第9話:宣戦布告
暗殺事件から約二ヵ月後。例の酒場にて。
「プハァ~。やっぱ仕事後の一杯は格別だな!」
「料理やお酒の量も以前くらいまで戻ったから、毎日お腹いっぱい食べられるもんね」
ここは今日も朝帰りの冒険者達で賑わっていた。
「領主が急に代替わりして、一時はどうなる事かと心配だったが……まさか良い方に転んでくれるとは思いもしなかったぜ!」
「そうそう!若き新男爵様万歳!」
その時、一人の冒険者がドアを強引に開け店に飛び込んできた。マスターが黙っているのは、彼が普段気立のいい常連客だからだろう。
「おい、お前ら!大ニュースだ!」
酒盛りを楽しんでいた冒険者達は沈黙し、彼に耳を傾けた。
そして。
「マンテスター男爵家が、アードレン男爵家に宣戦布告したらしい!!!」
「「「「「!?!?!?」」」」」
予想外のひと言に騒然となった。
「マンテスターって、隣領を治める貴族家だよな!?」
「なんでよりにもよって今なんだよ!!」
「アードレンが相手の恨みを買うようなことはしていない筈だが……」
「それよりも本当なの??ガセじゃないでしょうね!!」
「本当も何も、これは今ギルドから正式に発表された情報なんだよ!!!」
この言葉を聞き、酒場内はさらに騒がしくなった。さすがのマスターも冷や汗を垂らした。
それも当たり前である。アードレン領が長年の不況から脱却したと思えば、今度は隣領が戦争を仕掛けてくるというのだから。踏んだり蹴ったりのこの状況に動揺しているのは、彼らだけでは無いだろう。
しかし、こんな状況でも冷静を保つ冒険者パーティが一つ。
「やっと宣戦布告してきたのね、連中は」
「うむ。男爵様の予想よりも若干遅いのである」
「逆に考えれば、敵はその分入念に準備を整えたってことだよねぇ?」
「きゃははッ!戦争、戦争~♪」
「我々も急ぎ支部長の下へ向かいましょう」
この者達は冒険者ギルド・アードレン支部が誇るB ランクパーティだ。ギルドの最大戦力である彼等には事前に知らされていたため、この状況でも特に焦ることはない。それどころか、即座に次の行動に移ろうとしていた。さすがは歴戦の猛者といえよう。
その後、この情報が領内だけでなく近隣地域へも広まった結果、身の安全を考慮し他の貴族領へ移る者達と、己の故郷を守るためアードレンに帰る者達が互いに長蛇の列を作り、街道ですれ違うこととなった。
領内全体に殺伐とした雰囲気が漂っている頃、アードレン男爵家では。
「お兄様、私も魔法を使えるようになりたいです!」
「そうか。レナはもう十二歳だから、そろそろ魔法の勉強を始めるのもアリだな。でも帝立学園の入試に実技は無いぞ?……それでもいいのか?」
リュウが言ったように、帝立学園の入試は筆記試験のみである。そのためほとんどの生徒は、入学後に初めて魔法講義を受けるのだ。
「はい!今から魔法を練習しておけば、入学前にかなりアドバンテージが得られるかなと思いまして!」
「入学を前提に考えているとは……さすが我が妹だ。なぁ、セバス?」
「ええ。レナ様も聡明なアイリス様の血を引いておられますので、当たり前と言えば当たり前ですが、それとは別できちんと努力できるところが非常に素晴らしいと思います。将来はきっと偉人として、歴史に名を刻まれること間違いなしですね」
「まったく同意見だ」
「えへへへ」
またもちろんのこと、実技が必要ない分、筆記試験の難易度は爆発的に跳ね上がるのだが……。
(まぁレナなら心配ないだろう)
「じゃあレナ。あとで“俺が編集した魔法書”を渡すから、一度目を通してみてくれ。その後レナの感想を聞いてから、魔法教師を雇うか、それとも俺が直接教鞭を執るかのどちらかを決める」
「お兄様がいいです!」
「でも俺はあまり教えるのは得意じゃn」
「お兄様がいいです!」
「はぁ……わかったよ」
「やったー!」
セバスは孫を見る目で、その光景を眺めた。
(ふふふふ。微笑ましいですねぇ)
と、ここで。シルバが早足でやってきた。顔の強張り具合から推測するに、相当焦っているのだろう。そして珍しく声を張り上げ、
「リュウ様!軍の編成が整いました!いつでも出陣可能です!」
「おお、シルバか。ご苦労さん」
「これまた随分と落ち着いていらっしゃいますね……」
セバスが髭を擦りながら言う。
「我々はおよそ二ヵ月前から、リュウ様を中心に準備を整えてきましたからね。あとは開戦を待つだけでしたので、特に焦る必要はないかと」
「だがこの戦いは単なる小競り合いではなく、両家の威信をかけた殺し合いなのだぞ?」
「“戦いは常に冷静であれ”と、この前ご自分で騎士団の方々に指南されていたじゃないですか」
「くっ……」
シルバは、未だに笑顔を崩さないレナに視線を向けた。
(このお二人はともかく、レナ様まで……一体どうなっているのだ、アードレンは)
「レナ様」
「ん、どうしたの?シルバ団長」
「不躾で申し訳ないのですが、緊張や恐怖は感じないのですか?これはれっきとした戦争なのですが」
「別に全然怖くないけど……」
「理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「え、そんなの一つしかないよ?」
レナは一息置いて、はっきりと言った。
「お兄様が“大丈夫”って言ったからだよ」
「!?」
(周囲から絶大な信頼を得るリュウ様は一体何者なのだ?改革や模擬戦を通して、頭脳や戦闘技術が非常に優れていることは知っているが、それでも尚、おかしいと言える。これは信頼というより、一種の信仰と言った方が良いのかもしれん。神話に登場する神々や、蒼天を司る“龍”のように……)
「あらあら。何やら楽しそうな会話が聞こえてくると思えば」
「おお、母さん」
「お母様!」
「今日も私のレナちゃんは可愛いわね〜」
「えへへへ」
この場にいる者は皆作戦内容を知っているので、各々がやるべきことをきちんと理解している。そのためあまり長くは話さなかった。
「ではそろそろ始めようか。マンテスターとの戦争を」
リュウのその言葉に、全員が大きく頷いた。
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