まさか俺が直接貰いに行かないとダメなのか?」

「はい。その……かなり気難しい方でして……」

「もしかして患者の病状とかも根掘り葉掘り聞かれるやつか?」

「はい……おそらく……」


薬師や錬金術師という職業は変人が多い事で有名なのだが、リュウはまさか今回の相手がそうだとは思ってもいなかった。というより、エリクサーを作るほどの手腕を持ち合わせているのだから、それなりに堅い人物なのだろうとは予想していたが、ここまで気難しいとは考えていなかったという方が正しいかもしれない。


要するに想像を超えた変人にあたってしまったということである。


「はぁ……俺も暇じゃないんだがな」

「も、申し訳ございません」

「まぁ首都にはまだ行ったことが無いから、これも良い経験だと思えばそんなに悪い話でもないか」

「そういっていただけると幸いです」


「では受け取り日時と場所を教えてくれ」

「はい。受け取り日時は……」

リュウは受付嬢の説明をメモし、ギルドを出た。


(ここまではギリ順調といったところか。この後はもう少しスムーズに物事が進んでくれればいいのだが……)

なんて考えつつ、今度こそ帰路についた。




アストリア帝国首都、帝城。謁見の間では。

「アードレン男爵家が完勝ですか……イリス陛下の予想通りになりましたな」

「くっくっく。やはり“本物”だったか、リュウ・アードレンは」

「本物とは?」

「今回自ら矛を持ったのであれば、武力において。知略を働かせ敵を罠に嵌めたのであれば、頭脳において、傑物の類だということだ」

「なるほど。ですが、もしその両方に当てはまっていた場合は……」


女皇は難しい表情をした。

「それはないだろうな。だが万が一そうであるのなら、必ず手中に収めてやる。余の悲願である、“大陸統一”を叶えるために……」

「優秀な手駒はいくつあってもいいですからね」


一、賢帝イリスはその神算鬼謀により、外交において常に他国を翻弄し続ける。

二、賢帝イリスは数多の学問に精通しており、研究者も舌を巻くほどの、知の巨人である。

三、賢帝イリスは優れた人望により、帝国中の怪物共を一手に纏める傑物である。


これらが他国から見た女皇の評価であるが、侵略的な意味においては、さほど害はないとされている。しかし、たった今本人が言っていたように、それは大きな間違いである。


「ところで、アードレンの監視に関してはどうなされますか?一応引き上げさせることも可能ですが」

「もちろん続行だ。密偵も増員しておけ」

「了解致しました。直ちに」






同刻、この世界のどこかで。


???「ついに“王の器”が姿を現したか」

???「今までどうやって隠れていたのだ?」

???「ここまで育った器は千年……いや、万年ぶりか」

???「前回は王の目覚め前に死してしまった。はてさて今回はどうなることやら」

???「奇しくもその属性は我らが王と同じである」


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