第8話:準備
リュウが男爵家を継いでから、約一ヵ月半が経過した。領地改革は当初の予定通り進んでおり、今はもう新領主に疑念を持つ者はほぼ存在しない。また例の事件は時間と共に忘れ去られ、民だけでなく冒険者・商人ギルドもアードレンとの繋がりを再び意識し始めた。
「御館様、おはようございます」
「おはよう」
リュウは片手を上げ、メイドに挨拶を返す。
そのまま数歩進み、会議室の扉を開けた。
「遅れてすまない」
そこには、セバスとシルバの姿が。
「いえいえ、私達も今到着したばかりですので」
「お構いなく」
リュウは上座に腰を下ろした。
「ではそろそろ始めようか。対マンテスター作戦会議を」
「「はっ」」
実はまだマンテスター男爵家についての口外禁止令は解かれていない。今回の会議結果を以て、まずは冒険者ギルドに商人ギルド、その次に領民等に発表する予定だ。なぜギルドが先なのかを説明すると、単純に戦闘力と物資を支援してもらうためである。リュウの見込みでは一応アードレン男爵家の戦力だけでも太刀打ちはできるものの、戦いに絶対はないため、念には念をということでギルドにも協力を仰ぐことにしたのだ。
ちなみに昨日、母アイリスが『私も会議に参加させてちょうだい』とリュウに詰め寄った。聡明な母の参加というのは、彼にとって願ってもない事なのだが、さすがに体調を考慮し断った。
しかしその代わり、マンテスターの領地を奪った後の統治について、そのほぼすべてを母に丸投げさせてもらうことになった。これでリュウも戦いに専念できるので、一石二鳥である。今頃母も自室に優秀な使用人等を集め、ノリノリで会議を行っていることだろう。
シルバが問う。
「率直にお聞きしますが、リュウ様は大体どのような戦術で、マンテスターを討たれるおつもりですか?この前は、始めは徹底的に護り相手を弱らせ、その後攻めに転じると仰っていましたが」
「基本戦術の考えは今も変わっていない。それを前提に話を続けるぞ。まず連中がうちを攻めるルートは、立地的に森経由と街道経由の二つに絞られるわけだが、俺はその両方から攻めてくると考えている」
「同感です」
「そのため騎士団の八割を街道に待機させ、残りの二割と冒険者を森の入り口付近に配置する」
「……はい?」
シルバが疑問の声を上げるのも無理はない。どう考えてもアンバランスなのだから。
リュウは気にせず続ける。
「ここだけの話、森は冒険者に任せ、騎士団は全て街道に送り込んでもいいと考えているくらいだ」
「り、理由をお聞かせください」
「マンテスターが森の調査を行った期間は、せいぜい一ヵ月程度。それでは森の『も』の字も把握できない。いや、できるはずがない。これは森を知り尽くした俺だからこそわかる。その理由から森の場合は真っ向から戦うよりも、あらかじめ罠を張り巡らせ、“森の危険地帯”に誘導する方が、圧倒的に効率が良い」
「森の危険地帯とは?」
「簡単に言えば魔物の巣だ」
「なるほど。でもそんな上手く誘導できますかね?」
「もちろんできるとも。俺が何年森に入り浸っていると思っている」
ここでは言っていないものの、リュウはすでに何度も脳内でシミュレーションを行った。その結果、この作戦の勝率が最も高かったのである。
ここでセバスが、フフンと鼻を鳴らした。
「まぁこの件についてリュウ様に反論できる者は、この世界には存在しませんよ。経験的にも頭脳的にも……ね」
「だが負ければ侵略されてしまうのだぞ?」
「しかし一応騎士団の二割と冒険者を待機させるのですから、問題はないでしょう」
「それはそうだが……私は納得しかねる」
「ちなみにリュウ様はどのような形で参加されるおつもりで?」
「俺は森側の指揮を執る予定だ。敵が何か小細工を企んでいる場合、それを森側に仕掛ける可能性が高いと踏んでいるからな」
「ふむ。“あのリュウ様”が参加なされるのであれば、もう大丈夫ですね」
「というわけでセバスは屋敷を、シルバは街道防衛組の指揮を頼むぞ。特に後者は敵軍撃破後、マンテスターに攻め込むのだから徹底的にまとめ上げてくれ」
「了解です」「は、はい」
(セバス殿は一体何を言っているのだ……?いくら優秀なリュウ様といえども、所詮は戦争経験のない十四歳の少年だぞ?)
その後も会議は続いたのだが……。
「リュウ様」
「どうした?」
「今回の作戦自体には賛成なのですが、やはり軍の配分だけは納得できかねます」
「森に騎士団の二割のみ送る件か」
「そうです」
「ふむ。ではどうすれば首を縦に振ってくれる?」
「と言われましても……普通に割合を増やしてくれるのであれば、それでいいのですが……」
セバスが手をポンと叩いた。
「シルバ団長が、実際にリュウ様とお手合わせすればよろしいのでは?」
「!?」
シルバは目を見開いた。
しかしそんなシルバとは裏腹に、リュウはその意見に賛同していた。
「確かにそれはアリかもしれん」
「騎士団二割と冒険者全員、そこに“アードレンの最高戦力”が一人加わるということを知れば、さすがのシルバ団長も首を縦に振ってくれることでしょう」
「アードレンの最高戦力……?まさか指揮を執るだけでなく、自ら矛を振るわれるおつもりなのですか?」
「ああ。その予定だが」
リュウの軽い返答を聞いたシルバは両手を握りしめ、静かに身体を震わせた。
「リュ、リュウ様。お言葉ですが、あまり戦争……いや、戦いを舐めない方がよろしいかと。なぜかセバス殿は先ほどから肯定してばかりですが、騎士団長の私から見れば貴方様はまだ、未熟も未熟。確かに同年代と比べれば優秀だとは思いますが、少々己を高く見積もりすぎです。ましてや最高戦力などと……」
「まぁ、その辺は実際に剣を合わせてみればわかるんじゃないか?」
「……!」
そしてシルバは言い放つ。
「ではこの私直々に、その甘い考えを矯正して差し上げます!!!」
「ああ。期待している」
それから約一時間後。
訓練場の中心にはボロボロの団長が倒れており、その横には無傷のリュウが立っていた。
「ハァ……ハァ……」
「……」
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